狼藉たるサウスポー・ノンストップ
軽量級第二回戦の最終試合が終わった。次は中量級第二回戦の一試合目……すなわち俺の試合である。
対戦相手は……
「よう、さっきぶりだなァ、ガキィ……」
至近距離でブリキ腕の男が俺を見下ろしている。リドリー・ドーザー……二回戦にして早くもこの優勝候補筆頭と戦うことになった訳である。
「アニキ、ファイトッス……!」
「ニッ君、がんばれ……!」
ハリーとメリッサはリング外で固唾を飲んで見守っている。
会場は「またつまらない試合か……」と言わんばかりに、いくらかのブーイングが飛ぶばかりで静かになっていた。まぁ傍から見たら体格差二倍の勝負だし、当然小さい俺の方が敗色濃厚だと思われていてもおかしくない。
『両者距離取ってェ、準備はいいかァ!』
「しゃあッ!」
「ああ」
「向かい合ってェ、ファイッ!」
ゴングが打ち鳴らされ、試合が始まる。しかし今度はお互い様子見の構えで、まだ激突はしない。
体格差がある戦いでは、当然大きな方が有利になる。そもそものリーチ差は如何ともし難いからな。懐に潜り込めれば話は別だが、それは相手の防御ミスを待つようなもので、下手に自分から距離を詰めるのはリスクも大きい。
カウンター狙いの「待ち」……それが俺の基本戦術である。
戦いに勝つ上で大切な事は二つ、自らの強みを押し付ける事、もしくは相手の弱みに付け込む事だ。体格が大きい事の数少ないデメリットとして、小回りが利きにくい事が挙げられる。今回はこちらの能力面での有利を押し付けられない分、デメリットを利用しに行くことが肝要だ。
じりじりとした睨み合いが続く。
「……来いよ、雑魚狩り名誉チャンピオンさん」
「ッ……!」
俺の挑発に、リドリーの顔が怒りで歪む。そうだ、打ち込んで来い……迎え撃ってやる……!
しかし俺の予想とは裏腹に、リドリーはなかなか距離を詰めようとはしない。そう簡単には釣れないか……と思ったが、何か嫌な予感がした。ヤツの腕の機械、心なしか音を増したような……
……殺気!
「【闘牛長槍】ッ!」
「あぶッ」
リドリーの低めのガードスタイルから、突如として槍のような左ストレートが顔面目掛けて飛んでくる。まるでピストンで射出されたかの様に。
奇襲の一撃に面食らったが、殺気を読んでなんとか回避する。まさか、あんなレンジ外からの一撃を隠してたとは……ヤツの腕の機械部品はそのブーストパンチのための物か。
待つのはダメだ、俺から攻めなければ。
「らァッ!」
「ッ!」
沈んだ体勢から浮上するように打ち出した俺の右アッパー、しかしリドリーの腕のガードに阻まれてしまう。俺はまだまだ、と言わんばかりに左右とジャブを繰り返す。何発かガードの下へ届いたものの、どれも決定打には繋がらない。
「【闘牛……」
「畜生ッ!」
コイツの殺人左ストレート、ガードの体勢からいきなりぶち込んで来やがる……!
急いでバックステップしながら攻撃を見極めんとするが、今度は俺の体勢が不安定だったためか避けきれず掠ってしまった。近付くのもヤバいって事ね……なるほど……!
「その腕、とんだインチキだな……値段は? ホームセンターとかで買えたりするのか?」
「テメェに話す義理はねェ!」
「ッ……!」
ちょっとは休ませてくれよ、とか思いながら大きく距離を取った。背後にはリング際の網が迫る。ここが正念場だ……
* * * * *
「まずい、負けちゃうよ……!」
「……流石に相手も絶対王者ってだけあるッスね」
追い詰められたニコルの窮地、それに対してハリーは至って落ち着いていた。
「なんでそんな落ち着いた風に見れるの……!?」
「アニキの事をよく知ってるからッスよ。あの人の事なら……」
ハリーはニヤリと笑った。それは、リング上のニコルも同じだった。
「『攻めの一手』はここッスよ」
* * * * *
「マクシム・アーツ……」
「……!?」
端に追い詰められた俺は、いきなり完全にガードを解いた。
構えは四つ足歩行の獣がクラウチングするかのように、低く、前を向いて……
両足に力を込め、波導力を結集させる。波導は青く輝き、推進力の光条となった。
「【レイザー・ラン】ッ!」
急加速し駆け出す。リング上はこの瞬間、レーストラックと化した。
「俺の速度に、付いて来られるかな?」
作戦変更。プランB、究極のヒット&アウェイ戦法である。
『リドリー・ドーザー』
人々はかつて彼を「期待の新人拳闘士」と呼んだ。
無情にも負傷に倒れた天才は、再び勝利の栄光を掴むため、腕を「修理」した。
『蹂躙する闘牛の左腕』……彼は最強の武器と共にリング上に舞い戻った。
もはや彼は弱く無垢な戦士ではなく、
手段問わず勝利に執着する、歪んだ頂点捕食者と成った。