第37話「デンドロビウム潜入」
ラテン語の辞書をパラパラとめくってアグライアという名前を見つけたはいいものの、あろうことかスターレイルにそういうキャラクターがいるんですね。世界は狭いな~。
ヴェイスは修道院の講堂、その長椅子の影に身を隠しながら、静かにその様子を窺っていた。
ラインツファルトやハロルドたちに先行して、彼はすでにデンドロビウムへ潜入している。魔力を抑えて歩いたせいか、街では怪しまれることなく混ざることができた。
帝国の街には人が少ない。まずは情報を集め、滞在できる拠点を探さねばならない。
「何してるの?」
突然の声にヴェイスはハッと振り返った。視線の向こうでは、ひとりの少年が彼をじっと見つめていた。
「いやあ……見つかっちゃったっす……!」
にわかに笑ってごまかす。
少年は無邪気に指先で空中に魔法陣をちらつかせた。
「何をしたんすか?」
「えっと、認識阻害の魔術。アグライア様に見つからないように。見つかるとまずいから」
「最近の魔術は進んでるっすね……。そうだ、この辺で宿をとれる場所ってないっすか?」
「宿? ホームレスなの?」
「いや、そうじゃなくて……。ちょっと遠くから来たんす」
少年は冷めた口調で首を振った。
「しょうがないなあ。ちょっと待ってて。もうすぐアグライア様の話が終わるから」
外套を揺らしながら、アグライアの説教が終わると、修道院から子供たちがひとり、またひとりと帰されていく。二人はじっと陰に隠れた。
ところがその修道女は、一直線に柱の陰の二人の方へやってきた。
「えぇ……?」
ヴェイスが困惑していると、アグライアはばあっ、と姿を現した。
少年は説教された後、すぐにどこかへ去っていった。後にはアグライアとヴェイスが残された。
「あのー、宿を探してるだけなんすけど……」
ヴェイスはおずおずと言った。
アグライアは思いついたように両手を合わせた。
「なら、修道院で泊っていってください。人一人泊めることくらい、支障ありませんから」
「そんな。悪いっすよ。私は外で泊っていくっす」
するとアグライアは、おだやかな目でじいっとヴェイスを見つめた。彼女に見られていると、ヴェイスの方はどうも居心地が悪かった。
「留まりますよね?」
「え、ええ……」
アグライアは脅迫するようにすごんで言う。
「泊っていかれないのなら、アリオスト様に通報しますよ」
「え? どうしてっすか? ちょっと道に迷ってしまってここにたどり着いただけっすから、通報するも何も……」
その言葉は嘘ではなかった。魔の森を迷っていたら、いつの間にかデンドロビウムの地下深くに出ていたのだ。おかげでラインツファルトやハロルドたちよりも早く着くことができたが、デンドロビウムの状況はほとんど観察できなかった。
だがそれでは困る。情報をつかまなければならない。帝国が魔力の泉に人を投じ、闇の資源として操っているという噂。世界各地でアンデッドが現れ、魔力を浪費する政策が、帝国の深部で進められているというその黒き計画を。
アグライアは、静かに、しかし確かに微笑んだ。
「なぜって、あなたが帝国の外から来たからじゃありませんか」
ヴェイスは危うく変な声を出すところだった。なぜそれを……。魔術か予言ギフトか。いずれにせよ、あまりに鋭い。
彼女は続ける。
「別にあなたを取って食べるわけではありません。ただ、子供たちに面白いお話を聞かせてあげてほしいのです」
「面白い話?」
予想外の発言に、ヴェイスはきょとんとした。
「ええ。子供たちは親を知らずに、修道院と小さな町の中だけで暮らしています。私の話だけでは子供たちを満足させられないのです。どうかよろしくお願いします」
ヴェイスは一瞬戸惑ったが、ゆっくりと頷いた。
「うーん。しょうがないっすね」




