ヲタサー王と大猪 ~UKANOMITAMA~
桜桃なシェリーなリトルガールは出てこないお話。
ウカノに手配を頼んだので、スセリにイズモの内部をクロは案内して貰う。ヤカミの方が気安く接することが出来るのだが、
「月の特命課長が疼くので――」
どうやら先刻が気恥ずかしいらしく断られてしまった。断り方があんまりだし、そっちの方が恥ずかしいとクロは思うのだが、なんか、もう慣れた…
中々にハイテクだ。エアコンはもちろん。エスカレーターやエレベーターもあり、すべての扉は、認証を求められる類いのオートロックな自動扉だ。
「スセリ。ヤヱガキの外に、ここの文明は――」
「漏れてますよ。だってクニツカミも密航してくるアマツカミも、スローライフがブームらしくて移住しちゃうんだもの」
口を尖らせてスセリは愚痴る。
「対策として異能や神の爪は封じますけど、文明の利器や知恵ばかりは奪えませんもの」
「厄介な心の翼だなそれ」
クロは嘆息、自動販売機に草薙剣の柄頭を翳して決済を済ませ、
「あ、ありがとうございます」
取り出した缶コーヒーをスセリに渡し、
「ここ広すぎだ。休憩にしよう」
ベンチに腰をおろすと、コーラのボトルをポンとあけて一口チビリと舐める。
ベンチに座ろうとしないスセリに、八の字にしょんぼり眉を寄せ、ベンチの端の端にススっと尻を滑らせて、
「ほら、これでデートっぽくないでしょ…す、座んなよ…」
クロはオヨヨと半ベソにすすめ、
「クロ長官代理は自己評価が低すぎます。これだから童…女性免疫を醸成できていないお子ちゃ…殿方は…」
スセリは嘆息。クロの真横に腰をおろす。
「隠せてないからッ! 包んでッ! もっとオブラートで包んで! グルグルに包んでッ! 傷つくから桜桃はシェリーだからッ! もっとリトルガールな感じで優しく接して?」
怒涛にツッコむクロに、
「シェリーの特徴ですよね長いツッコミ…」
スセリは追撃。ここでコーヒーを一口すすり、
「クロ長官代理との距離感なんてわかるわけないじゃないですか。スサさまに似ていて、凄くお強いのは先刻のでわかりましたけど、それしか知らないんですもの。それにあのお爺ちゃんや御婦人は何者です? 突然、ヤソの全部を大練兵場に召還したりして」
同性相手には、しっかりと言葉を選びクロに尋ねる。まったくのごもっともにコーラを一口。
「俺はナキとナミの最初の神子さ。兄貴面するつもりはないが、三貴子やカグチの兄だよ。もっとも精神年齢は、向こうの方が上なんだろうね。俺は冒険もしてないし、恋も仕事もしてないし、家庭も築いていないもの…」
少しだけ寂しげにクロは微笑う。スセリはゆっくり情報を咀嚼し、
「これから追いこせばいいじゃないですか…」
クロからコーラの小瓶を引っ手繰り、コクリと一口飲むと突き返す。
意図に気づいたクロは瞬時に赤面。転瞬、意を決し、ギュっと目を瞑ってコーラの瓶に口をつけようとして間抜けな形のタコ唇のまま滞空。
「冗談ですよ…ほら缶持って…」
そう言って、間抜けな唇に缶コーヒーを押し付けると、
「ダイコー。これ気に入りました。缶コーヒーと交換しましょう」
スセリは腰をあげて立ち上がりクロにそっと背を向ける。クロはポカン。忽ちお顔が真っ赤にボッ。そんなクロへと大人の女は、
「ヤッベ、総隊長の言うとおりじゃん。チョロいぞこいつ…」
問題発言。
「あ、照れ隠しで~す」
すかさずに偽装。声にも言葉にも抑揚はない。
「せめて隠してッ! 大人の階段はゆっくり昇らせてください。お願いですからッ!」
クロは涙目で懇願。悪女は、
「ダイコー。ダッシュ~」
スパルタ。スパルタな小悪魔は、エスコートするべきVIPを置いてスタスタと先を行く。きっと照れ隠しに違いない。
