3、王国騎士団
バンッ!
カトリーヌとキャサリンが治療所の準備が終わった頃、突然扉が開かれた。
「シルベストロは居るか?」
いきなり男性が大きな声で怒鳴った。
「あ、え、い、いえまだです」
カトリーヌが驚きながら答えた。
「くそっ!」
男性は去って行った。
「誰ですか?」
「騎士団の団長さん」
レオハルト・クリューガー騎士爵。
王国騎士団の団長である。
ちなみに、シルベストロ司祭。
この治療所の教会担当の聖職者である。
「何だったんだろう」などと話しているうちにカタリナが治療所に来た。
「どうしたの?」
二人の様子が変だったので気になるカタリナは尋ねた。
「団長さんが「シルベストロは?」って。かなり焦ってました」
カトリーヌが答えた。
「そう」
カタリナはしばらく考え、何か思い当たったようだ。
「治療所のスペースを広げるわ!」
「「え?」」
「速く!」
「「はい!」」
威勢よく返事をした二人だが、実は何が何だか分かっていない。
とにかく非常事態であることは分かっているので、ただカタリナに従うのであった。
治療所は本来、たくさんの民を受け入れるために建設されている。
しかし、長らくそのような事はしていないので様々な物が置かれている。
量はそれなりに有るが、それほど重くもないので、子供3人でも片付ける事は出来る。カタリナは14歳なので子供なのか微妙ではあるが。(この国の成人は15歳)
◆
騎士団団長、レオハルトは教会の礼拝堂でシルベストロ司祭を見つけ、詰め寄った。
「シルベストロ!今日の治療は聖女も出せ!」
「え?何故?」
「重症者多数だ!放っておくと死人が出るぞ!」
「な、何があったのですか?」
「大型が出た!」
「え?」
魔物は様々な種類があるが、知性が無いためその種類で強さ(危険度)は変わらないが、大きさによって強さ(危険度)が変わる。
小型、中型、大型の3種類。大きいほど強い。例えば小型で強い魔物はいない。
内陸部の国の研究者なら、種類についても研究しているかもしれないが、ここでは討伐するだけなので(その研究の)意味はない。
近年、大型が出現した事はなかった。
しかし、出現したからといって、撤退するわけにはいかない。王都に侵入されれば甚大な被害がでる。
今回は、重症者は多数出たが、討伐は出来た、という事だ。
しかし。
教会の治療所で死者が出た、となると大問題となる。
それも王国騎士団の団員が複数。
本部に知られるのも時間の問題だ。
ここの不正が明らかになる。
王都の治療院に押し付ける事も出来ない。
いくらパウロ大司教でも隠蔽は不可能だろう。
王家も頼りにならない。
お金(賄賂)で買収出来る相手ではない。
箝口令を敷く権限は教会にはない。
シルベストロ司祭は頭を抱えた。
今(冬)の聖女達に治療は出来ない。出来たとしても重症者は無理だ。
今ならキャサリンの方が優れている。
修行をしていない聖女なんて、そんなものだ。
入ったばかりの聖女見習い以下。
「クレメンス司教に相談してきます」
クレメンス司教は、聖女担当の聖職者である。
相談しても意味は無い事は分かっている。
しかし、シルベストロ司祭はそう言うしかなかった。
◆
「その方はこちらに」
「分かった」
治療所ではカタリナが指示を出していた。
騎士団員達はその指示に従っていた。
少し前、カタリナとレオハルトが話し合って、「お前等!カタリナの指示に従え!命令だ!」と叫んだからである。
(重症者19名。中程度27名、軽症者多数。重症者で時間が無いのは…10名ほどか)
カタリナは怪我の程度によって振り分けたのだ。いわゆるトリアージである。
中程度、というのは重症と軽症の間。重症というほどでもないが、軽症よりは重い、というもの。また、放置すれば重症化する可能性のあるものの事。
「カトリーヌはそちらの中程度の方、キャサリンは軽症の方をお願い。症状の重い人からね」
「「はいっ!」」
カタリナは、重症者が寝ているスペースに近づいた。そして。
「広範囲治癒」
黄金に輝く巨大な魔法陣が展開した。
