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流天のデザイア  作者: 蛮装甲
序章:氷点下のエリミネーター
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一触即発

見ていて得られた情報がいくつかあった。

まず一つ、想像以上にカジュアルなノリで人が死ぬ事。それも折れた骨が皮膚を貫いて露出したりと負傷内容も痛ましく、安らかな死とは程遠い、苦悶の中で死んでいく選手が何人もいた。死体は毎回袋詰めにされて、どこかへ運ばれていくのだった。


こんな光景、耐性がなけりゃトラウマ必至なので、メリッサには先程から目隠しの布を巻いてもらっている。音に関してはどうしようも無いが……外野の野次がうるさいので大丈夫だろう。


そして二つ目だが……


「アニキ、ボスが言ってた要注意人物ってあいつッスよね?」

「ああ、そうだろうな……」

「なんか、見るからにデカい気が……」


リング上の男はゆうに2メートルを超えているように見えた。種族単位で違うのかと疑ってしまうレベルだ。パンプした腕には巨大な金属部品らしきものが付いており、動く度全身から金属音がしている。


男の名はリドリー・ドーザー……人呼んで『リング上の重機』だ。

歴代『ウルフファイト』に参加するたび優勝している実力者だが、何故か組織からのスカウトを蹴り続けているらしい。理由は不明だ。


どう見ても全身を機械部品で改造していて、どう考えても中量級に居てはならない体格もしている……が、事実何故か中量級で出場しているのだ。大会側もそれを黙認しているのか、何も言わない様子である。


彼と対面した者は例外なく凄惨な末路を辿るとされており、故に『ウルフファイト』において彼が出る年の中量級は『処刑場』と揶揄される事もあるらしい……とロべ爺は言っていた。

ちなみに俺は中量級で出場する。俺は今震えているよ。


「チッ、なんであの人外の出場が分かっていながら、中量級で出場するしかない俺を派遣するのか……理解に苦しむぜこの野郎……!」

「理由ならローベンさんが言ってなかったッスか? 試合の中で倒しておかないと、計画終盤で野放しになった時に手が付けられなくなる……って」

「だからって俺だったら楽々倒せる、って訳でも無いんだよな」

「アニキがそんな事言うの珍しいッスねぇ、あんなヤツぶっ飛ばしちゃって下さいよ!」


自由に『龍腕』も『能力』も使える環境なら楽だろうが……なんせ今回はそうもいかないのだ。


俺達は現在進行形で大会に潜り込んでいる身分だ。『龍腕』なんて使うのは以ての外で、試合に勝てたとして即刻身バレで任務失敗である。


また俺の『能力』に関してだが、そもそもこの大会ではレギュレーションで「能力の使用は禁止」と触れられている。まぁそもそも、仮にバレない様に使用する事が可能だったとしても、この360度監視されている状態で()()「身バレ」の危険性を背負うのはリスクが高すぎるからな。


いずれにせよどっちの力も今の俺は使えない。


さて、試合風景に戻ろう。試合開始のゴングが鳴った……と思ったら既に対戦相手はリドリーに組み伏せられて、ボコボコにされている。


「アニキ……これって『試合』なんスかね……?」

「いいや、『虐殺』の方が正しい表現だな」

「ちょっと、私も気になるんだけど……もしかしなくても見たらヤバい?」

「ああ、ヤバい」

「見ない方が身のためッスよ」


対戦相手の小柄な男が可哀想に見えてくる。

俺達以外にもそういう憐憫の心を持つ連中が居るのか、はたまた単に一方的な試合展開がつまらないだけなのか、観客席ではブーイングが止まない。


「八百長買収野郎が!」「今年も出て来やがったか!」「負けろ!」「つまんねー試合してんじゃねぇぞこの野郎!」「消えろや脱法機械!」「恥を知れ!」


「シャハハハハッ、もう終わりかァ!」

「っ……っ……!」


飛び交う罵詈雑言など意に介さない様子で、リドリーは対戦相手に馬乗りになって顔面を殴り続けている。乗られている側の気弱そうな男は、それでも必死にもがいている……が、それがかえって自身の守りに綻びを作ってしまっているのだった。


