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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
氷点下のエリミネーター
2/15

俺の名前は

二人、始末した。


俺は平静を装いつつも、内心焦っていた。まずい、非常にまずい。


装備している通信装置(インカム)からは喚き立てる爺さんの声がする。


『【ゼロ】! 応答しろ、【ゼロ】! 生命反応が二つ消えたとボスが言ってるが、まさか早々に殺しに踏み切ったんじゃないだろうな!?』

「チッ、仕方ねぇだろ……あ、はいすいませんでした謝りますー」

『何がすいません、だ! このままじゃ、また作戦が瓦解する……!』



ジリリリリリリリリリリリリリリリ……



そうこうしているうちに、頭上で非常事態を告げるベルが鳴り響き出した。さっき殺した二人目が、死に際に警報機を作動させたらしい。


「やべ、駄弁ってる場合じゃ無くなった。つー訳でロべ爺、切るぞ」

『ちょおい待たんか、作戦中は切るなとあれほ』

「よし……これで静かになったな」


ブチッと容赦なく通信を終了した俺は、溜息を吐きながら山積みの荷物を眺めた。


「畜生、まだ半分しか漁れてないのに早くも敵に見つかっちまうとは……一体、取引内容のやべぇ兵器ってのは何処にあるのやら……」


鳴り響くベルの向こうでバタバタと足音がする。連中の増援か、流石に早いな。この倉庫に踏み込んでくるまで、もう猶予はない……


「全員を相手にするのは嫌だな。仕方ない、ここは『能力』頼みだ……」


右手の手袋を外して、その手を入口の鉄扉に向けた。指の先に小さな氷塊が生まれ、発射される。氷塊が扉に命中すると、表面にはみるみるうちに氷が張っていき、堅牢な防御壁と化した。


時間稼ぎになってくれよ……と思いながら、俺は再び箱を漁る作業へと戻る。手早く手持ちの金属探知機で木箱をスキャンしていく。氷壁が突破されるより早く、ブツを見つけなければ……


「チッ、この一角もハズレか」


次の木箱群に向かおうとしたその時……俺の背後で物音がした。


「ん、何だ?」


物音は続いている。左奥から、木箱の山から……よく見ると木箱の一つが微かに揺れているのが分かった。


「動物か……?」


恐る恐る近づくと、それは何の変哲もない、一辺1メートルの立方体の木箱だった。中身がガタガタ揺れている事を除いて。この中身は明らかに、郵便物ではない。

動く木箱の上にはさらに荷物が積まれていたため、動かすのは断念して横から開封してみることにした。

拾ってきた工具を引っ掛けて、板を引き剝がす。


「よっこい……しょ!」

「~~~!」


無理やり開けた木箱に入っていたのは郵便でも猫でも大型犬でもなく、人間だった。

うわ、目が合った。俺はそっと板を戻した。


「まさか……これも『商品』なのか……?」


箱に入っていた人間……橙髪の女は何かを訴えたいように喚き散らしているが、口と手足を拘束されているらしく上手く喋れていない。こんな風に生きた人間が箱詰めされてるなんて、可能性は一つしかない。人身売買だ。


「連中の目的は兵器の取引だけじゃない……って事か」


面倒な事が増えた、と思った。早急に(くだん)の物品を回収しなきゃならないのに、この推定商品人間も連れて行くのは計画が狂うどころの話では無くなる。ただ、一度見つけてしまったものは、放置して去るのもさすがに忍びない……


渋々、怯えた女を箱から引っ張り出して、手足の拘束縄を解いてやった。口を覆っていたテープをはがしてやると、女は何かを言おうとした。しかしそれと同時に、入口で轟音が立った。どうやら氷で封鎖していた鉄扉が早くも破られたらしい。


「どこだァ、侵入者の子鼠ちゃんはよォ!」

「くっ、結局やるしかないのか……仕方ない、プランBだ」


女に「静かにしておけ」とジェスチャーで伝えた後、邪魔者を排除しに向かう。

プランA「隠密」から、プランB「殲滅」に変更。どうせ二人殺したばかりだ、これから多少キルスコアを増やそうが計画に影響はない。兵器探しは連中を全員片付けてからにしよう……と思いながら。