「どうする? このまま朝チュンとかいっとく?」
いや違うらしい。
ロビーで唸るスセリをよそに、クロは異変に気づく。足早にスセリを追いこすと、
「スセリ。さがりなさい」
矢面に立つや下知。
「ほう。長官が戻ったと思えば他人の空似か?」
「お客さまは、どちらさま?」
クロは問う。褐色な肌をした獰猛な笑みの似合う長身美女へと。
褐色な肌に似合うクリームな白を基調としたスーツで、シャツの色はダークなブルー。一見して出来るキャリアウーマンだ。
「失礼。わたくしはこう言う者です」
褐色の長身美女は懐から名刺入れを取り出し、ビジネスマナーにのっとり提示。
「ご、御丁寧に…」
クロもビジネスマナー講習通りのお手本な受け取り、あいにく名刺は持っていない。
「えぇとチヨさんですか? 神爪はハツカと、またまたぁ~。トツカの間違いでしょう?」
「さあ、いまはどうでしょうね? なんせ千年前にこちらに移住する時に測ったキリですからねぇ。当時のふたつ名は、ハツカの亥でしたかな?」
長身の美女は、獰猛な笑み。
「今の通称はビッグボアですか――ご用件は、戦争ですか? それとも交渉ですか?」
クロは平静。長身の美女がビッグボアだと知れるや、懐のガンホルスターから銃を抜こうとするスセリを右手に制し、
「ハッカイィィッ!」
チヨへと跳び蹴りを繰り出すウカノを、
「ウカノ。ステイ」
言霊に制する。ウカノはペシゃんと床に張り付き、
「あなたと戦争には、手駒が足りない…ここは、着任のご挨拶としておこう…」
「現状の暴露を手土産とは、御丁寧に痛み入る。スサノオ長官の代理の――」
クロは不敵に笑み、
「クロです」
自身の名は恐ろしく小声で告げる。
「「うわぁ、声、小っさ」」
と、ふたり。少しばかり非難のこもった恨み節。
「それにしても長官に似ていますね。ご兄弟なのかしら?」
チヨは微笑い、
「立ち話もないでしょう。こちらからもお話がありますし」
クロはいざなう。そして有耶無耶。
「「誤魔化した」」
ふたりは小声でヒソヒソ。
「うっさいよ。お客さまの前なんだからシャンとしなさい」
クロはピシャリ。
「「ちぇ~。怒られちった~」」
ふたりはシュン。思わずに、
「あっはははッ!」
チヨは吹き出し、
「失礼。創設当初の八十神隊を思い出してしまいました」
すぐに弁明。
応接室の扉に手を翳し、
「どうぞ。お好きな席へって囲炉裏かよッ?」
目にした光景にクロはツッコミ。
「ハッカイ。ここは土足厳禁だ。パンプスは、そこの下駄箱に入れておくといい」
ウカノはアナウンス。クロをスルー。
「ヤソ5を歩哨に立たせます」
スセリが扉脇に備えられた内線に手をかけると、
「事を荒立てるつもりはない。ふたりも上がりなさい」
クロは制し、スニーカーを脱ぐと、囲炉裏の間にあがる。そこでふと、
「すみませんね。こんな普段着で」
自身の格好がTPOを弁えていないことに気づき、素直に詫びた。
「訪いもなしに来たのは、こちらですよ。かまいませんよ。長官代理殿。あらためまして、イナバの土地神取り纏めのチヨと申します。もとはタカマノハラのアマツカミ。亥の化身です」
ご挨拶をするチヨに、
「ダイコー、キョドらないの? こいつ大概美人さんじゃん。ボンキュボンじゃん」
スセリがポソリ。すかさずクロは、
「いっ痛ぁ~ッ!」
強めのデコピンをスセリの額に叩き込む。
「すみませんね。ウカノが甘やかすから躾がなってなくって。あ、自分が就任したの今日ですからね」
クロはジト目をふたりに貼りつけ、
「イズモの方針自体は従来の踏襲をしようと考えております。つきましてはチヨ殿にもご協力を願いたい。もちろん、無償とは申しませんよ」
