第3話「氷晶のハルトマン」
彼女は大きな白馬に乗っていた。軍服を着た長い金髪の女だ。一見男にも見える凛々しい顔立ちで、なによりそれらの印象を陰らせるほど目力が強い。
その美貌に焦がれる者も少なかったが、ほとんどは接するうちにきつい性格のせいで離れていってしまう。それでも当人はそのことをなんとも思っていなかった。
エリザは彼女を見て顔をひきつらせた。
「どうした、エリザ」
「ハルトマン大尉……」
「この方が?」
「え、ええ。この国に八人しかいない国家魔術師の一人、氷晶のハルトマン。氷の魔術で容赦なくアンデッドを始末することで有名です」
ハルトマンはラインツファルトに剣を突きつける。
「名を名乗れ」
「個人的に魔術を研究しているラインツファルトという者です。魔術に覚えがあるのでこの場のアンデッドたちは私が鎮圧しました。彼らを元に戻れるようにしてやってください」
ハルトマンは、「やはりか……」と小さくつぶやいて彼に背を向けた。
「どこに行かれるのですか?」
「西だ」
「こ、国家魔術師どの。いくらなんでもいろいろ都合がありますから……」
ハルトマンの後ろで憔悴したように老兵士が口を挟む。
「貴様は王族の生き残りを野放しにするのか?」
「王族の、生き残り……? ま、まさか!」
衛兵たちはにわかに動揺した。
「そうだ。そのまさかだ。この者はかの高名なラインツファルト・ノイシュタットだ。その名を聞いて、西へ送り込むのを咎める者はよもやあるまいな。邪悪な魔術なら、人の時も止めることが可能というわけだ」
ハルトマンのその言葉で、一堂はしんと静まり返ってしまった。ハルトマンという女を疎ましく思いながらも、その実力ゆえに逆らえずにいる。ラインツファルトにも、これなら西へ厄介払いされるのも合点がいった。
ラインツファルトとエリザは彼女に連れられて留置所へ向かった。事はエリザの目論見通りに進んでいた。
『わが君が公共の場で魔術を思いっきりぶっ放されれば必ず大尉はやってきます』
『それはなんというか、こう、ずいぶんと荒療治だな』
そう評された彼女が胸を張ったのを、ラインツファルトはうさん臭そうに思ったが、評価を見直さなくてはならないかもしれない。
彼らは、ぞろぞろと国民衛兵の群れを従えて歩いていた。まるで罪人を連れる列のようで、はたから見るとかなり物々しい光景だったに違いない。
ハルトマンは、少し後ろを歩くラインツファルトに言った。
「ひとついっておく。アンデッドは絶対によみがえることはない。やつらに出会ったときは心得ろ。情け容赦をかけるべきではないとな」
「お言葉ですがそれは間違っています。アンデッドもやりようによっては復活します。私も実際そのような事例を何度か目にしたことがあります」
思わず言い返したラインツファルトの後ろで、エリザは恐ろしくて声もあげずに悶えていた。
ハルトマンは後ろを振り向いて小さく言った。
「その考えは自分を追い詰めるだけだぞ」
ラインツファルトはあえて何も言い返さなかった。
後ろから馬車がガタゴトとやってきた。何事かと振り返ってみると、荷台にアンデッドの山を乗せた馬車だった。そのてっぺんにはあの王国兵のアンデッドの死体が横たわっていた。
「あのアンデッドはなぜ王国の軍服を着ているのでしょうか? 今は王国の崩壊から八十年も経っているはずです」
「帝国のアンデッドの兵隊だ。やつらはアンデッドをコントロールすることに成功した。神聖グラジオラス帝国には王国崩壊後にそれなりの数の人間が流れ込んだ。恐らくそのときの兵士だろう。帝国はその一部を共和国に送り込んで潜伏させて監視に使っているらしい」
「監視? 何のために」
ラインツファルトがきょとんとして疑問を発すると、ハルトマンは初めて笑った。
「貴様の、ラインツファルト・ノイシュタットの復活を監視するためだ。だから貴様はこの国にはいられない。いさせるわけにはいかない」
「と、なると、私が『そのラインツファルト』だということは否定しようがないというわけですね」
「ああ、忘れていた。貴様に名乗らせておいたのだ。軍人として私も名乗っておこうか。私はティアレット・ハルトマン大尉。帝国から逃げ延びてきた女だ」
「逃げてきた?」
「ああ。私の生まれは帝国なんだ。私の人生はアリオストのせいでめちゃくちゃだ。だから同じように奴を憎んでいるラインツファルトと出会えて嬉しいよ」
そこには有無を言わせぬ響きがあった。
「当然私が王国を守れなかったことも、王を守れなかったこともご存じですね」
「レティシア女王、か。彼女ももうこの世にはいない」
「そ、そんな」
そう言ってうつむいたのはエリザだった。ラインツファルトに生きていると言った手前でそう暴露されては立つ瀬がなかった。
「いいんだ、エリザ。君がいてくれただけで嬉しいよ」
レティシア女王と会えるどころか、この国には自分の知るレナトゥス王国の面影さえほとんど感じられなかった。そんな状況でその生存を信じられるほど彼も無邪気ではなかった。