強者と弱者
「チッ、コイツ……小賢しい真似を……!」
リング際のフェンスからフェンスへ、三角飛びの要領で高速移動する。この際もはや攻撃の正確な命中など考えない。「相手が対応するのに疲れる」ような動きをする事だけ考えていればいい。
「【闘牛……ッ!」
殺気、俺はすぐさま軌道を変える。必殺のブーストパンチは無情にも空を切り、リドリーは苛立ちを隠せない様子で舌打ちする。回避してすぐ、リドリーのしばしの硬直を見逃さず俺は突撃する。
「【レイザー・サイス】ッ!」
「クソッたれがッ!」
すれ違いざまに横薙ぎの回し蹴りを食らわせる。高速の一撃は今度は脇腹に命中した。蹴った反動で俺はすぐさま後退すると、また回避動作を再開する。ヒット&アウェイを始めてから致命打こそ与えられていないものの、着実に一撃が積み重なっており、リドリーも疲れの色を隠せなくなってきたようだ。
ただ、問題なのは……生憎、消耗してるのはこっちも同じだという事だった。
「そこだなァ!」
「しまっ!?」
リドリーは数回の攻撃で俺の軌道を読み切ったらしく、その上でフェイントを仕掛けてきたのだ。推進力を保持したまま、殴るのではなく掴みに……
「【闘牛雁行】ァ!」
パンチを出すふりをして空振った腕を、回避軌道を取る俺に向け、恐ろしい正確さで突撃してくる。数十秒間走り続けたせいで動きが鈍りつつあった俺は、咄嗟の判断を誤ってしまった。
避けられない……!
次のフェンスに飛び移ろうとしていた俺は、咄嗟に右腕でガード態勢を取った。しかし、その瞬間に選択を後悔した。リドリーの行動は、今回に限っては打撃ではなく、掴み……この態勢のまま掴まれると、右腕ごと胴体を拘束されてしまう……!
だが、後悔するには遅すぎた。
「うぐ……ッ!」
「シャアッ、ようやく捕まえたぜクソガキがァ!」
重機のような体躯で、リドリーは俺を押しつぶさんとするかのようにフェンスに叩き付け、そのまま機械の腕で拘束した。左腕は空いているが、この可動域だとまともに動かせない……!
「さっきからチョロチョロ跳ね回りやがって……興が削がれちまったじゃあねぇか。お前は、俺が徹底的に……!」
リドリーがフリーの右腕で、俺の無防備な顔面へとブローをお見舞いしてくる。防御手段を持たない俺は、今は耐えるほかない。
「どうだ、どうだァ! さっきはよくも俺の至福の瞬間を邪魔してくれやがったよなァッ! クソッ、クソがッ!」
一発、また一発と顔面狙いのパンチが繰り返される。右腕の威力は改造機械腕程ではないにしろ、この体躯からの一撃だからそれなりに重い。
「こうやって緩やかに嬲り殺しにされるってぇのは、どうだァ……? なぁ、もっと聞かせてくれよなァ、オイ!」
「……」
まだ、まだだ。その時じゃない。耐えろ……!
「オラ、オラ、オラ、オラァッ!」
「……」
リドリーはこの世にこんな楽しい事は他にない、とでも言うように高笑いしつつ、俺の顔面を執拗に殴ってくる。弱い立場の人間を、徹底的に叩きのめす事……それがこの男の愚かな虚栄心を満たす、最上の快楽なんだろうな。
「ガキィ、なんとか言ってみろや! 今どんな気持ちだァ!」
「……ひひ、俺は悲しいぜ」
しかし、その言葉とは裏腹に、俺はニヒルな歪んだ笑みを浮かべていた。
「お前のその惨めな根性と、文字通りネジの外れたオツムがよォッ!」
機は熟した。今こそ解放する時……黄色に輝く閃光を!
「何!?」
「炸裂しろ、【パンク・バッシュ】ッ!」
機械腕で抑えていた腕の下、そこに着々と集めていた波導力を衝撃に転換、一気に解放することで俺とリドリーを無理矢理引き剥がす。機械腕には感覚神経が通っていなかったせいか、リドリーは俺の思惑通り、波導の流れに気付かなかったらしい。
ローグ・コンバットの始祖、デューク師範の言葉を借りれば「お縄から緊急脱出の術、応用編!」である。
「さっきからお前が長々と痛めつけてくれたおかげだ。感謝するぜ、わざわざ脱出までの時間をくれてよぉ」
「クッ……つくづくムカつく野郎だぜッ!」
しかし脱出したと言っても、依然俺はリング際で逃げ場のない状況である。今からだと波導術の加速も間に合わない。好機と見たリドリーは、自慢の左腕を掲げ……
「【闘牛……!?」
リドリーは、ここでやっと異変に気付いた。撃鉄がガキンと作動したものの、推進装置が起動しないのだ。推進火薬の不発……一瞬故障を疑った彼だったが、理由は明確に別に存在していた。それは……
「当たんねぇのに、無駄撃ちご苦労さんだぜ!」
「クソッ、お前最初から炸丸切れ狙いで……!」
人体は体力の限り動く……が、機械の腕だと話は別だ。アレは炸薬、あるいは燃料で動く。そして腕サイズ程度だと、詰める推進剤は数発分が限界……
俺の想定通り、リドリーはさっきまでの回避戦法の時点でとっくに燃料を使い果たしてしまったのだ。今のヤツの腕は、ただ重いだけの金属塊である。
俺は、この博打に勝ったのだ。
致命的な隙を晒したリドリーと、それを待っていたとばかりに距離を詰める俺。リドリーは屈辱に顔を歪ませながら、接近する俺を払いのけんと咄嗟に右腕を振るう。
だけど、そんな腰の入ってない牽制、当たってやる訳ねぇだろうが!
「弾喰流……【回攻弄】」
揺れるようなステップで重心を低く落とし、攻撃をかわしながら加速する。
遂に、懐に潜り込んだ!
「この……ガキがァッ!!」
「死に晒せェ、ブリキ野郎ッ!」
渾身の力を込めて、左のアッパーを鳩尾に叩き込む。天を突くように、まっすぐ。
拳は完璧に正中線を捉えた。さらに俺はダメ押しに心の中で呟く。
【龍腕狂化】……と。
左拳から亀裂が走り、血と共に龍鱗の「破壊」が目を覚ます。異形の拳から放たれた規格外の衝撃は、鳩尾に深く突き刺さり、リドリーを高く高くかち上げ……記録は高度7メートル。天井が高くて良かったな。
俺は展開した龍腕をすぐさま解除し引っ込める。一瞬ならよく見えないし、バレない……はずだ。
自由落下してリングに帰ってきたリドリーは、泡を吹きながら倒れ、意識を失った。
戦闘続行不可が確認され、力強くゴングが打ち鳴らされる。
格付け完了、「強者」は俺だ。
『勝者ァ、青コーナー、バーーベルゥ・アーーームストロングゥッ!!』
ふんっ、と鼻下の血を拭い、勝利宣言の拳を高らかに掲げる。会場は番狂わせに湧いていた。
「すごい、本当に勝った!」
「アニキ……絶対最後にアレ使ったッスよね……」
観戦席最前列のメリッサは興奮し、片やハリーは呆れた表情で俺を見ている。
いや、結構結構。やっぱり気に入らない野郎をぶん殴るのって、気分がいいね!
あの雑魚狩りブリキ男と何ら変わらない、みみっちい満足感を胸に、俺は勝利の余韻に浸るのだった。