表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/42

第24話「激戦」

 レギーナの首が落ちた瞬間、世界は一拍遅れて反応した。


 首元から噴き上がる鮮血は、まるでバケツを倒したように地面を染め、無残な円を描いた。彼女の首は音もなく転がり、安らかに眠るような表情で横たわっていた。


 だが、アリオストはその首と胴を静かに持ち上げる。 手の中で、レギーナの肉体がゆっくりと――だが確実に再構築されていった。 足、腕、胴、そして最後に首と胴の断面が繋がり、まるで最初から死など存在しなかったかのように、彼女は目を開けた。


「……バカな。術もなしに死人を……? それもこの場で……?」


 ラインツファルトが言葉を詰まらせた。


「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」


 よみがえったレギーナは、服についた塵をぱんぱんと払うと、あくまで礼儀正しく頭を下げた。


「何をした、アリオスト……。お前はいったい、どこまで踏み込んだ」


 ラインツファルトの声は震えていた。怒りとも、恐怖ともつかぬ何かに突き動かされていた。


 だがアリオストは答えなかった。ただ、無表情のまま、彼を見返す。


「ならば――力ずくで聞き出すまでだ!」


 怒声とともに地を蹴り、ラインツファルトはアリオストへ肉薄した。剣を高く振り上げ、全身全霊で切りつける。


「この剣を知っているか! お前が滅ぼした祖国、レナトゥス王の剣だ! エリザが命を懸けて守り抜いた、その剣だ!」


「……さて。その剣というのは、これのことか?」


「……?」


 ラインツファルトは本能的に危険を察知して、後ろに下がった。


 アリオストが空間に手をかざすと、そこがぐにゃりと歪み、裂けた。その裂け目からぬるりと現れたのは、ラインツファルトが手にするのとまったく同じ意匠の剣――柄には三つの宝石が嵌め込まれた、王の剣だった。


「な……」


「驚くことはない。この剣の複製はすでにとっておいた。ちなみに、お前が持っている方がレプリカだ。後生丁寧にレプリカを守り続けていたというわけだ。とんだ笑い種だな」


 アリオストの口元が、冷笑を湛える。


「ありえない。エリザが、この剣は一度も持ち出されていないと……」


「持ち出しは、しなかった。だが、忍び込むことはできた。レプリカを作り、ついでに“お前”を排除する手はずも整えていた。だが、死んだのはエリザだけだったようだな」


「何を言っている……?」


 ラインツファルトの頭のどこかで、考えたくない筋書きが組みあがっていく。


「おい、レティシア。いや、今はティアレット・ハルトマンと名乗っているのだったか。出てこい。ラインツファルトを殺せという命に背いたらしいじゃないか」


 その言葉とともに、木陰の空間がゆらりと揺れる。隠れていたハルトマンが、顔を伏せながら姿を現した。


「隊長、あなたはいったい……」


 ラインツファルトの声は、まるで迷い子の叫びのようにこだました。


「その点について、私に言うべきことがあるだろう。レナトゥスの旧き王よ」


 だが、“ハルトマン”は答えなかった。ただ、顔を伏せたまま微動だにせず、口を閉ざしていた。


「隊長、何とか言ってください……」


 その名を呼んだ瞬間、彼女の肩がかすかに震えた。だがやはり、返事はない。


 そんな空白を嘲るように、アリオストが肩をすくめて笑う。


「フン、まあ良い。計画は動き始めた。もう時間がない。早く事をすすめるとしよう」


 彼は手をかざして、宙を裂いた。そこは再び、森の風景が揺らいでいた。


「待て、アリオスト!」


 ラインツファルトは怒号と共に踏み出し、剣を突き出す。だがその刃は、まるで吸い寄せられるようにアリオストの掌に受け止められた。


「貴様は八十年前から変わっていないな。俺はあの頃のようなひ弱な人間では、もはやない」


 握られた剣が、アリオストの手の中で軋みを上げる。そして次の瞬間、切っ先から柄にかけて、音もなく崩れ落ちていった。


 ラインツファルトは咄嗟に飛び退いた。その背に、ぞくりと悪寒が走る。


 それでも彼は叫ぶ。


 「俺は……お前の目論見が何であろうと、必ず止めてみせる! それが、俺が生き延びた意味だ!」


 アリオストは、冷ややかに目を細めた。


 「随分と他人本位な存在理由だな。いいだろう。お前にひとつ教えてやる。俺は、この星に流れるすべての魔力を、消し去るつもりだ」


「何だと……?」


 「すべての魔力は、帝都デンドロビウムへと集約される。そしてそこに、かつて神々の住まった古の都――“グラジオラス”を再現する。王国だの国家だのといった器では、もはや足りぬ。俺が目指すのは、世界の総体そのものだ」


「自分で滅ぼしておいて、ずいぶんな言い草だなッ!」


 ラインツファルトは怒気を爆ぜさせ、地を蹴った。鋭く踏み込んだ剣撃を、アリオストは王の剣で受け止める。


 その隙を突き、シュテュンプケが死角から詠唱を終えた。


「《フランマ・イクシスト》!」


 魔術が放たれた。渦巻く炎がアリオストの側面を襲い、爆ぜるように焼き尽くす。


 だが――。


「その程度の魔術は対策済みだ」


 意趣返しとでもいうかのように、彼はシュテュンプケに同じ魔法を打った。


 シュテュンプケは抜かりなく防壁を構築する。爆発のあまりのすさまじさにハルトマンやラインツファルトは思わず顔を手で覆う。数秒と持たずに防壁は崩れ、シュテュンプケもろとも後方に吹き飛ばされた。


「くっ……、バカ威力だな」


 地面に転がった杖へと手を伸ばす。それを握った瞬間、即座に次の魔術を展開する。


「《ラプチャー・バインド》!」


 高速で放たれた拘束魔法が、アリオストの体を縛り上げ――


 否、跳ね返された。


 まるで光が鏡に当たったかのように、魔力の奔流が反転し、シュテュンプケに向けて殺到する。


「ちょこざいが……」


 アリオストの声音が、低く、冷たく響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