表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミセリコルディアと罪の星  作者: 芦多羽 雲璃矢
デンドロビウム編
41/41

第40話「静けさ」

 最後の二人を治療し終えて、アグライアとヴェイスは別室で腰を落ち着けていた。


「先ほどは助かりました」


 アグライアが小さく頭を下げる。


「ですが、これほどのペースで魔力病が増えるとは……。何か対策を考えなくてはいけませんね。魔力の泉が近い創生区画も慌ただしくなっていると聞きます」


 彼女は立ち上がり、曇った窓の向こうに目をやった。人の気配はなく、風の音だけが遠くで鳴っていた。その静けさが、かえって不気味だった。


「ここから逃げることはできないんすか?」


「当局から避難命令が出ない限り、勝手な移動は禁じられています」


 アグライアの声が沈む。


「もう使いを送りましたが……おそらく、許可は下りないでしょうね」


 デンドロビウムの統制は厳格だ。中央の許可なく動けば、それだけで罪に問われる。


 それでも、アグライアの胸には葛藤があった。この修道院は地脈の真上にあり、創生区画の“魔力の泉”に近い。


 ゆえに侵食の影響も強い。日を追うごとに、空気そのものが歪んでいくのが分かる。


 そんな中で、アグライアは不意に言葉を落とした。


「……ヴェイスさん。あなたは、私たちの味方でいてくれますか?」


 アグライアの瞳は真っ直ぐで、その光が、脳裏に焼きついて離れない。


 あのときの姉も、こんな目をしていた。


 血に染まった顔で、それでも弟を逃がそうとしたあの日。


 アグライアの真剣な目が、あの日の姉の目と重なる。


『早く、逃げて……!』


 口から血を流し、それでも弟を逃がそうとした姉の顔がちらついている。


 あの時、自分は姉を見捨てて逃げた。


 アグライアもまた、自分に見捨てられるのではないかと恐れている。


 だが、今の自分は何が言える?


「……俺は」


 ヴェイスは視線を伏せる。


「保証は、できないっす。ただ……」


「ただ?」


 アグライアの声が柔らかく促す。


「……誰も、見捨てたくないとは思ってるっす」


 その一言に、アグライアは小さく微笑んだ。


「よかった。また面白いお話を聞かせてくださいね。あなたの話を聞いていると、不思議と元気が出るんです」


 と、ゆっくりとドアが開けられた。何事かとヴェイスは身構えたが、アナが紅茶を持ってきただけだった。彼はほっとため息をつく。


「失礼します……」


「ありがとう。子供たちの様子は?」


「はい、今はぐっすりと眠っています」


「そう……よかった。これ以上は、身体が持たないでしょうから」


 そう言ってアグライアは笑う。


 だが、アナは少しためらってから小声で囁く。


「……陛下が、です」


 その一言で、アグライアの表情が凍りついた。


「どうしたんすか?」


「今回の件で、皇帝陛下がお呼びとのことです。以前にはなかったことです。……何か、思うところがおありなのかもしれません」


「そうっすか……。あまり無理はしないでくださいっす」


「ええありがとう、ヴェイスさん」


 紅茶の湯気が静かに立ちのぼる。


 ヴェイスは礼をして去って行く後ろ姿を見送った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