表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流天のデザイア  作者: 蛮装甲
序章:氷点下のエリミネーター
19/44

再出発

「最終的に53人を拘束、警察への引き渡しが完了……後の事は連中に任せておくとして、俺達の仕事はこれで完了だ。十分な成果だったと言える。諸君、良い働きだった」


ロべ爺が構成員達の前で喋っているが、俺はほぼ聞いていなかった。上の空で、実質敗走となったあの戦いの事をずっと考えていたのだった。

結局、千載一遇のチャンスをものにできなかった俺達は、宿敵を取り逃し……ガスマスク女の首すら持って帰る事ができなかった。任務自体は及第点でも、俺個人は赤点だ。


「アニキ、いつまで突っ立ってるんスか。もうみんな解散したッスよ」

「ああ……そうか、すまん」


ハリーが俺を現実に引き戻しにやってきたらしい。気付けば会議室には俺とハリーしか残っていなかった。


「考え事ッスか? アニキらしくもない……」

「お前、それはどういう意味で言ってんだ……はぁ、俺は別にいつも通りだぜ。昨日の敵の事を考えてただけだ」

「まさか、負けたのがよっぽど悔しかった……とか?」

「おい俺は負けてないぞ、そこは重要だ」


負けてはいない、ただトドメを刺さずに逃げただけだからな……とか心の中で言い訳してみる。まぁでも、あのまま一人で戦ってたら敗北していたのはどちらだったかは……今更言うまでもない。それは俺が一番理解している事だった。


「それはそれとしてアニキ、ボスが話したいって言ってたッスよ」

「親父が……?」

「メリッサさんも連れて来いって」


そうだ、元はといえば親父が「メリッサを連れて行け」って決定したからあんな危ない橋を渡る事になったんだ……改めて文句を言う権利が俺にはあるはずだ。それともそれを詫びる為に話す場を設けたとかか?


「よし、分かった。すぐに親父のところへ向かおう」




* * *




「ハハハ、すまんすまん。その件は悪かった。許してくれんかの」

「今回は全員生き残ったものの、運が良かっただけだからな。次から作戦を立てる時には、もっと慎重に決めてくれよな……」


俺は開口一番にメリッサの件を詰めたが、親父(レイモンド)は愉快そうにしながら詫びた。なんだか適当にあしらわれた感が無くもないが、これがいつもの親父って感じだし……これ以上追及する気が失せてしまった。


「で、なんで俺達を呼んだんだ? 別の件か?」

「ああ、今後の事について話し合いたくての」


メリッサは俺の横で不安そうにもじもじしながら立っている。

俺の後ろのソファにはハリーが座っていて、黙って俺達の話し合いを聞いている。いや、本当に聞いているかは分からないな……なんせさっきからずっと、机の上の三毛猫にちょっかいをかけては噛みつかれたりして、じゃれ合っているのだから……


「メリッサ……だったね」

「は、はい。私です」

「良い返事だ。君を今後どう扱うかが決まったよ。まぁ一応、仮決定じゃがね」


メリッサは裏社会とは何の関係もない、『アームストロング兄弟』による誘拐の被害者だ。だから一時的に俺達が保護して様子を見ていたのだが、あのチンピラ二人組は俺が始末したし、報復しに残党がやってきた訳でもない。

だから今後は陽の当たる表社会に戻って、元通りの暮らしに戻りなさい……親父はてっきりそう言うものだと、俺は予想していた。しかし……


「君の身は今も安全とは言えない。じゃからそれが保証できるまで、無期限に我々で君を保護・護衛する事にした」

「おい……ちょっと待てよ親父!」


俺は予想外の言葉に、少し声を荒げて割り込んだ。


「おう、どうしたんじゃニコル」

「どうしたもこうしたもねぇよ! さっき『カタギを巻き込む時は慎重にしろ』って話をしたとこじゃねぇか……なのに、このままじゃコイツ(メリッサ)は表の社会に戻れなくなるだろうが……!」

「まぁ落ち着くんじゃ、これにはちゃんと理由がある。メリッサの希望でもあるからの」

「……なんだって?」

「うん、ニッ君。説明させて」


メリッサは複雑そうな表情を浮かべていた。


「ニッ君が戦ってた赤い髪の女の人、覚えてる?」

「ああ、ガスマスク女だな」

「じゃあ、その人が最後に私になんて言ったかも……覚えてる?」

「えっと、確か……」


脳内から記憶を掘り返す。緊迫した場面だったからそこら辺の記憶は曖昧だったが、奴の文言はちゃんと俺も覚えていた。


「『また会おう、私の愛しい妹』……だった気がする」

「そうそう、そんな感じだよね」


そうだ、思い出した。メリッサはベリーズ家の一人娘なのに、何故「姉」を自称する人間が現れたのか……しかも、どう見ても危険度が高いはずの俺とハリーを無視してまでメリッサに攻撃を仕掛けたのは……