「ここだぜ、勤勉なチンピラ共」


木箱の山の上に立ち、武装した男衆を見下ろした。総勢13名のごろつき連中、うち殆どは片手剣又は拳銃で武装している……中心の2名を除いて。おそらくリーダー格の大男と小男は見たところ何も構えていない。徒手空拳……いやまさかな。


「今ならまだ命だけは保証してやるぜェ……」

「それはこっちのセリフだ、大男。俺の邪魔をしねぇなら、まだ生きて帰れると保証しよう」


大男が突き付けた最後通告を突っぱねて、こちらから挑発する。小男は露骨に顔をしかめて威嚇し、大男は変わらず俺の目を凝視する。


けたたましく鳴っていたベルもやがて沈黙し、両者にただならぬ緊張が走る。凍り付いたような睨み合いの静寂は、取り巻きの放った一発の銃声で破られた。


「ッ!」


素早く身をかがめて弾丸を回避し、木箱の山に身を隠す。放たれた第二第三の弾丸が木箱を抉る音がする。片手剣部隊も突撃を開始した。


「まず処理すべきは飛び道具持ちだな」


俺の『能力』の射程は最大でも10メートル、精密に操れるのは5メートルまでだ。その距離まで近付ければ、奴らの武器を機能停止させられる。

銃声からして連中が持ってるのは単発式拳銃だ。木箱の間を縫って進めば、十分近付く余地はある。


また一つ、二つと銃弾が俺の身体を掠めるが、どれも命中せず明後日の方向へ飛んでいく。そうこうしているうちに、遂に一人を射程距離内に捉えた。


透明な刃を右に構え、肉薄せんと迫る。

男は拳銃をこちらに向けた。が、俺は一切スピードを落とさずに銃口めがけて突進していく。

男は容赦なく引き金を引いた。


「今だ、死ねッ!」


発砲……はしなかった。というよりできなかった。異変に気付いた男が弾詰まりを疑って確認すると、そこで初めて、銃身から漏れ出す冷気に気付いた。

男は驚愕したような表情でこちらを見たが、もう回避も迎撃も間に合わない。

すれ違いざまに男を軽く斬り捨てた。


まず一人。


今斬ったばかりの男の身体を弾除けに木箱の海へダイブし、また隙間を縫って対象に肉薄する。


二人、そして三人……


最初は戦意に満ちていたごろつき共も、旗色が悪くなるのを見ると途端に浮足立った様子で喚き始めた。


「あいつ、今何をした……太刀筋が……見えなかったぞ……」

「集中しろ、こっちに来るぞ……!」

「ダメだ、速過ぎて追いきれねぇ!?」


俺の姿を見失った様子の片手剣持ちを斬り捨て、そこに飛びかかってきたもう一人を斬り伏せ……


そうして、最後に大男と小男のみが残った。


「それで、お前らで最後か?」

「兄ちゃん……こいつ、強いぞ……!」

「狼狽えるんじゃあねぇ、ダンベル!」


小男は怯えるように大男の陰に隠れた。大男は歯軋りしながらも、依然こちらを鋭い目で睨め付けている。大男は一歩踏み出すと、全身に力を入れるようにしながら叫んだ。


「いくら強かろうが、相手は一人だ……やるしかねぇ。逃げるなんてダセェ事、『アームストロング兄弟』の名が廃るぜ!」

「お、おう!」


大男がさらに力を込めると、全身の筋肉が膨張を始めた。一方、小男の腕は鉄のような金属光沢を帯び始めた。おそらく俺と同じ、何らかの能力の使い手だ。


投降も逃走もせず、立ち向かってくるとは……

この期に及んでまだ邪魔をするんなら、消すまでだ。俺は迷わず交戦を選んだ。


「【氷細工(アイスワークス)……形状(シェイプ)刺剣(エストック)】」


血の滴る右手のナイフを放り捨て、新しい武装を生成する。

