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ミセリコルディアと罪の星  作者: 芦多羽 雲璃矢
デンドロビウム編
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第36話「闇の都市デンドロビウム」

「そ、そんなことできるわけが……」


 メリッサは言葉を失った。まだ出会ってからそこまで深い付き合いがあるわけではない。とはいえ、旅路を共にする中で、友情のようなものも芽生えていた。そうやすやすと裏切れるわけがない。


「それで、どうしてラインツファルトを殺すとアリオストを出し抜けるんですか?」


「ちょ、ちょっと!」


「ええ。……アリオストはラインツファルトのことを非常に敵視しています。私の予言によれば、彼らに関するほとんどの未来は一対一の戦いに収束しています。そしてそうなった場合の結末はすべて、ラインツファルトの敗北に終わっています。敗北しない未来を創り出すには、存在しない軸を設ける必要がある──つまり、彼を消すことも選択肢となるのです」


 メリッサが激しく息を吸い込んだ。


「ラインツファルトを殺す? そんなこと、できるわけが……」


 Kは淡々と言葉をつづけた。


「最後に選択するのは、あなた方自身です。とはいえ、数多の未来が彼の死を示している以上、彼に付くのはリスクが高いのは間違いない。最良の選択を、私は心から願います……私はもはやここまでですので」


「え? ちょ、ちょっと!」


 何食わぬ顔で去ろうとする背中を、メリッサは慌てて引き留めようとする。だが、Kは特に気にするそぶりもなく答えた。


「未来を変えるのは難しい。あなた方に今できる最善のことは、出来るだけ早く帝国に向かうことです。この細い道を、まっすぐ進んでいけば、じきに帝国にたどり着くでしょう。それと、もしシュテュンプケ女史に会われたら、よろしくお伝えください。私の旧知の仲ですので……」


 そう言い残して、Kは闇へと溶け込んだ。


「……仕方ない。先へ進もう。魔の森の中は時間の進みが外界とは違うって聞くし、その意味でも早く行った方がいい」


「もう!」


 メリッサは小走りでハロルドの後ろ姿を追った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ラインツファルトとシュテュンプケの二人は濃密な闇の森を踏みしめていた。いよいよ何も見えなくなりつつあったので、二人は各々炎を灯した。


 森を抜けると、あたりは一切の光源の無い岩場に出た。崖の縁に立った二人は、ようやくその全貌を目にした。


「あれが都市の女王、デンドロビウムだ」


 そこには、ぼんやりと光を天に投げかける巨大な穴があった。崖下には、そこに向かって一筋の光る道が走っている。それが魔力が可視化された地脈で、うねうねと曲がりくねりながら大穴への道を指し示していた。


「見張りのようなものはいない」


 ラインツファルトは慎重に言った。


「部外者がここまでたどり着くなんてことは、めったにないのさ。だが気をつけろ、デンドロビウムは闇の都市。幻惑のギフトと結びついてる。魔の森以上に気を付けた方がいい」


「アリオストが絡んでいる以上、元よりそのつもりだ。隊長が無事だといいのだが……」


 ラインツファルトはひそやかに呟いた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ーー薄明の中に漂うのは、香の煙と、子供たちの息づかい。


 シスター長はゆっくりと立ち上がり、硬質な音を立てて杖の先を石床に落とした。


「外の世界は、まだ醜いものに満ちています。欲望、争い、疑念……。神々がそれを見限るのも、無理はないでしょうね」


 淡々とした声だった。だがその響きには、柔らかさではなく確固たる信念があった。


 子供たちは憧憬のまなざしで、静かに頷く。


「ですが」


 シスター長は一歩、壇上の奥へ進み、壁の大きな絵画に手を添えた。それは、黄金の光に包まれた理想郷だ。痛みも老いもない完璧な世界。


「アリオスト様の導きに従えば、私たち帝国はこの絵画の中に描かれた理想へたどり着けるのです。血も涙も、贄も……そのために必要な過程にすぎません」


 一瞬、壁の向こうから機械のような低い唸りが響いた。


 デンドロビウムの地下奥深く、人が決して近づけぬ「創生区画」。そこでは、選ばれし者たちが神々に近づくための実験をされているという。


「アグライア様……あの音は?」


 幼い声が小さく尋ねた。


 アグライアは振り返らず、ただほほ笑んだ。穏やかに、だがその目はどこか遠くを見据えているように見えた。


「祈りの声ですよ。……新しい時代が、産声を上げているのです」


 子供たちは再び頭を垂れた。


 そのとき、アグライアはふと修道院の窓の外を見た。子供のうちの一人がこっそりとその視線を追ったが、そこには何もなかった。


「神の子……」


 アグライアはいやらしく口の端を持ち上げた。

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