挨拶には触れず、交渉に入る。
「対価になにを提示していた――」
「温泉です。チヨ殿の眷属さんたちにもご利用可能な温泉を対価のひとつに考えています。いいですよ温泉は――」
言葉を被せて、有益なことだけを一方的に伝える。卑怯だとは思う。卑怯でも諍いが止むならそれで良い。クロはそう考えていた。が、
「温泉の効能、健康面への効果はわかりました。デメリットの方は?」
チヨもそうは甘くはない。
「じ、地震とか、山火事とか、です」
小声で伝え、
「失礼。聞き逃してしまいました」
チヨは聞き返す。クロは考える。言い逃れと言い訳を。そして、
「自然災害ですね。これは人どもにチヨ殿を祀らせ、その畏れと敬いの威で、ある程度は抑制することが可能です」
「抑制できなかったら?」
「チヨ殿と眷属の皆さま方には、カクリヨ・アダシトコシヨに移っていただく。直接の被害はチヨ殿たちには起こりません。あなたたちを敬う人々には害が及ぶが、それこそが人の世であり、それに備えるよう導くことがあなたたち土地神の務めです。違いますか?」
咄嗟に思いつく。セールストークを。チヨはしばし黙考、
「条件があります。タカマノハラから同胞が密航してきて行方しれずになっています。その捜索に手をお貸し願いたい」
吐息をひとつ。クロの提案に妥協する。
「スサ殿とは違ったタイプの嵐の目ですね。クロ殿は。彼は備えに備えて向かって行くが、クロ殿は気がつけば諍いや問題に巻き込まれている。言わばトラブルメイカーです。あとスサ殿と違って小狡い」
呆れ気味な苦笑いにクロを評価するチヨに、
――全部、聞こえてるぅ? あとバレてるぅ?
クロはポーカーフェイスに冷や汗をタラり。
「お、俺だって準備万端に臨みたいよ。つか、俺ここに来たの昨日だからね? 身のまわりの準備もできてないですから!」
思わずに素。
「あら、それがクロ殿の素ですか――それでクロ殿。御助力は願えますか?」
「私どもでよければ喜んで。あと、イナバの地に地脈を喚ぼうと考えています。近々、イザナキと会談を開きます。チヨ殿にも御同席を願います」
「あたくしでよければ喜んで――なるほど、ご長男ね」
チヨは少しだけ素。意外な展開に事が解決に向けて動き出すことに、ウカノとスセリは思わずにポカン。
「有意義な初めましてでしたね」
やがて話は纏まり、クロはチヨをロビーまでお見送り。
「それでは温泉、楽しみにしていますよクロ殿」
チヨはヤクモの先に消え、
「ちょっとフォーマル揃えてくる」
クロは商業エリアへとエレベーターで昇って行く。
黄昏時に小料理屋ウカノに戻る。移動手段はもちろんニゲジョーズじゃなくて、ヤカミの操る四畳半リムジンだ。
「遅くなりました」
戸を開く。
「パパネェ~。ウカノ自信喪失ぅ~。慰めて~」
目にした光景に、
「間違えました!」
素早く引き戸を閉ざすが、
「間違えてないわよ。入んなさい」
もう遅い。野太いオネェな声音の持ち主は、
「ふんッ!」
閉ざされた引き戸を開くや、野太い腕でクロの首根っこを掴むや引き入れる。
「濃いッ! 濃いからッ! あんたゼッテー濃いキャラじゃん! 就任一日目で疲れたのッ! 歯ぁ磨いて宿題やるから、また来週にしてくださいお願いします」
クロは涙目に懇願、
「クロ~。自己紹介」
エベっさん、ジト目で督促。この濃厚カオスにかれこれ二時間は浸ってる。独りで逃亡は断固拒否だと意思表明。お腹の中はヤケクソに飲み込んだスプラッシュなソーダ水でタポタポだ。
「カグチの兄のクロだ。あんたはパパなオネェのオーゲツさんだな」
