Nasty Blue Sorceress:青き余光
「【指令:設定:速度……」
「来る……ッ!」
ガスマスクの女が、何やらくぐもった声でブツブツと呟いている。そしてナイフが青い光を曳いて、独特な軌道を描きながら飛来する。
対能力者の戦闘は、相手の能力の性質を見極められるかが8割と言ってもいい。俺は回避に専念しながら情報を取っていた。
既に戦闘開始から2分が経過しようとしている。
「足元、次に胴体……間髪入れず、後方の死角から……」
四方八方から飛んでくる攻撃に最初は翻弄されたものの、避け続ける中でなんとなく相手の「癖」のようなものが見えてきた。
ガスマスク女の能力は「物体の遠隔操作」とかそんな所だろう。今の所ナイフしか飛ばしていないから、他の物も飛ばせるかどうかは真偽不明だが……それよりも、奴の能力には明確な「制約」が存在するようだ。
「……設定:軌跡:直進】!」
「分かるようになってきたぞ、攻撃の軌道が……!」
奴の能力の発動条件はおそらく、口頭で「命令」を送る事だ。奴がナイフを飛ばす時、必ず大なり小なり何かを呟いている。それを隠すためのガスマスクなのかもしれないな。
複数のナイフで攻撃する時も、どれも別の軌道を取っているように見えて、その実は射角を変えただけの同一挙動……だったりもするようだ。複数の物体に同一の命令を与える事もできる、という事だろう。
「さっきから攻撃が単調だぜ? ひょっとしてネタ切れかぁ?」
「ふん、さっきから私に一撃も与えられていない癖に、口だけは回るんだね」
「【龍爪】ッ!」
「無駄な事を!」
鉄をも断つ爪の斬撃を放つ……が、所詮は腕のリーチだ。浮遊しながら回避する女には命中しない。
射程距離がどうしても足りない……!
俺は歯噛みした。『能力』で飛び道具を生成する事は可能だが……『能力』の使用は「表の仕事」に差し支えるかもしれない。出来ることなら、確実に目撃者を始末できる状況ではない今、使いたくはない……!
「……ッ!」
「……軌跡:三日月曲線】!」
今投げたナイフと、さっき投げたナイフの時間差攻撃……やっぱりまだこの女はネタを残していたらしい。右肩をナイフが掠め飛び、また一つ軽傷を負ってしまった。
「表の仕事」……俺は傭兵業の延長として、現在重要な長期任務に当たっている。それが「王国騎士団潜入調査」だ。
『ニコル・オーガスト』という人間は、一般社会では「法を執行する善良な騎士」という設定であり、「影で非合法に悪を討つ」存在である『ゼロ』とは相容れない……
俺は二人の人間が同一人物でないと偽装するために、『ニコル』として行動する際は『能力』を使い、『ゼロ』として行動する時は『龍腕』を使う……といった具合に原則として力を使い分けているのだ。
よって「裏の仕事」で『能力』を使ってしまうと、騎士として生きる『ニコル』という人間に、凶悪殺人者『ゼロ』の疑いがかけられる可能性がある。それは避けなければならない。
「そこ! 【指令:巻戻】!」
「ナイフが、戻って……!?」
回避したばかりのナイフが、同一軌道で「戻って」くる。完全に不意を突かれた俺は、綺麗に一撃をもらってしまった。幸いな事にナイフの持ち手部分はそこまで鋭くは無かったのだが……
このままじゃ殺られるのはこっちだ……!
その一撃は威力以上に、強力に俺の迷いを打ち砕いたのだった。
「【氷細工:形状……刺剣、円盾】」
「ほう、『龍腕のゼロ』……君もまだ何か隠してたって事だね……?」
「ここからは正真正銘、出し惜しみ無しで闘り合おうじゃないか」
鋭利な氷柱剣と堅氷の円盾を掲げ、女に対峙する。こうなったからには、目撃者は全員抹殺するつもりでやるしかない。
青い光を曳き、刃が突っ込んでくる。
「その攻撃はもう見飽きた!」
「なら……【指令:巻戻】ッ!」
不発したナイフが逆再生を始める。しかしそれを見越した俺は、女の周りに螺旋を描くように、周回しながら徐々に距離を詰めていく。戻っていく刃は過去に俺が居た地点を通って、空振った。
「覚悟ッ!」
「言ったはずだよ、無駄な事だと!」
距離を詰め斬りかかるも、また女は飛ぶ刃に乗って跳躍する。しかし、その位置は飛び道具持ちにとっては的でしかない。
「ハッ、その言葉そっくりそのまま返させてもらおう。【氷柱飛針】!」
「ッ!?」
生成した6本の短剣を散らすように飛ばす。空中で無防備だった女に、3本が命中した。
女は顔を少し歪めたが、機敏な動きで浅く刺さった氷の短剣を引き抜くと、すぐさま俺に投げ返してきた。驚くことに、それらは他のナイフと同じように曲がり……
「【指令:追跡】!」
「こ、今度は追尾弾だと……!?」
先程までの曲がるナイフとは明らかに違う挙動で、氷の短剣は俺を正確に追尾して飛んできた。女に追撃を加えようと加速していた俺は、すぐさま進行方向を切り返す。短剣はぎりぎり円盾で防ぐ事が出来たが、その後に突っ込んできた追加のナイフには対応しきれず、今度は脚に切り傷を負ってしまった。
「ッ……」
なんだあの追尾攻撃は……なぜさっきまでやって来なかったんだ……?
素早く推測を立てる。ヤツが追跡弾で使用したのは、俺が魔力で生成した氷の短剣だ。おそらく短剣に残留した俺の魔力の残滓から追跡したのだろう。
近距離で見て初めて気付いたが、飛んできた短剣には何やら見慣れない印が浮かんでいた。
「青い……魔法陣のような……」
これが奴の能力の正体……遠隔操作、と言っても「操作系」よりも「具現化系」に分類されるタイプの能力らしい。
『能力』には個々人の個性や性格、深層心理が個別に反映されると考えられている。しかし、個々人の性格もある程度の種類分けができるように、『能力』にもある程度の方向性が存在する。
俺の能力『凍結』は「物体を凍らせる」という「概念系」の能力だが……それは今関係のない話。「具現化系」も区分の一つで、「魔力による独特な実体を生み出して、それを媒介に力を行使する」タイプだと定義される。能力の幅が広く、やってくる事が予想しにくい……相手にすると一番厄介なタイプの能力でもある。
さっき俺の短剣を乗っ取って追尾弾に変えたのも、その能力の権能の一端に過ぎないのだろう。
「お前、まだ何か隠してるんだろ?」
「さぁ? 答えは自分の目で確かめれば?」
女は目を細めた。笑っているようだった。
今度はナイフではなくレンガサイズの瓦礫を取り出すと、俺の方に放り投げ、女は呟く。
「【指令:設定:質量:1 to 50】」
「……チッ、やっぱりか!」
瓦礫は空中で50倍の大岩に巨大化して、俺を押し潰さんと降り迫る。
「このヤケクソ出鱈目能力がッ!」
ハリー……早く、頼むから早く援軍をよこしてくれ……!