Nasty Blue Sorceress:肉弾丸は駆け回る
「危なかった……ミケちゃんの助けが来なかったら、どうなってたか……」
小さな助っ人が上階に投げ飛ばしてくれたおかげで、メリッサは地上への脱出に成功していた。石の地面に這い上がりながら、彼女はあたりを見回す。ハリーに頼まれた通り、中の状況を伝えて助けを呼ばないと……
彼女は入り口から随分離れた所まで来てしまっていた。焦る気持ちを胸に、疲労困憊の身体を引きずって夜闇の中を駆け出すのだった。
* * * * *
「【氷細工:形状=鎖】!」
「ッ……【指令:設定:軌跡:円】」
ガスマスク女の身体に氷の鎖を巻きつけ、近距離を保ち続ける。抵抗する敵は自身を中心とした周回軌道上に3本のナイフを回転させたが、俺は鎖をたぐって距離を詰め、それらを回避する。
至近距離、攻撃のチャンスだ。
「くらえ、【龍爪】ッ!」
「【指令:設定:質量:1 to 100】!」
必殺の爪撃が敵に迫るが、ガスマスク女は咄嗟に小石を取り出して巨大化させた。爪は巨大化した岩の盾に阻まれ、攻撃は不発に終わってしまう。岩の衝撃で鎖も壊れてしまった、だが……
「お前は今、得意のナイフ投げ攻撃が使えないんだろう!」
「……!」
奴の『能力』……青い魔法陣は、具現化系能力らしく多機能だ。発動条件は物体に魔法陣を「付与」し、口頭での命令を送る事。できる事は物体の速度、軌道、大きさの遠隔操作……他にまだ隠している可能性はあるが、現時点で確認している限りこれらが主能力なのだろう。
しかし、能力がいくら多機能だとしても、できない事は当然ある。少なくとも奴の場合……異なる命令同士でも、「再使用可能時間」を共有するという弱点がある。
奴は今、「巨大化」の命令を使った。それも小石が障害物になる程大きく……魔力の消費も激しいに違いない。相応の反動は避けられず、能力の再使用まで少し時間が必要だ。そして、奴の能力の本質は「巨大化」でも「速度操作」でもなく「魔法陣」であり、奴の能力にとっての「再使用可能時間」というのは「魔法陣」そのもののクールタイム……
つまり奴は今丸腰同然であり、俺に対して有効な攻撃手段は存在しない。
「【氷細工:形状=柱】!」
足元に氷の柱を生成し、カタパルトのように自身の身体を前方に撃ち出す。
ガスマスクの女はナイフを取り出したが、今度は投擲はせず両手に構えた。今度こそ至近距離での斬り合いだ。
「……【氷細工:形状=騎軍刀】!」
「ッ!」
右手に構えた軍刀で斬りかかるが、女は両方のナイフで一撃を受け止め、弾いた。女はそのまま片方のナイフで刺突を繰り出してくる。俺は突き出された刃を龍腕で掴み、握り潰す。
ナイフの破損を見るや、女は後方へ退きながらもう片方のナイフを投げながら、懐からスペアの2本を取り出した。しかし、それでも俺の猛攻は止まらない。投擲されたナイフは俺の腹に命中したが、既に展開されていた氷の障壁に阻まれた。
「【龍爪】……【龍爪】……【龍爪】……ッ!」
「ぐはっ……!」
背走する女に比べ、当然前に進む俺の方が速い。ひるまず突撃し懐に潜り込んだ俺は、龍の爪で三連撃を与える。爪を受け止めたナイフが一本、また一本と破損し、最後に丸腰となった女の腹に爪撃を叩き込む。クリーンヒットはしなかったが、その一撃は確実に敵の血肉を抉った。
女の腹から黒く淀んだ血が噴き出す。確実に致命傷だ。だが……
「君、なかなかやるようじゃないか……」
「お前……なぜその傷で立てるんだ……?」
左手の龍の爪を見た。それは黒い血で染まっていたが、よく見ると血痕の端からかさぶたのように固まって、すぐさま崩壊していくようだった。明らかに、通常の人間の血ではない。
よく見ると、龍爪で斬り裂いたにも関わらず腹の出血も酷くないようだ。治っているのか……?
「ならば、確実なトドメを……!」
深手を与えても再生される……ならば完全に再生される前に、奴の命を獲るのみ。俺は右手のサーベルを縦に構えて突撃する。切っ先が天を突かんとするような構えだ。
凍った鋭刃は確実にガスマスク女の正中線上を捉え、跳びかかった刃が振り下ろされ……
その瞬間だった。ガキン、とサーベルを衝撃が襲う。
「……!」
「……軌跡:三日月曲線】!」
いつの間にナイフを投げていたのか……いや、さっき使ったナイフの魔法陣がまだ残っていたのか!
