嫡妻の覚醒 ~CYOHAKKAI~
後片付けをしながら、
「じゃあ、クマノ小母さん。ヤクサの小母さんが暴走しないように注意しといてね。勾玉をたくさん持ち帰るからさ。それでお願いします」
勾玉とは、異能を秘めた半貴石だ。クマノはこれに目がなく、
「ゲン坊。儂、古酒でいいぜ」
コロクは古酒に目がない。
「ハイハイ。オトヒメの小母ちゃんは?」
と、クロが言うや、オトヒメは転瞬に消え、
「お、お久しぶりです。オトヒメの小母さま」
クロの両コメカミをゲンコでサンド。
「久しぶりゲン坊。挨拶が先でしょう普通?」
「しれっと朝食食べてるから、し忘れたんだよぉ~」
強まるグリグリにクロは弁明、
「そうね白木耳の乾貨がいいかな」
グリグリを緩めてオトヒメはシレっとオーダー。
「ヒジキもそうね~。珍しい乾貨とかかなぁ~。乾松茸とかがいいかな~」
「わかった。いくつか見繕ってくる」
この場にいないヒジキの分もシレっとオーダー。
「えぇ~。合うか~、磯と山だぜ~?」
コロクはいささか懐疑的。ヒジキは炊き込みご飯に鹿尾菜を欠かさない。そして誰より炊き込みご飯に冒険的だ。
「あら、松に海は映えるでしょう? 案外いけると思うけど」
意見の散見を脇に措き、後片付けを終えたクロはクローゼットの隅でサッと体を拭き、手早くフォーマルに着替えて、気絶しているスセリの頬を軽くペチペチ、
「スセリ、チヨ殿の元まで案内をお願いします」
手早く依頼、
「エベっさ~ん。面白い術式覚えたんだ、ちょっと手ぇ貸して~」
エベっさんを肩にのせるや表に出る。
◆ ◆ ◆
七代と残されたスセリは、
――ヤカミがクロさまと…
グルグルしている。ヤカミに対しての嫉妬もある。また盗られる――そんな感情――それはもう決着済みの事項だ。それは良い。
――強硬手段に出ないよう…
グルグルする。情報を反芻し整理すれば、何者かがヤカミをクロに娶らせようとしていて、強硬手段も辞さないかもしれない。ヤカミとクロを結ぶ障害――アナムチとミイの排除。スセリの中で想像は飛躍する。もともと、彼女は行動派ではなく理知的な頭脳派だ。兄と姪と義姉。みっつの笑顔の消失は、
――させない…
自分と母の笑顔を毀損させることが明らかだ。スセリはギリリと奥歯を軋ませ、
「クマノさま。イズモまでの転送を依頼します」
肚を括る。不敵に強か。しかし、声は所々で裏返っている。クマノは苦笑し、
「それじゃあ60点。及第点に過ぎないわ。今あなたに出来ることは?」
優しい眼差しに問う。
「パーティーの編成、ならびにチヨ殿への手土産の手配です」
もう、声はキョドらせない。今度はハッキリと眦に決したスセリに、クマノとオトヒメは優しく微笑い、
「「よろしい合格! いつでも状況を俯瞰して観察し先回り。それが良妻賢母の最低条件よ」」
スセリをイズモに送り出す。
◇ ◇ ◇
一瞬でイズモに到達したことに、
「ま、マジなんなのよ…」
乾いた笑いが口許から剥がれない。ロビーからエレベーターに向かい、女子更衣室につくや、
「おっはよぉ~」
と、能天気なヤカミの姿が目に入る。昨夜のこと。先刻のこと。為すべきことは多岐にわたる。が、
「いっ痛ぁ~! なにすんのよスセリッ!」
心のダムは転瞬に決壊。スセリはヤカミの頭にチョップを叩き込む。
「ん~? チョップ~。感謝して~」
スセリは乾いたジト目をヤカミの顔へと貼り付ける。うん。少し怖い。
「ヤカミ。ハラシコとイワノを借りたい。おい、ヤソ1にかけあって行者ニンニクと長芋の通年栽培を調達してくれ。それと果物の詰め合わせの最高品質もだ」
着替え中のヤソ隊士を隊長権限でパシり、
「第6小隊、バードシップ出すぞ。0820に格納庫に集合。本日の痴女役はおまえ。な?」
着替えを終えた部下に、男子更衣室への伝令を下知。鬼気迫る眼差しに有無も否やも言わさずに押し通す。
テキパキと下知を飛ばしつつに隊服を纏い、重装備用キャビネットの鍵をヤカミへと放り、
「ヤカミ。おまえとアナムチもフルアーマーで任務にあたれ。これはクロさまのお下知でなくスセリの独断だ。責任はあたしがとるから――」
ここでスセリの頭に、
「いっ痛ぁ~!」
ヤカミと部下からチョップが炸裂。
「「理由を言え」」
パシられた隊士は、首を傾げながらも素直に従い、ヤソ1の詰所に走っている。隊長命令には逆らえない。
「クロさまがビッグ…」
スセリは考えながら口を開き、言いかけた言葉を、
