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5、祈り

 時は少し遡り、騎士団員達が去った後の王宮。


「軍務大臣、この状況を説明せよ」


 国王が、怒りを込めた声で問いただした。

 それはそうだ。祝賀会で何もしていない(聖女)を褒め称えようとしたのだ。


「そ、それよりスタンピードが」

「それなら既に騎士団が動いたであろう」


 本来なら聖女も動かなければならない、のだが。


「そ、それはパウロ大司教が」

「教会が国の(まつりごと)について口を出すことはありませんが」


 パウロ大司教はさらっと軍務大臣に責任転嫁した。

 実は、軍務大臣の妻の妹の娘。つまり姪が聖女なのだ。


「も、申し訳ございません」


 見るに見かねた高位貴族が口を開いた。


「どうして聖女様は動かないんだ?スタンピードであろう」


 その他大勢の気持ちを代弁した。


「え、私達は、今は…その…」


 聖女はしどろもどろとなっていた。


「今?何を言っているのだ?」


 クレメンス司教は観念した。


「あ、あの。冬の時期は、その、聖女様は修行をしておらず…その…聖魔法が……あまり……」


 だいたい皆察した。


「何なのだ!それは!」

「金で聖女が決まるというのは事実だったのか!」

「ふざけるな」


 会場は怒号で騒然となった。

 その後は不毛な争いが続き、呆れたものはこの場を離れた。



 ◆



「こちらです、こちらに避難してください」


 王国騎士団副団長。エリアス・ハルトマンは民衆の避難誘導の指揮を執っていた。

 おそらく実感がないのだろう。民衆はパニックにならず、冷静に騎士団の指示に従っていた。


「止まれ!今、ここは馬車は通行禁止だ!」

「貴様!この馬車には侯爵令嬢であるお嬢様がお乗りになっているのだぞ!」

「だから?」

「は?」

「お嬢様が何なのだ?」

「貴様!どうなっても知らないぞ!」

「別に構わないが。今は非常事態だ、規則を守らないなら侯爵令嬢だろうが王女だろうが拘束するが?」

「なななっ」


 すると、馬車から女性が降りてきた。


「騎士様。申し訳ございません」

「…お嬢様」

「黙りなさい!騎士様のお手を煩わせてはなりません」

「ご協力感謝します」

「こちらこそ失礼致しました」


「行きますよ」と言って侯爵令嬢は執事らしい男性と共に馬車を置いて歩いて去って行った。


「理解のあるご令嬢でしたね」

「そうだな」

「おい!とりあえず馬車はあそこに止めておけ」

「わかりやした」


 残った御者は馬車を指定された場所へと移動させた。


 しばらくすると、1人の騎士が馬を走らせて来た。


「ハルトマン副団長、問題発生です」

「どうした?」

「南門で貴族が手勢を連れて王都の外に出ると言い出して」

「馬鹿か」


 スタンピードで進行してくる魔物の数は10や20ではない。

 何千、何万というレベルだ。


 十数人の護衛で何とかなるものではない。

 数日の間、不眠不休で戦い続けられるなら別だが。


 通常城壁に囲まれた街に籠城し、聖女と騎士団が魔物を駆逐するのを待つのが一番安全なのだ。


 ここ、ベツレヘム王国は例外ではあるが。



 ハルトマンは例の南門に来ていた。


「ワイを誰だと思うておる」

「さあ、知らないが」

「貴様!名を名乗れ!」

「王国騎士団副団長、エリアス・ハルトマンだが」

「ハルトマン?知らんな。覚悟しておけ」

「お前がな」

「何だと!」

「今は非常事態だ。騎士団に逆らうのは国王陛下に逆らうのと同義。国家反逆罪相当になるが?」

「…な、に」


 国家反逆罪と聞いて態度が急に変わる貴族。


「捕えろ!」

「ま、待て」


 騎士団に捕らえられ、連行されて行った。

 国家反逆罪はブラフではない。そして、例外もない。今はスタンピードなのだ。


 捕縛された貴族は、ハルトマンが来るまで散々騎士団達を困らせていた。

 なので、今更言い訳しようが、謝ろうが、てめーはダメだ。

 今、騎士団の時間はそれだけ貴重なのである。


「お前等はどうする?」

「俺達は雇われただけだ、抵抗する気はない」

「では失せろ」


 護衛は慌てて去って行った。



 ◆



 ドーン!


