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第18話「妖精の村ローアイアイ」

 シュテュンプケは、さほど離れていない木陰で一人、のんびりとくつろいでいた。彼はハルトマン、ラインツファルト、そしてグスタフの姿を認めると、陽気に手を振った。


 二人と一匹は、怪物に追い回される羽目になったことについて苦言の一つでも呈したかったが、命を助けられた側面も否定できないと思いなおし、ため息をつくにとどめた。


「さて、そろそろ入るとするか。わが麗しのローアイアイへ」


 そう言って彼が両の掌を合わせると、周囲の空気が一変した。地鳴りとともに轟音が響き、空間に大きな丸い鏡が現れる。それは三人の姿を鮮明に映し出していた。


「これが私の村、ローアイアイの入り口だ。村は外敵にばれないように入り口を隠している。すぐに門は閉じるから、さっさと入るぞ」


 鏡をくぐると、そこに広がっていたのは再び魔の森だった。ただし、それは今までの森とは異質な空気を湛えていた。


「ここの植物は、見たこともない形をしていますね」


「ここは“いにしえの都”の面影を宿す場所だからな。周囲とは異なる風景なのも道理だ」


 やがて一行は鬱蒼とした森を抜け、不意に視界が開けた。そこに広がっていたのは、まるで自然と建築が溶け合ったかのような、夢とも現ともつかぬ集落だった。


 苔むした石畳の小道は几帳面に整備され、木々の枝葉が低く垂れ下がる屋根と絡まり合い、まるで森そのものが村を育んでいるように見えた。だが、どこを見渡しても、人影はなかった。そこに漂う静謐は不気味さすら感じさせた。


 シュテュンプケに導かれ、ハルトマン、グスタフ、ラインツファルトの三人は、やがて村の中心にそびえ立つ石造りの建築へと足を踏み入れる。無機質なまでにのっぺりとした外壁には、ところどころ風化した古代の壁画や、神話的な意匠を帯びた彫像が等間隔に埋め込まれていた。どこか、時間の流れそのものが封じ込められたような、不穏な静けさだ。


 そんな中で、ラインツファルトがふと口を開く。


「そういえば申し上げていなかったのですが、我々にはあと三人、同行している仲間がいるのです。彼らのことも――」


 だが、その言葉はシュテュンプケの穏やかながらも有無を言わせぬ声によって、途中で断ち切られた。


「わかってるよ。そいつらとはいずれ会える。そう言う運命だ。因果と言ってもいい。だが今じゃない。数日だけだが、お前たちはここにとどまれ。帝国について、そしてこの星について、あんたらは知らなくちゃならない」


「なぜそう思うんですか? それも魔術のなせる業、というわけですか」


「まあ、そうとも言えるな」


 宮殿の内部は外界の光が届かぬほど深く、冷たい石壁が声を吸い込んでいた。松明が照らし出すゆらめく影の中、奥まった一角に重厚な扉が待ち構えていた。


 そこに何があるとは知れなかったが、ラインツファルトたちにも何か特異な存在がいることはわかった。そしてシュテュンプケが、それと対面させようとしていることも。


 シュテュンプケの表情は、まるで予定された演目の幕が上がるのを待ちわびていたかのように、静かな満足に満ちていた。


「--Aperi!(開け)」


 扉はシュテュンプケの言葉を合図に、ひとりでに開かれた。


 中に広がっていた光景に、ハルトマンやラインツファルトはもちろん、グスタフも息をのんだ。なぜなら、彼らはてっきり誰かに見合わせるためにここに連れてこられたと思ったからだ。そこには誰もいなかった。


 たしかに、玉座の上には人影があった。だが、それはすでに命を離れて久しいものだった。


 その亡き骸は長い年月を経ているようで、きれいに整えられた宮殿とは違い、苔むして植物がまとわりついて小さな白い花が咲いていた。不思議なことに、肉は枯れ、皮膚は乾ききっているにもかかわらず、両目はかすかに開かれ、見る者の心の底をじっと見透かすような生々しさを保っていた。


 あるいはそれも、森の魔術のなせる業なのだろうか。


 シュテュンプケは胸を張った。小さい背丈もあってひどく子供じみて見えた。


「紹介しよう。こいつがローアイアイの村長にして、私シュテュンプケの母だ。私は、こいつが生み出した大魔法使いシュテュンプケの唯一の複製体なんだ」


 ラインツファルトたちは、その情報量の多さに困惑していた。


「はあ。シュテュンプケさんってお偉い方だったんですね」


「私を知らないのかよ。青二才だな。いいぜ、しょうがないから教えてやる」


 彼はそう言って言葉を連ね始めた。


「私は、今から一万二千年前、に成立した、グラジオラス教会の黎明期にその名を刻んだ、グノーシス派の初代『筆頭魔術師』だ。古代グラジオラス帝国の建国期からあった教会は、魔術の研究を盛んに行い、古代帝国の成立に大きく貢献した。その功労者のうち、とくに能力に秀でていた五人が、初代皇帝アウグストゥスによって筆頭魔術師に任命された。そして、私はその中で唯一、いまなおこの世界にある者なんだ」


 そんなことをだしぬけに言われたハルトマンたちは豆鉄砲を食らったようになった。


「シュテュンプケ殿は一万年以上も生きているということか」


「ま、そんなところだ。尊敬してくれてもいいんだぜ? 教えを乞う資格ぐらいはやるよ」


 ハルトマンはラインツファルトと顔を見合わせた。なんだかうさん臭い話だ。


 そんな視線に気づいてか気づかずか、シュテュンプケはふと沈黙し、玉座の上に鎮座するミイラの耳元に、身を屈めて囁くように耳を傾けた。


 もちろん、死したシュテュンプケが口を動かすことはなかった。けれど、新しい“シュテュンプケ”は何かを受け取ったように見えた。まるで古の意志が複製体を通じて語るのを、当然のこととしているかのように。


「なになに? そこの二人を“あの部屋”へ連れていけ、だってさ。ふむふむ。私もちょうどそうしようと思っていたところなんだ。奇遇だなあ」


 しかし、旅の疲れは三人の身体に重くのしかかっていた。特にラインツファルトとハルトマンは限界に近く、結果、探索は翌日に延期されることとなった。


 シュテュンプケの顔は、いかにも恨めしそうだった。


 その夜、彼らは村にある、奇妙な意匠の旅館で床に就いた。壁には人間と動物が交錯するような彫刻が刻まれ、窓枠は蔦の彫り物に囲まれ、全体が夢の断片のような意匠だった。


 そして翌朝。


 シュテュンプケの案内のもと、三人は“あの部屋”と呼ばれた場所へと足を踏み入れた。


「これは……?」


 そこは、まるで神の蔵書庫だった。


 高く吹き抜けた天井の中央には天窓があり、そこから射し込む光が一点に降り注いでいる。その光の下、荘厳な台の上に開かれていたのは、まばゆいばかりの一冊の書だった。


 その周囲を囲むように、壁一面に本棚が立ち並び、無数の書物が整然と収まっていた。そして静止したままの巨大なアームを持つ機械たちが、語るのをやめたかのように、その場にたたずんでいた。

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