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第35話「K」

 不気味な雰囲気をたたえる男だが、敵意があるようには見えなかった。薄暗い広間の石壁に、男の影だけが長く伸びている。


「遺跡に入るときにいた自動機械と同じかもしれない。ここは予言者の遺跡だから、過去からのメッセージなのかも」


「ハロルドがそう言うなら……」


 メリッサはしぶしぶ剣を下ろした。




 遺跡の中は自動機械が時おり通過していて、それが内部の環境を比較的きれいに保っていた。広間から先の通路は遺跡の中心部に近いのか、壊れて地面に横たわる機械もぽつぽつと現れ始めた。


「どこまで行くんだろう」


「外に続く道だといいんだけどね」


 すると二人の会話に反応するかのように、ローブの男が話し始めた。


「気づいているかもしれませんが、私はこの時代の人間ではありません。話せることは多くありませんが、気になることがあれば、こたえられる範囲でこたえましょう」


「話が通じてるの?」


「さあ。……あなたは一体誰なんですか?」


 男は、少し間を開けてから答えた。


「私はこの遺跡を作ったシュテュンプケと同じ、古代グラジオラス帝国の筆頭魔術師の一人です。名前は……、プライバシー保護のためにKとでもしておきましょう」


「はあ。それでKさんは、帝国への道はご存じですか? 古代の方ではなくて、今ある方なんですが」


「ええ、知っていますよ。今ご案内しているところです。もっとも、かなり過酷な道にはなります。質の悪い亡霊がうようよといますからね」


 通路を照らす月長石の数は徐々に減っていき、三人は道を照らすために途中の部屋でランタンを調達した。


「Kさんは、ミセリコルディアってご存じですか?」


「と、言いますと……」


「ここは予言者の遺跡とお見受けしたので、もしかしたらご存じかと思ったんです。帝国にいるアリオストと戦うために必要なんです」


 横から、メリッサが疑うように言う。


「全然姿を現さない魔剣のことでしょ? 本当にそんなものがあるの?」


「ありますよ」Kは断言した。「もっとも、あなた方が思われてるような形ではありません。それは帝国であれば皇帝の血脈にしか受け継がれていない特定の因子と共鳴し、姿を現します。この時代にはその子孫に受け継がれている。ただ、いつどのタイミングで現れるかは不規則です」


「そんな曖昧なものに頼っていいの?」


 メリッサは眉根を寄せる。


「ミセリコルディアの出現は、完全に不規則なわけではありません。過去の文献から、その出現は特定の五か所を順繰りに周っています。そして、次に現れるはずの場所が、帝国の地下都市デンドロビウム……、かつて魔獣が生息していたと言われる大穴です。とはいえ、おっしゃる通り出現しない可能性があるのも事実です。ただ、それがなければ、神代の魔術を継承する帝国の魔術師に対抗するのは難しいかもしれませんね。何分、現代の魔術体系は科学技術に圧倒されるほど貧弱なものですから」


「帝国に侵入するのが目的なら、隠密に潜入してもいいんじゃないですか?」


「それも難しいでしょう。なんといってもデンドロビウムの人々はアリオストの魔術の影響を受けていますから、部外者との見分けは容易につきます」


「じゃ、じゃあどうすれば……」


 だがKはおもむろに立ち止まり、その大きな四肢で後に続いていたハロルドとメリッサを足止めした。その前には古ぼけた扉があった。


 それを開くと、その先にも、またその先にも扉があった。


 二人が不審に思って顔を見合わせていると、緩慢な動作でKは言った。


「この先は亡霊の棲み処です……。私は実体がなく戦えませんので、お気をつけてお通りください」


「え? ちょっと、」


 ハロルドが突っ込む間もなく、最後の扉が開かれていた。その先は狭く薄暗い。ランタンで照らされていても、何があるかはよくわからない。ほこりがひどく舞っているようだ。


「何か、気配がする。ニーシュ村の蔵みたいな雰囲気だ。ここは僕が先に進むから、メリッサは後ろの方を警戒して」


「う、うん……」


 メリッサは剣を抜いて魔力を灯した。その明かりは、ランタンよりもはるかに明るい。


「最初からそうすればよかったね」


「あっ、あれっ!」


 メリッサが指さした先には、剣を持った影があった。生気を失った、亡霊のような魔剣士だ。


「せいッ」


 ハロルドはKの先へ行き、一閃でその亡霊を断ち切る。その影は霧のように崩れて消えた。


 しかしその先にも、まだ大量の亡霊がうごめいていた。


「ここは左右に分かれよう。僕は右に行くから、メリッサは左に。あまり離れないように!」


 二人の奮戦で、周囲の亡霊の姿はすぐに減っていった。


「お見事です。ここから先は、警戒しながら進んでいきましょう。さて、先ほどのアリオストを出し抜く方法についてお教えしましょう」


「そんなものが本当にあるなら、ぜひ教えてほしいです」とハロルド。


 Kはゆっくりと唇を動かした。声は静かだが、その一語は冷えた刃のように二人の胸中へ刺さった。


「ラインツファルトを殺してください。そうすれば、アリオストを打ち倒すことができます」

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