「クロさまにチヨ殿の元に案内するようお下知を賜った。バードシップの運用はヤソ6の預かりだ。あたしの判断で動かすことに問題はない。通年栽培と最高品質は、チヨ殿への贈答用で、ハラシコとイワノはクロさまの護衛だ」
ヤカミとアナムチの危機については秘匿して、状況を説明する。
「「チヨ殿イズ誰よ?」」
部下とヤカミはごもっとも――スセリは先日のダッシュな展開を説明する。
★ ★ ★
「え、あいつ女子だったの?」
ヤカミは宿敵の意外な正体にビックリ。
「女子への贈答用に行者ニンニクって、どうなのよ?」
と指摘するのはカワノ。いわゆる沼系女子で、ポンコツの多いヤソ隊士女子部の良心と言える存在だ。ツーテイルで大きめのメガネが野暮ったさを感じさせるが、それが反って癒しを与えると好評だ。
「甘いなカワノ。棲息域の調査からチヨ殿の好物と推測されていただろう? 問題ない」
「行者ニンニク好きなのあんただよね?」
ドヤるスセリにヤカミはジト目。
「そう。イヌサフランばかり残しやがってあの野郎ッ!」
イヌサフランは行者ニンニクに似た毒草だ。スセリは調査の度に野草を採集していたが行者ニンニクは山から枯渇していた。その度にスセリはグヌヌとさせられていた。
ぐぬぬ~、とするスセリに、
「そんで、あたしとムナゲのフルアーマーは?」
キャビネットのキーのリングを指で引っかけ、クルクル回してジトりとヤカミ。
「ああ、チヨ殿の眷属に襲われないともかぎらないからね――」
スセリはポーカーフェイスにさらりと嘘をつき、
「ふぅ~ん、隊長と副官だけフルアーマーねえ…」
「あら、家族を思っての配慮にご不満ですか。お義姉さま。ママに密告ろうかしらスセリ…」
伝家の宝刀を抜いて黙らせる。今度はヤカミがぐぬぬとし、
「え、えっと、あたし男子更衣室に、と、突撃しないとダメかな?」
カワノがモジモジと拒否ろうとすると、
「「是非ッ!」」
声を揃えて腐女子がふたり。
「もうみんな着替え終わってます! じゃあ、格納庫に集合ね。みんなにも言っておく~」
カワノはにべもなく、ふたりのことを軽くスルー。更衣室を出るカワノを見送り、
「スセリの独断、ちゃんときいてね。お義姉ちゃん」
スセリは釘を刺し、ヤソ1の研究棟に足を向け、
「さ、サブイボ立ったよおスセリ?」
急なお義姉ちゃん呼びに、両肩を抱きしめるようにヤカミはおののき、
「お願い」
茶化すヤカミにスセリはポツリと置き、更衣室を後にした。髪をひと掻き、吐息をひとつ、
「はいはい、わかりましたよ…」
通信回線を開き、
「ムナゲ、今から重装備用キャビネットを開ける、エロいことするからこい」
『え、なに言ってるのおまえ』
当惑するアナムチに、
「いいから来い。スセリからのお願いだ」
『どゆこと?』
更なる混乱を招く発言にアナムチはあわわ、更衣室の奥にある重装備用キャビネットの扉を開き、フルアーマーな装備品を手に取り、
「う、うっわ。キッつぅ~い。こんなん入るか?」
不穏な発信。
『は、ハニー? なにやろうとしてんの? ねえ?』
アナムチは惑乱しながらキャビネットに飛び込み、フルアーマージャケットを悪戦苦闘しながら装着している妻の姿に、
「ねえ、ホントなにしてんの。おまえ?」
酸っぱい顔に問い質す。
「見てないで手伝ってよ。ほらこっち引っ張って」
卑猥と言えば卑猥だろう。プロテクターを装着する時に身体が密着するのだから。
「えっと、なにと戦うの?」
「知らないわよ。スセリに聞いてよ?」
質問を重ねる夫をキレ気味に押し返し、夫のボディアーマーの装着を手伝いながら、
「あらあら旦那さまったら、朝からお盛んねぇ~」
触れた体の部位の感触を、妖艶な笑みを浮かべて揶揄う。無駄に綺麗な顔をしているとアナムチは思い、
「うるさいよ。朝の生理現象だよ。ちょっとッ? サワサワすんのやめてッ!」
赤面しながらモジモジと懇願、ここで、
「なにやってんだよ朝っぱらから」
「パブリックスペースでイチャつくのやめてもらえます?」
ギャラリーからクレーム。イワノとハラシコだ。
「ちょうど良い。ふたりも中装備を装着しておけ。ふたりにはクロさまの護衛についてもらう。0820に格納庫に集合だ」
忽然の隊長命令に、
「マジで? やりぃ~!」
イワノは満面の喜色、
「護衛対象の方が強いんですけど?」
ハラシコはご不満。
「SPの役割を教えてやる。いざとなったら壁となれ」
ヤカミ、冷酷に告げ、ハラシコは吐息し、