今思えば、あのガスマスク女の行動にはいくつも不可解な点があった。そしてその不可解な点が、今もまだメリッサが安全ではないという理由って事か。


「あの『姉』気取りの女の事、ひょっとして何か覚えてたりするのか?」

「いや、私の記憶には無いんだ。そのはずなんだけど……その事を考えると頭が痛くて。何か大事なことを忘れてるような気がするの」

「ニコルよ、それこそがメリッサを保護する理由じゃ。この娘はお前さんが思ってるより、単純な境遇じゃあないらしい」


俺とメリッサは親父の方に向き直る。


「この娘は『血鴉(ブラッディレイヴン)』に狙われている可能性が出てきた。それもボスの側近で護衛を務める『幹部級』の人間に、じゃ。正直我々で守りを固めても、連中の最高戦力が出張ってきちゃ止められるか分からん」

「じゃあどうするってんだ?」

「ニコル、メリッサをお前に任せる」


は???


「は、何言ってんの?」

「本気じゃ」

「マジで?」

本気(マジ)じゃ」


なんでその文脈で俺が護衛をしなきゃならない事になるんだ……それも『騎士団潜入任務』を既に受け持ってる俺に……

頭を抱える俺に、レイモンドはまぁ待てという風にジェスチャーをしてから、説明を始めた。


「ニコルよ。お前さん、もうすぐ『首都』に行くんじゃろ?」

「ああ、そうだ。ようやく騎士団北方支部への『左遷命令』が解除されて、正式に首都で騎士としての仕事をする事になる……」


全く、あれから1年か……

騎士に叙任された日の事を思い出す。予想外に次ぐ予想外、末に『騎士団潜入任務』が実質1年の延期を余儀なくされてしまった……あれは悲しい事件だったよ。

そんな感慨にふける俺の背後から、ハリーが茶々を入れてくる。


「アニキがお偉いさんをぶん殴ったりしなかったら、こんな事にはなってないんスよねぇ」

「ハリー、テメェは黙ってろ」

「ニッ君……君ひょっとしなくても、ヤバい事した……?」

「……聞くな」


メリッサが呆れたような半目で見てくる。あれは俺のせいじゃないんだ……いや、実際俺のやらかしである事に間違いは無いんだが……


「あの元老のクソジジイがムカついたから殴っただけだ。俺は悪くない」

「おお……驚いたッスよ、アニキ。騎士団の左遷制度って反省を促す機能すらないんスね」

「うるせぇ!」


開き直った俺に対しハリーが皮肉めいた事を言いだす。全く、人の気も知らないで……

親父は茶番に興じる俺達をしばらく見ていたが、咳払いで俺達を話し合いに引き戻した。


「で、ニコルにこの娘を任せるのは、『メリッサも首都に行けばより安全』って理由からじゃ。首都は当然、このギャングやチンピラ蠢く北方の大地に比べて、治安が凄く良いからの」

「なるほどな、敵が大きく動けない環境に連れて行って、出方を伺う訳か」

「後はお前さんの了承さえあれば決定なんじゃが、どうだ?」


俺は横のメリッサを見た。コイツは善良な市民だ。だから俺達のゴタゴタに巻き込む訳にはいかない。正直、俺個人としては元の生活に戻せるならそれに越した事は無いと思っているが……


「メリッサ、お前は本当にそれでいいのか。もっと危険な道に足を踏み入れるかもしれないんだぞ」

「平気だよニッ君。第一私も、このストンバーグ州を抜け出して首都まで行ってみたかったし」


メリッサはニコッと笑った。既に彼女の中では「冒険の旅」への期待が膨れ上がっているようだ。


「分かった。降参するよ。俺がメリッサの護衛を受け持って、一緒に首都まで行く事にする」

「良し、決まりじゃ。連れが居るんなら出発を早めた方が良かろう。早速、出発の準備をしておくんじゃぞ」

「ああ、ちょっと待ってくれ。俺、出発する前に行きたい場所があってな……悪いが首都行きは明日にさせてくれないか」


俺はメリッサを見た。メリッサはキョトンとした顔でこちらを見つめ返した。


「せっかくだから、お前もついて来い」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