パキパキと軽い音を立てながら膨張した氷塊は、次の瞬間高速で自壊を始め、不要部分が崩れ落ちて一振りの長剣になった。


刹那の静寂……破ったのは双方の喊声だった。


「らァ!」

「食らえッ!」

「ハッ!」


先に飛び出してきた小男と斬り結ぶ。硬化した鉄腕と氷剣が激突し、エネルギーが相殺される。

一時停止した俺にすかさず飛び掛かる大男だったが、その拳をいなして回避する。衝突の反動を回転運動に変換して、跳ね返った剣身で大男に追撃を与えるが、大男は大胆にも刀身を掴んで握り、砕いた。


「鈍らがァ!」

「チィ……」


その隙を逃さない、と言わんばかりに小男が突っかかってくる。

仰け反るように後ろへ回避した俺は、左手で地面を叩き、後方へ跳躍する。生成した六本のナイフを念力で制御し、空中から狙いを定める。


「【氷柱(アイシクル)飛針(シャンデリア)】!」


「くッ!?」

「兄ちゃん!」


追撃の加速を始めていた大男は回避が間に合わず、ナイフ二本が命中した。

小男も当たりこそしなかったが、大男に気を取られて失速した。


「余所見したな!」

「しまっ!?」


着地と同時に縮地の体勢で加速し、がら空きの鳩尾に左ストレートをぶち込んだ。吹っ飛んだ小男は大男に衝突して目を回している。


大男の能力は見たところシンプルな筋力強化、小男は鋼鉄化のようだ。小男に関しては生身の腹で攻撃を受けたあたり、間に合わなかった若しくは四肢以外の鋼鉄化は不可能……とみる。


「ダンベル!しっかりしろ!」

「に……兄ちゃん……オイラ、足に力が……」

「クソッ、お前はじっとしてろ……オレが決着を付けてやる……」


大男はこちらをキッと睨め付けると、さらに筋肉を膨張させた。


「中々やるようじゃねェか侵入者……テメェはこのオレが全力で相手するに足る、好敵手(ライバル)と……見なした!」


大男ははち切れそうなシャツを破り捨てると、挑発するようにこちらに指をさして続ける。


「オレの名前はバーベル・アームストロング! 悪名高い『アームストロング兄弟』の頼れる兄貴分だ!」

「へぇ……生憎無学なもんで、あんたらの事は聞いた事もねぇな」

「そうか……じゃあ名前だけでも冥途の土産に持っていきやがれってんだッ!」


大男の拳が唸りをあげて迫る。


「【拳撃(ハンマーカール)】ゥ!」

「……!」


速い……!


回避は不可能と判断して、瞬間的に氷の障壁を生成し迎え撃つ。しかし、いとも容易く氷塊は破砕されてしまった。顔面を狙った二発目が来る……!


「【(アイス)……(バーン)】ッ!」


踏みしめた右足から『凍結』が地を這い高速で伝播していく。一瞬にして氷の路面と化した床に大男のバランスが崩れ、少しだけ狙いが逸れる。クロスさせた腕で一撃を受け止めながら、衝撃を推力に後方へ滑走する。


流石に今の一撃は応えたな……と負傷部位を抑えて大男に向き直る。

大男の身体は更に膨張していた。このままいけばこちらの攻撃が通じにくくなるどころか、一撃もらえば耐えられなくなるのも時間の問題だ。ここまでの事態になるとは予想外だが……こちらも本気を出さざるを得ないようだ。


「テメェ、氷の能力者か……この規模を一瞬で、ってのは初めて見るなァ! テメェの名を言え、オレの経歴に加えてやろう」

「断る。本当の名前を言うつもりは無いからな……だが一つだけサービスしてやろう。お前は聞いた事があるか?」


左腕の手袋を外して、心の中で一言呟いた。合図に、亀裂状の古傷が()()()