「あの対戦相手、どう見ても素人だろうな。ガードが甘すぎて、自分から不利になってる」

「いやでもアニキ、あの体格差で試合させられてるんだからその評価は酷ッスよ。むしろまだ戦う意志が残ってるのは凄いんじゃないッスかね」

「……あそこで観戦してる女と子供、見えるか」

「あの泣きながら叫んで応援してる二人ッスよね……ひょっとしてアレって」

「ああ、あの素人、家族を人質に出して参加したらしいな」


十中八九、借金で首が回らなくなって、無理矢理大会に出場させられたとかそこら辺だろう。それも重機が雑魚狩りに勤しんでる中量級で……


「カタギの素人からしちゃ、あのリングは処刑台に等しいだろう。俺達はここからあの哀れな男の冥福を祈る他無いな」

「なんていうか、こういうの見てるとやっぱり、オレ達の無力さってもんを痛感するッスよね。目の前の被害者一人満足に助けられない……」

「そういうヤツが生まれなくていい世界にするために、俺達が居るんだ。こんな悪趣味な大会で、二度と無辜の弱者が死ななくて済むように……」


だがハリーが言う事には、内心俺も痛いくらい共感していた。


俺自身も大切な人を失ってきた経験がある分、あの男の家族が流す涙がどれほどの痛みを伴うものか、つい考えてしまう。これほどまでに感情をそぎ落とし、人生を捨ててまで復讐に身を捧げてきた俺であっても、原初の傷跡は未だ癒えぬまま残っているのだった。


「っ……!」


意を決したように、乗られた男はガードを解いて、リドリーの太い首に掴みかかった。しかし、巨木のような首は枯れ枝のような腕で握られてもびくともしない。ノーガードの男の顔面に、改造腕の唸るようなパンチが叩き込まれた。致命的な一撃である。


「……」


いつの間にか、俺はあの家族と過去の自分を重ね合わせていた。


「……ぐはっ……ダ、ダメ……だ」


致命打を受けてもなお男はしぶとく意識を保っていたが、その顔面は鮮血に染まり、もはや原型を留めていない。屈辱の中、男は敗北を認めるのだった。そしてそれは、彼とその家族の永遠の別れを意味する……


「……」

「クソッ、負けちゃったッスね……」


敗北者は大の字になって脱力し、勝者はその傍に仁王立ちしていた。敗北者の家族は、力なく泣き崩れている。

俺はその光景を眺めるしかなかった。


勝者が敗北者を掴んで、抱き起こした。そして行われるのは、スポーツマンシップに溢れた握手……ではなく。


「すっこんでろォ、雑魚がァッ!」


リドリーは敗北者の男を、人形を扱うかのように軽々と持ち上げて、フェンスに投げ飛ばした。雑魚狩り重機、渾身のダメ押しである。


「ああっ!?」

「……」


リドリーの突然の凶行に、隣のハリーは悲鳴に近い声を上げ絶句した。オーディエンスもあまりの光景にどよめき、ブーイングも先刻より勢いを増している。

改造腕の大男はそれでも飽き足らず、ぐったり伸びている敗北者を持ち上げてフェンスに叩き付け始めた。


その瞬間、今まで静観していた俺の中で、何かがプツンと切れる音がした。


「ちょ、アニキッ!?」


音すら置き去りにする勢いで、俺は無意識のうちにリングに乱入していた。

予期せぬ闖入者にお楽しみを邪魔された大男は、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべている。


「なんだテメェは」

「もう試合は終わっただろ。次は俺の試合でな、さっさと始めたいんだ……俺の為にもリングを無駄に汚さないでくれるとありがたいんだが、な」


至近距離でのにらみ合い、互いの双眸が火花を散らし、あわや一触即発……と思いきや、リドリーは舌打ちの後、案外すんなりとリングから出て行った。乱闘も覚悟していたため、ちょっと肩透かしである。


「お……俺……は……」


フェンスにもたれながら、推定カタギの素人は何やらうわ言を呟いていた。


「いいからもう喋るな。お前は負けたんだから、大人しく休んどけ」


もはや前が見えているかも分からないようなパンパンの顔で、彼は彼の家族の方を見た。戦利品と化した妻と息子は、静かに涙を流しながらリドリーの『持ち点』の仲間入りを果たしたようだ。

それを見て、彼は嗚咽を漏らしながら泣き始めた。


「ったく、泣くなよ……いい歳した大人がみっともない」

「うっ……ううっ……」


無様に泣くしかない姿が、なおさらかつての自分と重なるようで不愉快だった。

俺は彼に聞こえるギリギリの声量で、語りかける。


「そこで指くわえて待っとけ、責任持って俺が全部壊してやるから」


フェンス越しにリドリー・ドーザーが俺を睨むように見ていた。負けじと俺も睨み返した。


「後、お前の事とか関係なく、個人的に気に入らねぇからあのブリキ野郎はぶっ飛ばす」


気に入らない奴はぶっ飛ばす。結局のところ、それが俺の一番シンプルな行動原理である。

俺の心はとっくに憎悪の烈火で燃え上がっていた。

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