 遂に大型魔物が城壁に激突した。


「私が倒しましょうか?」

「いや。…騎士団の連中は城壁上と登ってくるのを阻止してるが余裕はあるな。よし!近ければ近いなりの戦い方がある。カタリナはまだ距離があって近づく大型を頼む」 

「分かりました」

「バリスタと投石機、弓兵隊と余裕のある騎士は壁に居る大型を攻撃しろ!」

「了解!」



 キャサリンは数名の騎士団員と一緒に階段となっている魔物の対処を行っていた。


潤滑(ルブリケーション)


 城壁に薄い聖力の膜が形成される。


「お願いします」

「任せろ」


 数名の騎士団員は槍で魔物を何度も突いた。


 ズルッ!

 バラバラバラ!


 階段となっていた魔物達は壁との摩擦が無くなって、バラバラに崩れた。


「お嬢ちゃん。こんなのよく知ってたな」

「カタリナ先輩に教えてもらったんです。壁をヌルヌルにすればバラバラってなるよって」

「あ〜」


 皆、理解した。「ヌルヌル」と「バラバラ」で理解出来た騎士団員だった。



 カトリーヌは負傷者の対処をしていた。


治癒(ヒール)

「ありがとう、お嬢ちゃん…ありがとう…」


 骨折が一瞬で治り涙を流しながら、握手してカトリーヌに何度もお礼を言う騎士団員。


 彼は中堅なのだが、一瞬気が抜けて、新人でもしないようなミスで足を骨折した。戦いはまだまだ続くのにと、情けなさと悔しさでくじけそうになっていた。


 そんな時、可愛らしい女の子がトテトテと歩いてきて一瞬で治してくれたら、それは感激するだろう。でも。


「お礼は受け取りましたから、さっさと戦線復帰して下さい」

「あ、はい」


 ド正論を子供に言われ、素に戻った騎士団員であった。




 ───戦いが始まって5時間が経過していた。現在22時頃。


 大型魔物担当。小型、中型魔物担当。治療担当、補給担当と明確に役割分担し、連携がとれて、騎士団員達の戦いには余裕すらあった。


 特に聖女見習いの見事な活躍が大きい。

 スタンピードの鐘が鳴った時の絶望感は嘘のように無くなっていた。


 魔物は徐々に少なくなっていった。

「勝てる」と皆が思い始めた頃…


「何だ、あれは?」


 まだ遠くだが、黒い(もや)と共に、それは居た。


 50、いや、100、いや…

 数百は居る大型魔物。それに、1体だがその大型魔物の3倍はある超大型魔物。


「こ、これは」


 レオハルトは頭が真っ白となっていた。

 絶望を通り越してしまって、達観するような感覚。おそらく現実逃避も含まれているだろう。


(あれには勝てない)


「ハハハ、ハハハ」


 もう笑うしかなかった。


「隊長さん」


 カタリナから声を掛けられたレオハルトは我に返った。


「何だ?」

「聖堂に一度戻って良いですか?」

「ん?何か取りに…あ、御神器か?」

「そのようなものです」

「いいが、なにか必要なものは?」

「馬と、通行許可のようなもの」

「ああ、非常事態だからか」

「止められます」

「大丈夫だ、カタリナの名前を出せば皆知っているし、俺の名前を出してもいい。止める奴は居ないぞ」

「ありがとうございます。あ、それからカトリーヌとキャサリンをよろしくお願いします」

「ん?何だ改まって。ああ、心配するな。お前が帰ってくるまで絶対に守ってやる」

「では、行ってきます」

「おう、気を付けてな」


 カタリナは深々と頭をさげてから、レオハルトに向かってにっこりと微笑んだ。



 ◆



「馬を借ります」

「ああ、いいぜ」


 カタリナは馬に乗って聖堂に向かった。


「止まれ」

「聖女見習いのカタリナです。隊長さんから許可をもらっています」

「あ、おま、いや、貴女があの。どうぞお通り下さい」


 レオハルトの言った通り顔パス…いや名前パスだった。

 そんな事が数回あって聖堂に到着した。



   カタリナは身を清めてから聖女見習いの聖衣に着替え、髪を梳いて、身を整えて聖堂の祭壇で女神様に祈りを捧げた。


(女神様、皆を守って下さい)


 本人に自覚はないが、実はカタリナは女神アストレアと話した事がある。

 孤児院の礼拝堂でぶつぶつと話しているのがそうである。


 カタリナが5歳の頃だった。

 その頃には既に女神の加護を授かって聖力があった。


 他の人に発覚したのは8歳だが、それまでにも小さな子供の怪我など自覚無く治していたのだ。


 カタリナは祈った。


(カトリーヌを守って下さい)


