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第22話「大書庫の大魔法使い」

 だがハルトマンは、シュテュンプケの声など聞こえなかったかのように、ラインツファルトに向って叫んだ。


「おい、しっかりしろ。レティシアは死んだ。認めたくはないかもしれないが……」


「黙ってください!」


 思わず、叫び声が喉を突いて出る。目の前にいる彼女が、本物と違うことはわかる。だからといって、どう接すればいいというのか?


 彼はそこでハッと思い至った。レティシアは、レギーナの擬態魔術によって再現されているに過ぎないのだ。


「ふふふ、面白そうですね。私も混ぜてくださいな」


 だがその予想はあっけなく覆された。目の前に、そのレギーナが現れたのだ。


 それまであっけにとられて黙っていたシュテュンプケが前に出る。


「……どうやって入ってきたんだ? ……って、聞いても答えるわけないか」


 レギーナはじっと彼を見つめる。目を細め、眉間にうっすらと皺を寄せた。その仕草には、明らかな苛立ちがにじんでいた。


 だがすぐに、彼女は考えを振り払うように首を振った。考えを改めろ。これは効率的に、神話じみた天才を取り除く手段なのだ。


「……へえ。どうやらあなたが私の魔術を背負ったようですね。魔術の効果を転移させるとは、器用な方」


「魔術を、背負った?」


 いったい何を言ってるんだ。


 ラインツファルトの視線が揺れる。俺がマルティウスから受けた魔術は、シュテュンプケさんが治療してくれたはずじゃあ……。


 そこで彼は、一つの苦しい結論にたどり着いた。


「まさか……あのとき、治癒できたわけじゃ……なかったのか?」


 レギーナの唇が弧を描く。


 高らかな笑い声が、森の雨音をかき消した。


「治癒? この私の魔術を? ――ふふっ、できるはずがないじゃありませんか。あなた方、私を甘く見すぎですよ」


 シュテュンプケは苦々しい口調で弁解する。


「魔術体系の構築は時間勝負だ。レギーナが魔術の構築に時間をかければかけるほど、その解析も難しくなる。実際に、この魔術に触れてみてすぐにわかった。これは数日やそこらで解析できる代物じゃねえって。だから、すまねえ。治癒ではなく、魔術の効果を私に移させてもらった」


「そんな簡単に言わないでくださいよ」あの魔術を受ければ、急速に魔力を吸われてしまい、魔術を使った戦いは、時間がたてばたつほど不利になっていく。魔術がなければ、一級の魔術師に対抗するのは軍隊でも動員しなければ不可能だ。一万年も生きた人間が、そんなあっけない幕引きでいいわけがない。


「一万にわたって、グノーシス派の魔術体系を継承してきた大魔法使いも、とうとう幕引き、ですね?」


 レギーナは陶酔するように囁いた。


 だが。


 それだけでは終わらないのが大魔法使いだ。


 彼は“アーガディア機関”の守護者。


 この世に存在するすべての因果と現象を書き記す神秘の書庫にして、世界の記録装置。そしてその司書――世界と、世界の行間にまで踏み込んできた存在だ。


 そう、書かれた未来は確定ではない。因果の流れがいかに強固であろうとも、そこには必ず“行間”が存在する。不確定性、揺らぎ、予期せぬ可能性――それを知る者こそが、真の魔術師だ。


 そして、シュテュンプケは、それを誰よりもよくわかっていた。


 シュテュンプケが何かぼそっと短く唱える。


 次の瞬間、彼の足元に織物のように絡みあった光の文様が現れ、複雑に絡む魔法陣が顕現した。まるで古代言語を織り込んだタペストリーのようなそれに、シュテュンプケはそっと指を触れた。


 すると世界が揺れた。


 空気が震え、雨音が反転する。重力が軋み、因果がねじれる。


 まるで現実そのものが、“書き直される”ような感覚だった。

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