第34話「古代遺跡の亡霊」
◇◇◇◇◇
遺跡の通路はひどく手狭で、周囲の炎によってすぐに温度が上がっていく。ハロルドの額に脂汗が浮かぶ。
通路を走って進むと、行き止まりにぶつかった。魔力をぶつけても、まるで壊れる様子がない。急いできた道を戻るが、やはり出口はなかった。
「まじか……。これも遺跡の防衛システムってことかな」
ハロルドは激しい炎に圧迫されないように、激しい風を起こす。煙が充満するまであまり時間は長くないだろうが、それでも早々に焼け死ぬよりはまだましだ。
壁はただ岩をくりぬいただけの粗雑なつくりで、人が通ることはあまり想定されていないように見える。おそらく、侵入者をとらえるための空間なのだろう。
だが、ハロルドがあたりを見回しても、侵入者の痕跡らしきものは見当たらない。どこかに出入りできるような穴があるはずだ。
ハロルドが炎を風でよけつつ高温になった壁や地面を剣で叩いて調べていると、遠くから何かが近づいてくる気配を感じた。
「……来る」
気配が全速力で近づいてくるにつれて、あたりの炎の勢いが収まっていく。
やがて地面の岩の一つを突き上げて、メリッサの頭がもたげた。
「やっぱり」
ハロルドは安堵のため息を漏らした。
「待った?」
「少しね。汗がびっしょりだよ。よっぽどいいお宝を持って帰らないとね」
メリッサの伸ばした手をつかんで、ハロルドは穴の中の薄暗い通路へ入り込む。その握った手をつかむと、彼は顔をしかめた。
「なんか手がべたべたするんだけど」
「あー、さっきまで持ってきた揚げパン食べてたから」
そう言ってメリッサは明るく笑う。ハロルドの顔はぴくぴくとひきつっていた。
「きったな……」
迷路のような遺跡を歩き続けていると、二人は広間にたどり着いた。柱の並ぶ風化した部屋で、窓一つない重苦しい空間だ。かなり埃が舞っている。
「ここにも壁画がいろいろあるね」
ハロルドは興味津々で辺りを見回す。外気と接していないせいか描かれた壁画の風化は抑えられており、色鮮やかな姿のまま残っている。
「あんまりべたべた触っちゃダメだからね。どうせしばらく研究出来ないんだから」
「これ全部書き写すの大変そうだなあ」
「話聞いてないし」
メリッサはじとっとした目でハロルドを見つめる。
「侵入者とは珍しいことだ……」
部屋の暗がりからの唐突な声に、二人は反射的に飛びのいた。気を抜いていたわけではないが、全く気配を察知できなかった。
「おやおや、これは驚かせてしまいましたね。あなた方に危害を加えるつもりはありませんので、ご心配なく」
現れたのは、中肉中背のローブをまとった男だった。ややしわがれた声から、初老の男だということがわかる。
「あなたは誰なの?」
メリッサは剣を相手に向けて警戒する。
しかし、男はいまひとつかみ合わない発言を続ける。
「この遺跡は、一万年の長きにわたって幾度となく危機に見舞われてきました……。そして、今回が最後の危機となる……」
「ちょっと聞いてるの!?」
その人物は応えない。ただ決まりきった言葉を吐いているだけのように見える。
「ついてきてください、先へ進みましょう。……もうすぐ追手が来ます。お連れ様は先に行きましたよ……」




