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第5話「犬死に」

 ラインツファルトは唇を噛みしめ、かすれた声でつぶやいた。


「なぜ、こんなことを……」


 答えは知っていた。ハルトマンが何度も告げたように、アンデッドが再び人へと戻る希望はない。それが現実だ。


 だが、どうしても理解できなかった。なぜその可能性が絶対にゼロだと言い切れるのか。アンデッドが生き返ると信じる理由はなくとも、否定する理由もない。なにより、ラインツファルト自身が、過去にアンデッド化した人間が元に戻ったという事例を目にしたことがあった。


「なぜも何もない。アンデッドが人に戻るだと?」ハルトマンの声には嘲りが混じる。「まるで昔はそんなことが日常茶飯事だったみたいな口ぶりだな」


「二度、三度だけです。それでもゼロじゃない。なのに容赦なく殺すなんて、それは私たちのやり方じゃない」


「そんなに八十年前のやり方が懐かしいか?」ハルトマンの瞳は氷のように冷たい。「ならばいっそ魔力の泉にでも身を投じて死ねばいい。ちょうどこれから向かう帝国の首都デンドロビウムにある。貴様ほどの魔力を持つ者が溶け込めば、世界の魔力はさぞ潤うだろう」


 ラインツファルトの拳が震え、空中にいくつも魔力の塊が生まれる。瞬く間に弾丸が形成され、ハルトマンの胸元に照準を合わせた。


「どうしてわからないんですか? 人の命は、人の幸福は何よりも大切だと」


「何を言い出すかと思えば。それはお前自身の命よりも大切だと言うつもりか?」


「当然です! 自分の命を優先して生きることに一体何の意味があるんですか? 私はっ、……私は……」


 声が途切れ、ラインツファルトはふと自分の両手を見つめる。今の自分には一体何が残っている? 自分は何をしてやれた?


 ハルトマンは一歩も動かず、低く告げる。


「それが答えだ。誰かのために何かをしたところで、意味などない。その女もそうだ。お前のために生きた結果、何が残った?」


「……やめろ」


「自分の幸せを捨て、他人のために生きるなど愚かだ。せいぜい自分のために生きていた方がまだマシだった。犬死にだ」


「やめてくれ!」


 ラインツファルトの叫びが虚ろな部屋に反響する。彼は頭を振り、荒ぶる心を必死に鎮めた。


 ハルトマンは冷え切った声で言い放つ。


「お前にできるのは、帝国へ行き、過去を清算することだけだ。誰かを助けようとするな。生き方に執着するのはやめろ。人一人にできることなど、たとえお前がどれほど優れていようとも限られている」


「人一人を救うことすら、私にはできないと言いたいのですか?」


「ああ、そうだ。ことによっては、一人を救おうとしてより多くの命を犠牲にすることになる」


 そう言ってハルトマンは、全身に氷晶を浴びて床に横たわるエリザを見おろした。


 エリザの死。それが、愚かにも勝てない相手に立ち向かってレティシアを助けようとしたせいだと言いたいのか? 


 彼女を助けようとしたことが間違い? そんなはずはない。彼女を助けて王国を守り切ることも、そういう未来もきっとあったはずだ。自分がもっと強ければ——


 いや。ラインツファルトは思考を停止した。それこそがハルトマンの否定するものなのだ。自分がもっと強くなって誰かを救うことができるという発想を、彼女は何よりも否定しようとしているのだ。


「わかりました。帝国へ行きましょう。そこで全てを終わらせてみせます。ですが誰かのために生きることが無意味だという言葉、それだけは、必ず後悔させてみせます」


「……そうか。楽しみにしている」




 様々な手配をしてエリザを弔ったあと、二人は陸軍の基地へと向かった。そこにはラインツファルト他三名の魔術師を追放する特務部隊が駐屯している。


「正直、言っていることがよくわからないのですが」


 ラインツファルトはぼやいた。


「世界樹の魔力供給量が減少していることは知っているだろう?」


 二人は帝国と共和国の関係について議論を重ねていた。というよりは、ラインツファルトが現代の知識を欲していたというべきかもしれない。


「ええ、まあ。八十年前にも問題になっていました。今後三十年以内に魔力が枯渇するという説は、当時の共和主義者の行動理念の一つでしたから」


「なるほど。冬眠したのに寝ぼけていないようで感心した」


「あまり感心している風には思えないんですが」


 ティアレットは何も言われなかったかのように、表情一つ変えず話を続ける。


「だが、王国時代に荒野とされた魔の森以西には、意外なものがあった。世界樹の本体だ」


 ラインツファルトは息を呑んだ。


 世界樹、それは地下に根を広げ、世界中に魔力を供給する根幹。その幹がどこにあるのかは長年謎とされていたが、ついに発見されたのだ。


「それを破壊されれば、この星の魔力供給は途絶えるということになりますね」


「そうだ。さらに、そこには魔力の泉がある。帝国が不毛の地に建国されたのは、グラジオラス教団が泉の存在を突き止めていたからだと言われている。魔力の泉は濃密な魔力の塊であり、地脈を通って流れる魔力の根源だ。そこに魔力を持つ生物を投げこめば、世界に供給される魔力量はその分だけ増加する」


 ラインツファルトの脳裏に、不吉な仮説がよぎる。


「魔力を持つ生物を投げ込むって、まさか帝国は魔力を得るために魔術師を、人間を燃料にしているのですか?」


「そうだ。魔力を多く持つ者を選び、泉に投げ込む。共和国からも、多くの魔術師が連行されている。彼らはみな、死んだ」


 ラインツファルトは愕然とする。


「死んだって……そんな暴挙があっていいはずがない。それに人一人が入れたところでそんなに変わるとは思えません」


「確かに、一人ではほとんど変わらない。しかし、もしそれが魔力量の大きい魔術師で。なおかつ数十、数百と増えれば——」


 ラインツファルトの胸に、一つの仮説が鋭く突き刺さる。


「まさか……王族の追放は、そのためってことですか」


 魔力量の多い王族を犠牲にすれば、魔力の枯渇を食い止められる。そして得られた魔力を独占できれば、それは圧倒的な攻撃力に、兵器になる。


「その通りだ。そうやって数多くの王族が泉の中に消えていった」


 胸に痛みが走り、ラインツファルトは絶望したような顔になる。


 想像してしまったのだ。なじみのある顔が何人も泉の中に突き落とされる姿を。


 だが彼には一つ、気になることがあった。


「以前お聞きしましたが、大尉はなぜ帝国にいらっしゃったのですか? その話しぶりだと、帝国とはそれなりの縁があるように思えるんですが」


 その時、馬車がきしみを上げて止まった。


 ハルトマンは無表情のまま、淡々と告げる。


「どうやら目的地に着いたようだ。続きはまた後で話そう」

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