「初めましてお義兄さま。んもう、スサくんの顔してオーゲツさんだなんて呼んじゃイヤッ! オーゲツのネェさまって呼んで」
クロは諦め、
「そんでウカノは、なにに自信喪失してんの?」
オーゲツを華麗にスルー。身の丈は、クロより頭ひとつは背が高く、肉付きは3倍くらいは違うだろう筋骨隆々のゴリマッチョが、ショッキングピンクなフリルをそれはもうウザいくらいにあしらった着物をきている。そんな生き物の相手をするよりも、可愛い姪っ子の相手の方が重要だ。
「だって伯父御がさぁ~」
聞くまでもないが、ウカノの愚痴を聞いてやる。
「ウカノたちが均していたからだろう? 俺はきっかけになっただけだよ」
「ホントに?」
供されたレタスチャーハンを一口パクり、クロは頷き、
「それにしちゃ、時間かけすぎよねぇ?」
オーゲツは混ぜッ返す。エベっさんの目がドンヨリ濁る。布地なのに濁る。
「パパネェ~、ウカノ自信喪失ぅ~。慰めて~」
ループに突入。
「め、めん」
クロが本音を漏らしかけると、
「ヨぉガフレイルッ!」
エベっさん、割り箸を材料に加工したフレイルで遠心力を味方にフレイルビンタ。
「いッ痛ぁ~ッ! え、エベっさん、これ人に向けちゃダメなやつぅ!」
「あんた神さまでしょ?」
「ならばヨシ!」
頬をさすりながら、
「いいわけあるかぁッ!」
クロはヨガフレイルを没収。
「あたしも出るわよナキとの会談」
オーゲツは本題。クロはレタスチャーハンを一口パクり、シャキシャキに咀嚼し飲み込むと、キョトンと小首を傾げ、
「なんでさ。ゴリのネェさま?」
「カクリヨにも地脈を引くから」
シレッと答えるオーゲツに、
「今日の一連を仕込んだのおまえらか?」
クロはジト目で問い詰める。
「失礼ねぇ、仕込んだのはスサとヤマツミとカグチよぉ」
「入知恵したのは?」
「シキンとテラス。あたしじゃないわ」
ウカノは泣きつかれたのか眠っている。
「まぁいいさ。ゴリネェ、ウカノを布団で寝かせてやれな。てか、この娘、風呂入ったの? けっこう汗かいたよ今日? あぁ~、俺も風呂入りた~い」
クロは魂の叫び、
「帰ってすぐに入ったわよ。あんたも入ればいいじゃない」
オーゲツは悪い笑み。
「入らないよ。あからさま過ぎるし。離で身体拭きますよ」
クロは食器を片すと離に向かう。
扉を開くと、
「スサの姉のテラスだ。初めまして兄さま」
居る。服は着ているようだ。身体を拭いている最中でないことだけが幸いだ。
ツクヨと同様に二十代後半くらいの黒く長い髪をした凛々しい眦の美しい女神がクマサンパジャマを着て、ちょこんと正座をしてそこに居る。
「兄貴面するつもりはないよ。ナキとナミの子のアメノシタツクリシシオオカミウツシクニタマノミコトが命ずる、テラス。ハウス――それと俺はクロでいい。あと妹の裸でよろこぶヘンタイじゃねえ。おぼえとけ」
クロは言霊をフルパワー。
「に、兄さまッ! ご無体なッ! そ、添い寝だけ。スンスンとかしないからッ!」
フルパワーの言霊には、タカマノハラ最高神さまも抗えない。
「ず、ずるいぞ? ウカノはスンスンしたって言ってたぞ」
筋力に抗うテラスを、
「ウカノは姪っ子で、あんたは妹だろうが」
クロは扉の外に押し戻す。
「な、何年スサくんに会えてないと思ってる? 1スンでいいから!」
「新しい単位を作るな――おやすみなさいテラス」
ガシャンと扉は無情に閉ざされ、
「ちぇ~。ケチぃ~」
テラスの姿は母屋に消えた。
布団が敷かれて居ることにホッとする。クロは剣を投げ出し身体を布団に突っ伏した。瞼を閉じると睡魔が夢へと運んでくれる。きっと夢でも仕事は山積みに違いない。そんなことを思いながら眠りに就いた。
新しい単位は生まれない。