 カタリナは祈った。


(キャサリンを守って下さい)


 カタリナは祈った。


(団長さんを守って下さい)


 カタリナは祈った。


(騎士団の皆さんを守って下さい)


 カタリナは祈った。


(王都の皆さんを守って下さい)


 カタリナは祈った。


(ベツレヘム王国の皆さんを守って下さい)


 カタリナは祈った。


(この大陸の皆さんを守って下さい)


 カタリナは祈った。



(皆さんの)



 ───── 笑顔を ──────



 カタリナの体が輝いた。



 ◆



「諦めるな!」


 北の城壁の上では絶望的な戦いが繰り広げられていた。

 10体以上の大型魔物が城壁をガリガリと削っている。


 小型、中型魔物も城壁の上に溢れ、混戦状態となっていた。



 カトリーヌは重症者を必死で治そうとしていた。


(お願い治って)


治癒(ヒール)


 しかし。


「ダメだ」


(カタリナ先輩ならどうするだろう?)


 ─── いつもにこにこしていた ───


(そっか)


 カトリーヌはにっこりと微笑んだ。


治癒(ヒール)

「お、治ったぞ。嬢ちゃんありがとう」

「いえ」


 カトリーヌは奇跡を起こしたのだ。


「キャサリン」

「何?」

「笑うのよ」

「え?」

「カタリナ先輩、どんな時でも笑っていたでしょ」 

「そうでしたね」


 キャサリンもにっこりと微笑んだ。


治癒(ヒール)

「ありがとう」


 キャサリンも骨折くらいは簡単に治せるようになった。

 キャサリンも奇跡を起こしたのだ。


 そして、2人は怪我人をどんどん治していった。



「お前達、治ったのか?」


 レオハルトは驚いた。カタリナはここに居ないのだ。 


「あのお嬢ちゃん達すげーぞ。どんどん治してる」

「何があったか分からんが、俺も頑張るか!」


 レオハルトはカタリナの事を思い返していた。


(カタリナはいつも)



 ─── 笑っていた ───



 レオハルトは笑った。


(約束したからな)


「おい!皆笑え」

「何言ってるんっすか?」

「馬鹿野郎、こんな時だからこそ笑え。カタリナもいつも笑ってたぞ」

「そう言えばそうっすね」


 それから3体もの大型魔物を倒したのだった。

 騎士団員達も奇跡を起こしたのだ。


 しかし、絶望的な状況が変わった訳では無い。



 その時だった。


「何だ?」


 聖堂付近が光ったのだ。

 そして、そこから小さな無数の星が溢れ出した。


 星はどんどん広がっていった。

 王都を覆い尽くし、さらに広がった。


 星は城壁を超えた。

 そして、魔物に星が触れると一瞬で消滅したのだ。


「カトリーヌ。キャサリン。カタリナが何かやったのか?」


 レオハルトは聖女見習いなら分かると思っていた。  


「分かりません」とカトリーヌ。

「でも最初聖堂が光りましたよね」とキャサリン。

「じゃあ、カタリナ先輩が何かしたのかも」

「それしか考えられねぇよな」


 どんどん広がる星によって次々に消滅する魔物の群れ。

 そして、超大型魔物も消滅した。


 全ての魔物が消滅した後、星は大空へ向かって消えていった。


「カタリナ。よくやった……」


 レオハルトは何故か涙を流していた。


「空、見て」


 カトリーヌが何か見つけたようだ。


「綺麗」


 キャサリンも驚きながら。


「コイツはすげぇや」


 レオハルトも。

 今は日付が変わって暫くした頃だ。


 この大陸では、誰も見たことが無かった、空には無数の星たちが輝いていた。

 その中でも1つ、ひときわ輝く星があった。


 こうしてスタンピードは解決したのだった。


 その後。


 聖堂に帰ったカトリーヌとキャサリンによって、聖堂の祭壇で祈った姿のままで、冷たくなっているカタリナが発見された。

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― 新着の感想 ―
素直に指示に従って馬車を捨てた侯爵令嬢と、全く聞く耳持たずに手勢を率いて外へ出ようとした貴族。 見事に明暗が分かれましたが、こういう非常時にこそその人の本質が見えるのかも知れませんね。
うおおおおん!!!!(ブワッ)
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