そう。重症者19名がその中に入るくらいの大きさだ。
「広範囲聖魔法か」
「初めて見た」
騎士団員達は驚愕した。
「な、治っている」
「信じられん」
「奇跡だ!」
一瞬にして、重症者19名が完治したのだ。
みんな口々に驚きと称賛の言葉を口にした。
泣き出す者もいた。
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう」
お礼の連続攻撃を受けるカタリナ。しかし。
「まだ終わってないので静かにして下さい」
「す、スマン」
カタリナに叱られた騎士団員達は、すごすごと離れた。
まだ子供とも言える14歳の少女に叱られる筋骨隆々のオジサン、というのも中々にシュールである。
そして、カタリナは中程度の患者のところに向かった。
「どう?」
「その方は私では無理です」
「分かった。焦らず、急いで、ね」
「はい」
カタリナはカトリーヌが無理といった騎士団員の所に。
「ちょっと見ますね」
「ああ…すまない」
(あぁ、肋骨が折れたままね)
肋骨などの骨折は外側から見えないので、カトリーヌでは分からなかったのだ。分かれば治せる範疇だが。
「治癒」
今度は患部が光っただけだった。
「ありがとう」
「いえ」
そして、またカトリーヌの所へ。
「この方もお願いします」
「分かった」
こうして、その他、8名を治療した。
(あとは…大丈夫そうね)
カタリナはキャサリンの所へ向かった。
「どう?」
「この方が分かりません」
外観は問題はなさそうだが、顔色が悪く、ぐったりしている。
「どこか痛い所はありますか?」
「とにかく頭が痛い」
(頭か…マズいわね)
頭は怪我ではないかもしれないので、聖魔法では治せない。
「調査」
(う〜ん。あっ)
「頭を打ちましたか?」
「多分。大型魔物に吹き飛ばされた時かも知れない」
(じゃあ出血部分を治せばいいか)
「治療」
「どうですか?」
「お、スッキリした」
「良かったです」
「ありがとう」
「いえ」
そして、またキャサリンの所へ。
「多くてキリがありませんね」
そこにレオハルトがやって来た。
「カタリナ」
「はい」
「もういいぞ」
「え、でも」
「あとは軽症者ばかりだ、時間が経てば治る」
カタリナが悩んでいるのは患者の事ではない。
カトリーヌの中程度の所でもそうだが、広範囲聖魔法を使えば治るのだ。
そう。カトリーヌやキャサリンの経験のためだ。
でも、隊長を含む騎士団員達の気持ちもある。
(まぁ、いいか)
「それでは何かあったら遠慮なく言って下さい。キャサリンもいい?」
「はい」
「了解した。今回は助かった、感謝する」
すると、シルベストロ司祭がやって来た。
「貴様!今頃何しに来やがった!」
「えっと」
「済んだ頃を見計らったようにノコノコと、お気楽な仕事だな」
「ペトロ大司教からの伝言を、と」
「何だ!」
「この事は内密に、と」
「何を?」
「いえ、私はそれだけ言われたので」
「無理だな」
「え?」
「大型魔物が出たんだ、そして騎士団員から多数重症者が出た。それも無かった事にするのか?」
「し、しかし」
「じゃあ、次、大型魔物が出たら教会で対処しろ」
「そ、それは」
レオハルトはペトロ大司教の魂胆は分かっていた。
要するに、今回治療したのは聖女達、という事にしたい。つまりはそういう事だ。
王国騎士団には教会や王家を含む貴族に発言する権限はないが、相手も強く出れない。
魔物を対処する事が出来るのは、王国騎士団だけなのだから。
「とにかく、王国騎士団は通常の報告をする、ペトロ大司教にもそう伝えろ」
「わ、分かりました」
シルベストロ司祭はトボトボと帰って行った。
「「「「「「ありがとう!」」」」」」
王国騎士団員達はカタリナ達に何度もお礼を言って、ブンブンと手を振って帰って行った。
それから暫く経った頃、王国騎士団団長、レオハルト・クリューガー騎士爵宛に通知が来た。
『戦勝祝賀会開催のお知らせ』
レオハルトの予想通り、今回の治療は聖女達が行った事にするようだ。