第24話「激戦」
レギーナの首元から噴き上がる鮮血は、まるでバケツを倒したように地面を染め、無残な円を描いた。彼女の首は音もなく転がり、安らかに眠るような表情で横たわっていた。
だが、アリオストはその首と胴を静かに持ち上げる。 手の中で、レギーナの肉体がゆっくりと――だが確実に再構築されていった。 足、腕、胴、そして最後に首と胴の断面が繋がり、まるで最初から死など存在しなかったかのように、彼女は目を開けた。
「バカな。術もなしに死人を……それも、この場で」
ラインツファルトが言葉を詰まらせた。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
よみがえったレギーナは、服についた塵をぱんぱんと払うと、あくまで礼儀正しく頭を下げた。
「アリオスト……。お前はいったい、どこまで……」
ラインツファルトの声は震えていた。怒りとも、恐怖ともつかぬ何かに突き動かされていた。
だがアリオストは答えなかった。ただ、無表情のまま、彼を見返す。
「あくまで答えないと? それなら――力ずくで聞き出すまでだ!」
怒声とともに地を蹴り、ラインツファルトはアリオストへ肉薄した。剣を高く振り上げ、全身全霊で切りつける。
「この剣を知っているか! お前が滅ぼした祖国、レナトゥス王の剣だ! エリザが命を懸けて守り抜いた剣だ!」
「……さて。その剣というのは、これのことか?」
アリオストが空間に手をかざすと、そこがぐにゃりと歪み、裂けた。その裂け目からぬるりと現れたのは、ラインツファルトが手にするのとまったく同じ意匠の剣――柄には三つの宝石が嵌め込まれた、王の剣だった。
「な……」
「驚くことはない。この剣の複製はすでにとっておいた。ちなみに、お前が持っている方がレプリカだ。後生丁寧にレプリカを守り続けていたというわけだ。とんだ笑い種だな」
アリオストの口元が、冷笑を湛える。
「ありえない。エリザが、この剣は一度も持ち出されていないと……」
「持ち出しは、しなかった。だが、忍び込むことはできた。レプリカを作り、ついでに“お前”を排除する手はずも整えていた」
「何を言っている……?」
ラインツファルトの頭のどこかで、考えたくない筋書きが組みあがっていく。
「おい、レティシア。いや、今はティアレット・ハルトマンと名乗っているのだったか。出てこい。ラインツファルトを殺せという命に背いたらしいじゃないか」
その言葉とともに、木陰の空間がゆらりと揺れる。隠れていたハルトマンが、顔を伏せながら姿を現した。
「隊長、あなたは……」
ラインツファルトの声は、まるで迷い子の叫びのようにこだました。
だが、“ハルトマン”は答えなかった。ただ、顔を伏せたまま微動だにせず、口を閉ざしていた。
「何とか言ってください」
だがやはり、返事はない。
そんな空白を嘲るように、アリオストが肩をすくめて笑う。
「フン、まあ良い。計画は動き始めた。もう時間がない。早く事をすすめるとしよう」
彼は手をかざして、宙を裂いた。そこは再び、森の風景が揺らいでいた。
「待て、アリオスト!」
ラインツファルトは怒号と共に踏み出し、剣を突き出す。だがその刃は、まるで吸い寄せられるようにアリオストの掌に受け止められる。
「貴様は八十年前から変わっていないな。俺はあの頃のようなひ弱な人間ではないぞ?」
握られた剣が、アリオストの手の中で軋みを上げる。そして次の瞬間、切っ先から柄にかけて、音もなく崩れ落ちていく。
ラインツファルトは咄嗟に飛び退いた。もはやまともに戦うことさえできないのか。その背に、ぞくりと悪寒が走る。
「俺は……お前の目論見が何であろうと、必ず止めてみせる」
アリオストは、冷ややかに目を細めた。
「いいだろう。お前にひとつ教えてやる。俺は、この星に流れるすべての魔力を消し去る。すべての魔力は、帝都デンドロビウムへと集約される。そしてそこに、かつて神々の住まった古の都――“グラジオラス”を再現する」
「……ッ!」
ラインツファルトは怒気を爆ぜさせ、地を蹴った。鋭く踏み込んだ剣撃を、アリオストは王の剣で受け止める。
その隙を突き、シュテュンプケが死角から詠唱する。
「《フランマ・イクシスト》!」
魔術が放たれた。渦巻く炎がアリオストの側面を襲い、爆ぜるように焼き尽くす。
だが――。
意趣返しとでもいうかのように、アリオストはシュテュンプケに同じ魔法を打った。
シュテュンプケは防壁を構築し、魔法が炸裂する。爆発のあまりのすさまじさにハルトマンやラインツファルトは顔を手で覆った。数秒と持たずに。防壁はシュテュンプケもろとも吹き飛ばされた。
「くっ……、バカ威力だな」
地面に転がった杖へと手を伸ばす。
「《ラプチャー・バインド》!」
高速で放たれた拘束魔法が、アリオストの体を縛り上げ――
「ちょこざいが……」
アリオストの声音が、低く、冷たく響いた。シュテュンプケの魔法は、まるで光が鏡に当たったかのように反転し、彼自身に殺到する。




