獰猛なるサウスポー・リングイン
『き……気を取り直してェ、中量級一回戦第四試合の開始だァッ!』
リング上のトラブルに面食らっていた実況兼進行役のモヒカンだったが、問題なく試合が開始できることを確認すると、またあのやかましいアナウンスをかけ始めた。
『赤コーナー、バーベルゥ・アーーームストロングゥッ!』
こと俺である。オープンフィンガーグローブを装着し、リングの対角に居る敵を見据える。
『青コーナー、アンディィィ・リィ・ダァンッ!』
不自然に音が伸ばされてるせいで聞き取りにくいが、おそらく対戦相手の名前は「アンディ・リー・ダン」なのだろう。ミドルネーム持ちか……この国じゃ割と珍しい気もするが。
対戦相手、アンディとかいう老年の武闘家は何やら奇妙な構えを取っていた。あれは……カンフーに似ているが、少し違うな。流派からして、西方諸国の人間だろうか。
足は前後に広く開いて、重心を低く落とし盤石の構え。だが特殊なのは開かれた掌であり、どちらかと言えば打撃よりも掴みの構えに見える。
『両者向かい合ってェッ、ファイッッ!』
ゴングが打ち鳴らされ、両者が激突する。
老人は素早く距離を詰めると、初撃は俺の予想通り打撃ではなく掴みだった。掬いあげるように差し込まれた老人の右腕、俺は左腕のガードを解いて捌きにかかる。
初撃を躱された老人は、すかさずもう片方の手で、俺の腕を掴んできた。
「ヘァッ!」
「……ッ!」
掴みで俺の動きを制限した後、老人は俺の体勢を崩しながら下段蹴りに繋げてきた。手業での拘束、からの足技の連携……典型的な西方武術の近接戦闘スタイルである。この老人の場合は柔術の要素も混ざっているみたいだが、基礎は同じだ。
しかし俺もただやられているだけではない。
……ここだ!
足技から投げに繋げようとした老人を、逆に投げ飛ばす。
足を掛けての投げは、強力な代わりに相応のリスクを伴う。投げ飛ばす瞬間に、攻撃者の重心も不安定になる瞬間があるのだ。片足で立っているのだから当然の話ではあるが。
仰向けに転がった老人に対し、俺は追撃を仕掛ける。老人は抵抗しようと蹴り上げたが、脚は空を切って命中せず、俺の接近を許してしまった。
老人のしわの刻まれた顔面を左手で鷲掴みにし、力を溜める。念力が黄色の輝きを放ち始め、光は掌に集結し……
「師匠直伝、【パンクバースト】ッ!」
炸裂する。
衝撃波が脳を直接襲撃し、老人はたった一撃で気を失ってしまった。記録にして7秒、今大会最速の決着である。
* * *
「初戦突破ナイス、アニキ!」
リングから戻ると、変わらず一般客気分のハリーと、いつの間にか目隠しを外しているメリッサが待っていた。どうやら二人で試合を見ていたらしい。
「ありゃ、せっかく見てるんだったらさっさと決着付けない方が良かったか?」
「いや、私の事は別に気にしなくていいよ〜! それよりもニッ君、さっきのあれ、何……?」
メリッサは先程の俺の技について聞きたそうな顔をしている。
「俺の『波導術』の事か?」
「ハドウ……ジュツ? た、多分それ」
メリッサは『波導』という単語の時点で疑問符を浮かべていた。まぁそりゃ武術に疎い一般人からしたら、知らなくても無理ないか。
「まぁそもそも『波導術』ってヤツの説明からするとな……」
説明しようとしたものの、いざ口を開くとどう表現したものか……と言葉に詰まってしまった。
「その、なんつーか、ブワッて感じで湧き出してくる……『気』みたいなもんだ、うん」
「……まさかそれで説明した気になってないよね!?」
「流石にそれは無いッスよアニキ……」
完全感覚的説明を試みたが、非難轟轟であった。えぇ……だって俺はそういう感覚でやってんだもん、それ以外に説明のしようが無いっていうか……
「オレが補足するッスよ……『波導』ってのは定義上、『生命の余剰エネルギーを取り出して物理的に利用する技術、及びその武術』の事……だったはずッス」
「なんだよ賢ぶりやがって、お前のキャラらしくない」
「へん、アニキと違ってオレは理論派ッスからね。何でも見た通りにマネできちゃう天才とは一緒にしないで下さいッスよ!」
ハリーは俺の説明に呆れた様子で、自身の知識を披露し始めた。まずい、このままじゃ俺だけバカキャラを押し付けられる……!
俺も負けじと知識を披露せんと口を開く。
「まぁ『波導』ってのは武術の延長線上にある念力みたいなもんだと思ってくれ。それで、さっき俺がやった技だが」
「『ローグ・コンバット』って流派ッスよね」
「あ! 俺のセリフ取りやがった!」
『ローグ・コンバット』……カサール・デューク師匠が創始した、フリースタイル脱獄拳法……
割と成立経緯が意味不明な流派なのだが、背景はさておいて、その強さには疑いがない。
師匠本人が神出鬼没の流浪の身である故に、門下の人間があまりに少ない。かくいう俺も親父のツテで教えてもらったからな。
「俺がやった【パンクバースト】ってのも『ローグ・コンバット』の技で、簡単に言えば『衝撃波をぶち込んで内側で炸裂させる』って感じの技だな」
「そう聞くとめっちゃ物騒な技なんだけど……」
「また後の試合でも、そういう物騒なの色々と見せようかなぁ……ってな」
ちょっと怖がらせるような事を言うと、メリッサは目を細めた。表情豊かだなコイツ。
「そういえばアニキ、『能力』は禁止されてるのに『波導』はオーケーなんスね」
「ああ、そうだな。俺も何回かレギュレーションは確認したが、それらしい記述も無かったし……まぁ波導は頑張れば誰でも習得可能だから、武術の範疇だと判断してるのかもな」
「つくづく基準が謎ッスね、この大会の運営は」
三年前に俺達が『ウルフファイト』を襲撃した時から、運営方針も結構変わったのかもしれない。そもそも参加者の量も前回に比べて圧倒的に多いような気もするし……
俺は漠然とした違和感を覚えながら、その正体をはっきりさせる事は無いまま、次の試合を待つのだった。
『波導』
生命の反響、精神の妙技、人呼んで「心道」
この世界で一般に存在する、武術の一歩先の技術。武術の果ての武術。
個人の生命を要件とし、その揺らぎを力に変える。
心の波濤は背景を問わず、信条を問わず、使命を問わず。
それが欲するは激しい命の奔流、脈動する魂の鼓動の「熱」のみ。