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ミセリコルディアと罪の星  作者: 芦多羽 雲璃矢
デンドロビウム編

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第54話「アンチ - ラ・ピュセル」

 轟音。

 玉座の間だった場所は、瓦礫の山と化していた。

 天井は抜け落ち、剥き出しになった小さな空から、真っ直ぐ月光が差し込んでいる。

「――排除デリート

 機械仕掛けの天使、ラ・ピュセルが指先を向ける。放たれるのは、純粋な魔力の閃光。

 物理法則を無視した熱量が、ラインツファルトの立っていた床を蒸発させる。

 ラインツファルトは、瓦礫を蹴って宙を舞った。

 魔力による身体強化はない。防壁もない。

 あるのは、死者の国で研ぎ澄まされた「死線を見極める勘」と、極限まで圧縮し体内に隠蔽した魔力がもたらす、爆発的な瞬発力のみ。

 傍から見れば、それは奇跡的な曲芸だった。雨あられと降り注ぐ光弾の隙間を、紙一重で、滑るように回避していく。

「無駄だ」

 玉座の残骸に腰掛けたアリオストが、冷ややかに告げる。

「魔力を捨てて戻ってきたその体で、いつまで踊り続けられる? ラ・ピュセルは学習する。貴様の動き、呼吸、筋肉の収縮……数秒後には、回避パターンは完全に解析される」

 ラインツファルトは冷や汗を流していた。

 (……ギリギリだな)

 レティシアが施した隠蔽は完璧だ。アリオストの予言の目すら欺いている。

 だが、それは同時に「魔術を使えば即座にバレる」という制約でもあった。

 一瞬でも魔力を放出すれば、偽装は剥がれ、アリオストに真の脅威度を認識される。そうなれば、予言による必中攻撃が飛んでくる。

 勝機は一度きり。

 アリオストが完全に油断し、自ら間合いに入ってくるその瞬間まで、この「最弱の道化」を演じきらなければならない。

「学習完了。……未来位置、予測固定」

 ラ・ピュセルの瞳が赤く明滅した。

 鋼鉄の翼が展開し、全方位からの包囲射撃体勢へと移行する。逃げ場はない。詰み(チェックメイト)。

「さよなら、お父様の憂鬱バグ

 一斉射撃。数千の光弾が、ラインツファルトという一点に収束する。

 ――その時。

 ドォォォォォンッ!

 玉座の間の壁が、外側から爆砕された。

「させないっ!」

 土煙と共に飛び込んできたのは、漆黒の重力球。それがラインツファルトの目前で炸裂し、事象の地平を作り出す。光弾の群れが重力の渦に飲み込まれ、軌道を逸らされて四散した。

「……遅刻だぞ、お前ら」

 ラインツファルトがニヤリと笑う。

 土煙の中から現れたのは、泥と血にまみれた二人の影。

「ラインツファルト、生きていたんだ」

 ハロルドが剣を振り抜き、瓦礫を足場にしてラ・ピュセルへ肉薄する。メリッサが杖を掲げ、次なる防壁を展開する。

「あとで説教だから!」とメリッサ。

 ラインツファルトが死んでしまったのではないかと、内心穏やかではなかったらしい。

「心配してくれたのか。ありがとう」

「うるさい!」

 ハロルドとメリッサ。

 魔の森の軍勢を突破し、満身創痍でたどり着いた最強の腹心たち。

「雑魚が増えたところで、結果は変わらん」

 だがアリオストは眉一つ動かさない。

 ラ・ピュセルが迎撃行動に移る。鋼鉄の翼が鞭のようにしなり、ハロルドを襲う。

「ぐっ……重いッ!」

 ハロルドが剣で受け止めるが、重量差で押し込まれる。そこへ、ラインツファルトが滑り込んだ。

 魔力はない。だが、その剣技だけで、ラ・ピュセルの関節部ジョイントを正確に突き、体勢を崩させる。

「ラインツファルト……」

 ハロルドが驚愕する。剣を交えた一瞬の接触で気づいた。ラインツファルトから、魔力が一切感じられない。

 空っぽだった。

「……ハロルド、メリッサ。聞け」

 ラインツファルトは、アリオストから見えない角度で、指先だけで合図を送る。

 『魔力なし』。『演技』。『合わせろ』。

 軍隊式のハンドサインではない。短い付き合いの中で培われた、彼らだけの暗号。

「俺は今、ただの荷物だ。守ってくれ」

 ハロルドは一瞬で理解し、口角を吊り上げた。

「……了解。まったく、世話が焼ける王様だ」

「仕方ない。全賭けだよ、ハロルド!」

 メリッサもまた、覚悟を決める。

 二人は、ラインツファルトを「守るべき弱者」として陣形を組み直した。だが、その瞳には勝利への確信が宿っている。

「愚かな。魔力なき主を守りながら、私の最高傑作と戦うか?」

 アリオストが嘲笑う。予言盤には、ハロルドとメリッサの死相が明確に表示されていた。

 数分後には魔力切れで圧殺される未来。

「ラ・ピュセル。遊んでやる必要はない。殲滅しろ」

「イエス、マイ・ロード」

 ラ・ピュセルの出力が上がる。大気が振動し、玉座の間全体が焼き尽くされるほどのエネルギーが充填される。

「来るよ!」

 ハロルドが前に出る。その時、瓦礫の陰から、もう一人の影が飛び出した。

「待たせたっす!」

 ヴェイスだ。

 彼は戦場を駆け抜け、ラ・ピュセルの死角――アリオストの座る玉座の足元へ、何かを放り投げた。  閃光手榴弾フラッシュバン

 いや、それはただの目くらましではない。魔力撹乱の煙幕。

「小賢しい!」

 アリオストが袖で煙を払う。その一瞬の隙。ラ・ピュセルの照準が、ほんの少しだけズレた。

「今だッ!」

 ラインツファルトが叫ぶ。

 ハロルド、メリッサ、ヴェイス。三人が同時に動き出す。彼を守る盾としてではなく、その「牙」が届く距離まで道をこじ開けるための、特攻の槍として。

 道化たちの行進が始まった。

 最強の予言者が、唯一読み違えている「最弱の王」をその喉元へ届けるために。

「見せてやるよ、アリオスト。予言シナリオにない結末ってやつを!」

 ラインツファルトが地を蹴る。魔力のない体で。けれど、誰よりも速く。

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