連中(ヤツら)はこう呼ぶ……『龍腕』と」


指先から前腕半ばまで、無数の裂傷から血が噴き出す。噴き出した血と共に、腕の表面が鱗に換装されていく。瞬く間に俺の左腕は異形のソレと化した。

異形の手が滴る血を振り落とすと、瘴気を纏ったような風が起こった。


壁際で打ちのめされている小男は驚愕した風に目を見開いた。同時に大男は何かの確信を得たような顔をした後、顔をしかめながら不格好に笑みを浮かべた。


「兄ちゃん、あ、アレは……」

「『龍腕のゼロ』……まさか都市伝説の大悪党(ヒーロー)が、実在したとはなァ……!」


異形の左腕はドクドクと波打つように鼓動し、増幅された殺意が脳漿を揺さぶっている。

アンバランスな左右非対称の姿になり果ててしまった俺は、正者を貪るゾンビのようなステップで強襲を開始した。


「【龍拳】」

「ッ……【筋骨堅牢(アブドミナルクランチ)】ィ!」


大男は一気に全身の筋肉を膨張させると、丸太のような両腕で俺の一撃を阻止しにかかる。お構いなしとばかりにぶち込まれた俺の拳は、筋肉の障壁と激突し、激しい衝撃を生む。凍り付いた床に線状の亀裂が無数に走る。異形の拳はそのまま止まることなく進撃し、槍が如く大男の鳩尾に突き刺さった。


「ゴォ……」


大男の口から呻き声が漏れる。間もなく後方へ、ダウンしている小男の隣へとすっ飛んだ。大男はふらつきながら立ち上がると、口元から垂れた血を拭って、笑った。


衝撃で船体が激しく揺れている。


俺はずんずんと氷の路面を進み、大男に迫っていく。


「に、逃げろ……オメェだけでも……」

「でも、兄ちゃんは……ッ!」


大男が至近まで迫ると、俺は異形の腕で彼の首根っこを掴んだ。そのまま今度は後方の木箱群へ放り投げた……それもまるでキャッチボールをするような容易さで。

筋肉ボールが着弾した地点から木片、紙束、鮮血が飛び散る。


「や、やめ……兄ちゃんに……うう……」

「……」

「ゼェ……や……やるねェ『龍腕』さんよォ……!」


俺は木箱の残骸に囲まれて動けずにいる大男を前に、右手で氷の短剣を生成した。大男は頭部から出血しているにも関わらず、依然としてその歪んだ笑顔を崩さない。


俺は強張った大男の硬い筋肉に一撃、二撃、と傷を付けていく。まるで硬い地面をスコップで征服していくかのように。流石の大男も苦悶の声を隠し切れずにいる。

その惨状を目にした小男は、我慢の限界だったのか、本能的に身体が動いたのか、決死の表情で俺の右腕に掴みかかろうと走ってきた。


「チッ……邪魔だ!」

「ギャアッ!?」

「ダ……ダンベルゥ……ッ!」


横薙ぎした左腕は小男の横腹にクリーンヒットし、ボロ布のように吹っ飛ばした。舷側の骨組みと鋼板は小男の身体を受け止めきれず、小男は船体を貫通し、黒く果てなき海へと打ち捨てられた。

弟分の退場に、大男の笑みはようやく崩れた。しかし、自身が絶体絶命の状況で余所見とは……


「……【龍拳】ッ!」


舐められたものだ……ッ!


傷付いて筋肉の膨張が緩んだ鳩尾に、もう一撃をねじ込む。大男の身体がさらに木箱の山に沈む。大男は血混じりの液を口から吹き出し、力なく項垂れて……動かなくなった。


「……ッ」


俺は何故かその姿から、()()()を思い出してしまった。

過去を懐かしむような、悲しむような気持ちが沸いたが、やがてそんな感情(ノイズ)は波音に消えてしまった。


「終わった……か」


大男の停止を確認した俺は、深呼吸をして全身の力を抜く。鼓動する異形の左腕は、徐々にその昂りを鎮めて、元の傷だらけの腕に戻った。


増援がない事を確認し、再び無線機にスイッチを入れる。


「こちら『ゼロ』……本隊に通達、船内の制圧が完了、物品の回収が終わり次第帰還する」

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