気付いた時にはもう手遅れであり、サーベルはその刃を砕かれて無用の握りとなってしまった。破損したサーベルが振り下ろされる……が、当然それが敵を斬る事は無かった。俺は剣の握りを両手で握ったまま、極大の隙を晒す。
「終わりだよ、『龍腕のゼロ』……ッ!」
ガスマスク女は勝ち誇った顔でナイフを構え、俺の急所目掛けて刺突する。こういう有利な状況では、人間は「攻撃」の意志に脳内を支配される……
俺達の国には「千尋の谷は勝機の刹那」という古い諺がある。要するに「勝ってる時ほど気を付けなきゃならない」的な意味だ。「チャンスはピンチ」とでも言えば分かりやすいか。
そう、今の奴のように。
焦ったと思っただろうが、迎撃されるのは織り込み済みだ。本命はこの「二の太刀」……
「【再凍結】! 刀身よ、復活しろ!」
「なに!?」
折れたサーベルの刀身が再び生成される。伸びる先は女の心臓……急所を貫いてやれ!
ガスマスク女は驚異的な反応速度で回避行動を取った……が、俺の奇襲攻撃を完全に避けきる事はできず、氷剣は女の右肩を深く刺し貫いた。
黒い血の再生能力があるとはいえ、流石に今の一撃は堪えたらしい。僅かにふらついている。
「これは……マズいかな」
「逃がすかよ、お前をぶっ殺して戦果にしてやる……!」
左腕を引き絞り踏み込む。『龍腕』の制限時間も迫ってるんだ、決着はここで付ける。一撃必殺の拳を……!
「【龍……」
その瞬間、全身に刺すような殺気を感じた。
「クソッ、【氷室】!」
銃声がいくつも鳴り響く。急いで生成した氷の半球で360度覆い、防御には成功する。ただ、そのせいで【龍拳】をぶち込む事ができなかった。
氷を解凍し、周囲の状況を確認する。俺を取り巻く会場の観客席のところから、何人もの男が俺に照準を向けている。いつの間にか完全に囲まれてしまっていたのだった。
ガスマスクの女が周りの男達に抗議した。
「お前達、私は手出し無用だと言ったはずだよ」
「あくまでもベルベーヌさんが危ないと判断したため、我々は攻撃を行ったまで。命令は承諾しかねます」
何やら内輪揉めを始めたが……まさか俺を捕まえた時の手柄を取り合ってるのか?
「捕らぬ狸の皮算用」ってヤツでは……とか思ったが、それはそれとして絶体絶命だ。飛び道具持ちがこの数にガスマスク女が相手では、勝つどころか逃げるのも難しい。
援軍も来ないし……ハリーに何かあったのか?
「どうしますか、『龍腕』はここで殺しますか」
「私に指図をするんじゃないよ、今考えてるんだから」
考えろ……考えろ……
必死に頭を回転させながら、何か使えないか周りを見回した。しかし、全然いいアイデアが浮かばない。寝不足はやはり良くないな、思考の鮮度が明らかに落ちる。
半ば絶望しながら俺は天を仰いだ。すると、天井の照明を遮って、何やら玉が落ちてくる。
「ホワチャッ!!」
「な、なんだ!?」
「なんだコイツ!?」
玉は、太った人間だった。玉のような人間は俺のそばに着弾すると、超速回転しながら俺のそばに歩いてきていた男たちを跳ね飛ばし、独特の構えで停止した。
「お待たせぃ、おチビさん。迎えに来たぜ!」
「……来るならもっと早く来てくれよ、バッハさん」
バッハ・ライスフィールド……コードネームは『ライスボウル』。俺達「BWA」の最高戦力の一人で、武術面では俺の師匠の一人だ。元々「後から合流する」とは言われてたが、こんなにギリギリになってからとは思わなかった……すっかり存在忘れてたぞ。
バッハさんは独特な構えのままその場で1周半回転し、ガスマスク女の方を向いた。
「やぁ、お嬢さん。キミは敵かな?」
「な、なんだ……このデブは」
ガスマスク女は口元が見えないながらも、明らかに当惑した表情をしていた。
銃で武装した男達も訳が分からず突っ立っていたが、その中の一人が我に返り、号令をかけた。
「敵だ、総員撃てッ!」
「おや、手厚い歓迎だね」
十数発もの弾丸が放たれ、バッハさんを四方八方から襲う。しかし彼は少し身体をねじったかと思えば……
「【独楽・開】!」
その場で超速回転を始めた。弾丸は的のような巨体に正確に命中したが……
「ぶがっ!」
「はぶっ!」
弾丸は巨体の表面を滑った後、周囲を取り囲んで撃っていた男達に逆に返っていき、何人かがダウンした。
「お前達、何をしてる!?」
「さあおチビさん、ここを切り抜けるぞ!」
「はぁ……仕方ない、ここは一旦退くとしますか!」
バッハさんは軽々と俺を担ぐと、また身体をねじった。俺は全力でしがみつきながら目を閉じる。
「総員、怯むな! 第二射用意!」
「それでは皆さんお元気で、【襲舞】ッ!」
バッハさんの身体が回転しながら複雑な軌道を描き、高速移動する。超速の玉はスーパーボールのように跳ね回りながら男達を蹴散らし、俺を担いだまま会場出口へ消えていくのだった……