第33話「今は昔」
固く閉ざされた屋敷の塀に囲まれ、日々を過ごしてきたメリッサは、自らの未来に多くの選択肢がないことを理解していた。
名家の魔術師と婚姻を結ぶか、国家魔術師として義務に縛られて生きるか、あるいは魔術を封じてひっそりと身を隠すか。――その三つの道しか与えられていない、と。
ハロルドが現れたことは、彼女にとって人生に一度あるかないかの貴重な転機だった。
ーーでも、あの人は何が目的なの? 私を見込んでくれていることはわかる。けれど、その先どうなるかはわからない。ハロルドについていくのはリスキーだ。
そう頭では理解していた。
けれど――彼の強さと、燃えるような真剣さを前にすると、運命を委ねてみてもいいのではないかと、心の奥で思ってしまうのだ。
メリッサは、無意識のうちに群衆の中から一歩外へ出た。この戦いでは、彼女こそ当事者なのだ。
ハロルドはそれを知ってか知らずか、エリックに呼びかける。
「もう一度伺いますが、僕が勝ったらメリッサさんを僕のゼミナールに編入させてもらえますか?」
「私に勝てたら、な」
エリックは低く唸り、燃える剣を構える。
ハロルドも双剣を正眼に据え、地を蹴った。
二人の剣が交わる直前、メリッサは両者の間に飛び込み、剣を差し入れてその激突を阻んだ。
「なっ……」
エリックが目を見開く。
「戦いを邪魔する気か!」
「……もうやめて」
メリッサの声は震えていた。しかし、その瞳は決して揺らがず、二人を真っ直ぐに射抜いている。
エリックが怒気を含んで叫ぶ。
「愚か者、これはお前の未来を決める戦いなのだぞ!」
「だからだよ!」
メリッサは振り絞るように声を上げた。
「私の未来を、私抜きで決めないで!」
その一言に、ハロルドは一瞬目を見開き、やがて苦笑した。
「……なるほど。僕は、あなたを守ることばかり考えていたのかもしれませんね」
エリックは忌々しげに唸る。
「格の高い家柄の人間が、自分だけで将来を決めるなど笑止千万。その未熟さで、よく口が挟めたものだな」
「戦い足りないなら、私が相手になる」
「馬鹿な真似を……!」
自分では意地になっているつもりはなかったが、負けをフォローされたように思えて腹が立った。
エリックは力を振り絞って青く燃えあがる剣を振るう
メリッサは父の荒い剣を、タイミングを合わせてよける。ひどい出血で体力が削られてる上に感情的になっているから、よけるのはさほど難しくない。 メリッサは寸前で身を捻り、炎をかわす。
そして――父の大振りの隙を突き、踏み込み、剣をすくい上げるように打ち払った。
甲高い金属音が夜空に響く。
青き炎の剣が空中に弧を描き、火を失って地に落ちた。
静まり返る庭園の中央で、剣を握る娘の姿。
それは、この場の誰もが想像すらしなかった光景だった。
「……これで、いうことを聞いてくれる?」
メリッサは少しだけ勝ち誇った笑みを浮かべながら、ひそかにやってしまったと思った。負けを認めさせるためとはいえ、カッコつけすぎたかなぁ……。
メリッサが何を考えているかなど知る由もなく、エリックは大きくため息をつく。これ以上抵抗しても魔剣士の名折れだと思ったし、それ以上に七大貴族の末裔であるハロルドの存在が心境の変化をもたらしていた。
「仕方がない。……ハロルド、お前は一体何が目的なんだ。最後に聞かせてくれないか」
「この国を、魔術師中心の国に変えることです」
「はは。実現可能だと思うのか?」
「万に一つくらいは」
ハロルドやメリッサも剣を収め周囲がざわざわし始める中、二人は近寄って言葉を交わす。
「なぜそこまでして……、何のためだ」
「……帝国にさらわれた人たちが戻ってきたときの居場所を作るため、です」
エリックは小さく笑った。それが実現不可能な話をのたまっていると思ったからなのか、あるいは帝国へ行って二度とは帰らなかった人たちのことを思い出したからか。
「後日また伺います」とだけ言って去ろうとするハロルドを引き留めるように、エリックは叫んだ。
「娘のことを、頼むぞ」
「……ええ」
彼は半分だけ振り返って、静かに微笑んだ。




