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第3話「氷晶のハルトマン」

「騒がしいから来てみれば、なんだこれは」


 女は大きな白馬に乗ってあたりを見回す。そこには、何十体ものアンデッドが地面に倒れ伏している異様な光景が広がっていた。


 エリザは女を見て顔をひきつらせた。


「どうした、エリザ」


 ラインツファルトが問う。


「この方は西へ行く特務部隊の隊長で、俗に『氷晶のハルトマン』と呼ばれる冷徹な魔術師です」


 エリザがいかにも警戒した様子でハルトマンを見る。


 当の本人はエリザに気をはらう様子はなかった。


「このところアンデッドが多いな。まあそれはいい。貴様、名を名乗れ」


 そう言ってハルトマンはラインツファルトに剣を突きつける。


「ラインツファルト。魔術に覚えが...」


「黙れ」


「……」


 ハルトマンはラインツファルトの言葉を遮り、彼の横を通り過ぎる。


 彼女の視線は、ラインツファルトではなく、彼が倒したアンデッドの「山」に向けられていた。


「……王家の秘術か」


「エリザ……彼女から聞きましたが、帝国に行かれるのですか?」


「ついて来い」


「は?」とラインツファルト。


「私は、帝国へ行く。貴様のことは気に入った、連れて行ってやると言ったのだ」


「こ、国家魔術師どの。いくらなんでもそれは……」


 国民衛兵の禿げた男も困惑気味だった。


 ハルトマンは、馬の上から衛兵を見下ろした。


「貴様、私の決定に異を唱えるのか?」


「ひっ……」


「こいつは王家の亡霊だ。厄介払いする。それだけだ。貴様の都合など知ったことか」


 ハルトマンのその言葉に、一堂はしんと静まり返った。


「心配するな。一度留置所に入れてから改めて処遇を考える」


 そう言ってハルトマンは剣を静かに収めた。




 彼らは、ぞろぞろと国民衛兵の群れを従えていた。まるで罪人を連れる列のようで、はたから見るとかなり物々しい光景だった。


 ハルトマンは、少し後ろを歩くラインツファルトに言った。


「ひとついっておく。アンデッドは絶対によみがえることはない。やつらに出会ったときは心得ろ。情け容赦をかけるべきではないとな」


「お言葉ですがそれは間違っています。アンデッドもやりようによっては復活します。私も実際そのような事例を何度か目にしたことがあります」


 思わず言い返したラインツファルトの後ろで、エリザは恐ろしくて声もあげずに悶えていた。


 ハルトマンは振り向かずに小さく言った。


「その考えは自分を追い詰めるだけだぞ」


 ラインツファルトはあえて何も言い返さなかった。


 後ろから馬車がガタゴトとやってきた。何事かと振り返ってみると、荷台にアンデッドの山を乗せた馬車だった。そのてっぺんにはあの王国兵のアンデッドの死体が横たわっていた。


 アンデッド化の例が増え始めたのはおよそ百年前から。地脈からの魔力供給が減り始めたのと同時期のこと。兵士は地脈の近くで体を動かさなければならない。そのせいで兵士のアンデッドが多くなる。


 だがそれで疑問のすべてが解消されるわけではない。


「あのアンデッドはなぜ王国の軍服を着ていたのでしょうか? 今は王国の崩壊から八十年も経っているはずです」


「帝国のアンデッドの兵隊だ。やつらはアンデッドをコントロールすることに成功した。神聖グラジオラス帝国には王国崩壊後にそれなりの数の人間が流れ込んだ。やつらは恐らく、そのときの兵士だろう。帝国はその一部を共和国に送り込んで潜伏させて監視に使っているらしい」


「監視? 何のために」


 ラインツファルトがきょとんとして疑問を発すると、ハルトマンは初めて笑った。


「貴様の、ラインツファルト・ノイシュタットの復活を監視するためだ。お前は、初めからアリオストに目をつけられている。だから貴様はこの国にはいられない。いさせるわけにはいかない」


「と、なると、私が『そのラインツファルト』であることを、もはや否定しようがないというわけですね」


「ああ、忘れていた。貴様に名乗らせておいたのだ。軍人として私も名乗っておこうか。私はティアレット・ハルトマン大尉。帝国から逃げ延びてきた女だ」


「逃げてきた?」


「ああ。私の生まれは帝国なんだ。私の人生はアリオストのせいでめちゃくちゃだ。だから同じように奴を憎んでいるラインツファルトと出会えて嬉しいよ」


 そこには有無を言わせぬ響きがあった。


「当然私が王国を守れなかったことも、王を守れなかったこともご存じですね」


「レティシア女王、か。彼女ももうこの世にはいない」


「そ、そんな……!」


 そう言ってうつむいたのはエリザだった。ラインツファルトは、自分のせいで打ちのめされているエリザの肩に、そっと手を置いた。


「いいんだ、エリザ」


 彼の声は、ひどく静かだった。


「……お前が俺を生かしてくれた。それだけで十分だ」


 彼はもう、燃え盛る王都ではなく、目の前の少女を見ていた。

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