「へいへい」
不承不承な承諾。この男、基本的に美人に弱い。優男な美丈夫の割に浮き名は聞かない。理由は簡単、
「イワノ~。手伝おうかブレストプロテクターの装着?」
「あぁ、助かるって要らねえよひとりで装着られるッ! コラ、おっぱいさわんなッ!」
下衆い女好きだからだ。下衆い優男な美丈夫の腹に膝蹴りを叩き込み、ふんと鼻息に苛立ちを捨てつつイワノは制裁、そんなふたりに、
「重火器類もあるんだから暴れるんじゃないッ! 遊びじゃないぞ?」
ヤカミはピシャリ、そんなヤカミに、
「「「おまえが言うな」」」
三人はブーメランを投げ返し、
「卑猥な悪戯は、ノーカンです!」
投げ返されたヤカミは開き直って平常運転。
「「じゃあノーカンじゃん?」」
「あたしサワサワしただけだも~ん。暴れてないも~ん」
「いや、サワサワすんなや」
冷酷な隊長命令は、呆れた空気に弛緩する。
☆ ☆ ☆
クロがエベっさんと『ふっかつのことだま』を開発していると、
「おはようございますクロ殿」
意外な訪問。先日に引き続き神出鬼没だ。神だけに。
「チヨ殿。おはようございます。あ、エベっさんとは…」
「はじめましてチヨ。ヤソ総隊長のエベっさんだ」
さっと海賊眼帯と騎兵隊帽子を身につけエベっさん。
「エベっさん。チヨ殿は、外部勢力ですからね。TPOは弁えてくださいよ」
「なぁに、構いませんよ義伯父御殿。今日は義叔母上殿からお招きいただき参上しました。いわば身内です。どうぞ、よろしくエベっさん」
言葉の割りに、チヨの態度はやや固い。クロは察して苦笑し、
「お叱りではないと思いますよ。義従妹のことでしょう」
呼び出しの理由を告げてやる。
「そ、それでも長官に背いていることにかわりありません。あのひとは豹変るんですよ。長官が絡む事項だと」
それでもチヨはやや緊張。同性間の立ちまわりは難しいらしい。
「テラスにも女子の序列とか適用されているんですね。意外です」
クロは失礼。
「失礼だぞ。兄さま。スサやツクヨだったら制裁発動案件だ」
そこにテラス、クロは貼り付けられたジト目を、そっくりテラスに貼り返し、
「そうゆうとこだぞ?」
と、オヤクソク。
「よく来てくれたチヨ。ウカノの暴走に五十年も気づけなかったのは、あたしの不明だ。すまなかった」
テラスの背中に隠れてウカノ。本気のベソ。ベソを掻きながらの、
「ごめんなさい」
謝罪。ここでクロは感じていた違和感に得心する。
「十歳前後かな」
ポソリと呟き、テラスをチロリ。テラスはコクり。外身は大人、中身は少女というのがウカノと言う存在らしい。
「なんだろ魔法少女かな…てか、放任が過ぎるだろう?」
クロは囁くような小声でテラスを責め、
「だから、あたしの不明って言ってるじゃん!」
テラスも小声で開き直り、
「謝罪を受け入れますよ。義従妹殿」
チヨは不敵に微笑って、さりげに刺。名前を呼ばないあたりがピキッている。
「義叔母上殿。本日のお招きの理由は子供な謝罪でよろしいか」
さらに刺。チヨはテラスにもピキッている。
「クロ殿。行きましょうか。御助力していただけるのでしょう?」
クロは巻き込まれる。女子たちが繰り広げる女子の序列争いに。
「チヨ殿。いま部下が、あ、ちょうど来たようですね…」
スセリの仕事に、クロは内心でガッツポーズ。巨大な飛行艇が、イナバに降り立とうとしているのだ。まさか、このタイミングでこの仕事とは、
――グッジョブだスセリッ!
クロは初めて部下を称賛する。
「天鳥船、タイプーFW-543 フェザーウィング…最新モデルじゃないか…」
テラスから漏れた言葉に、
「チヨ殿。これらの運行費用はタカマノハラが持つそうです。これまでの謝罪の意味も含めて、受け入れていただけますか?」
クロは刺々ムードをマイルドに緩和する。そこへ、
「こちらはほんの手土産でございます。チヨさま」
スセリ。手土産に準備した品々のサンプルと目録を恭しくチヨへと献上し、目録に目を通した品々にチヨはウットリと吐息。
「ウカノ。今回は流してやる。次はないからな」
過失を流したチヨに、クロとテラスはホッと安堵し深く嘆息。
「折半でどうでしょう兄さま」
「持って3ですかね~」
水面下では費用の分担に凌ぎを削り、
「グッジョブです。スセリ。助かりました」
「義姉さま。とても感謝いたします」
ふたりはスセリを絶賛称賛。状況を知らないスセリは思わず、
「どゆこと?」
キョトンと小首を傾げるばかりである。