表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/42

第28話「ハロルドとエリック」

 ハロルドは静かに息を吐いた。冷え切った空気の中で、その吐息すらも凍りつくように感じられる。目の前には、アンドラス家の当主、エリックが立っていた。威圧感に満ちたその男は、長年の修練と権威を纏い、影一つない炎のような眼差しで若者を射抜く。


「……何か言いたいことでもあるのか、青年」


 低く響く声。その一言に、辺りの温度がさらに下がった気がした。しかし、ハロルドは怯まなかった。むしろ、その瞳には強い確信と決意の光が宿っている。


「少々。――エリック様、あなたは彼女を過小評価している」


「……なんだと?」


「メリッサさんには、あなたが思っている以上の才覚がある。それは、このまま閉じ込めて腐らせるべき力ではありません。適切な場所で、生かされるべきものだ」


 ハロルドの声は静かでありながら、切り裂くような鋭さを帯びていた。


「だから――彼女を、私の学院にお招きしたい」


 その言葉に、エリックの眉がわずかに動いた。学院。表向きは魔術教育の名門。だが、その裏にある真実など、彼には知る由もない。ハロルドが所属する〈特務部隊〉――国家の影で動く、最精鋭の魔術師たちで構成された諜報と討伐のための部隊。その存在は、限られた者しか知らない絶対機密だった。


「学院だと?」エリックは鼻で笑った。「……悪いが、この子を渡すつもりはない。まだ教育が必要そうなんでな。勧誘なら他所でやれ」


 拒絶の言葉は予想の範囲内だった。それでも、ハロルドは引かなかった。逆に一歩、踏み込む。その距離は剣呑なほどに近い。


「そういうわけにはいきません。彼女は……逃しがたい人材です。僕が責任を持って導きます」


 刹那、エリックの表情に陰りが差した。それは、父親としての怒りか、家名を守る当主の矜持か。次の瞬間、その男は静かにメリッサを背後に庇い、ハロルドを睨み据えた。


「ほう……口だけは達者だな、若造」


 彼の両の掌に、青白い炎が灯る。淡い輝きは一瞬にして強烈な光を放ち、周囲を昼のように照らした。燃え盛る炎からは、尋常ならざる熱が押し寄せてくる。魔力の圧、その質量に、普通の魔術師なら膝を折るだろう。


「――《蒼焔顕現》」


 エリックの声が響いた瞬間、炎は龍のような形を取り、咆哮を上げる。揺らぐ影の中で、ハロルドはただ一言、淡々と呟いた。


「……なるほど。完成度の高い魔術実体化ですね。――さすがは、アンドラス家現当主といったところでしょうか」


「当然だ。メリッサには、私の後を継ぐ者として恥ずかしくない力を示させねばならん」


 声は冷え切っていたが、その奥には激情が潜んでいるのをハロルドは感じ取った。だが、退くつもりはない。退けば自分の身分さえ失いかねないのだ。優秀な魔術師は国家が管理しなければならない。


「いいですね」ハロルドは唇の端を僅かに吊り上げた。「その覚悟、嫌いじゃない。でも――こちらも、退けない理由がありますので」


 静かな声の裏で、ハロルドは不敵にほほ笑んだ。青い炎に二人の影が揺れる。エリックの瞳が一瞬、細められた。


 ――この若者、ただの学院の生徒ではないな。だがそれならなんだ? 講師か? それにしたって、いかにも禍々しいじゃないか。


「……いいだろう。場所を変えよう。ここでは手狭だ。庭に出ろ。私も、負けるつもりはない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