スサの輪 ~KUSHINADAHIME~
第二部完
飛翔鰐クエビコは、龍穴から少し離れた浜辺を、自動運転に疾駆している。強化腕部は収納済みの形状は、飛翔鰐と言うより竜の落し子に近い。
それにしがみつくように、クロと少彦名は乗っている。まるで、宙空に浮く竹馬にしがみついているようだ。竹馬の親友だから、まあ、いいか。少彦名の姿が、自分の腰丈ほどの少年に変わっても、クロは、少しも違和感を抱かない。勿論、少彦名自身も。
「クロー。こいつ、釣りとかできないかな?」
不意に少彦名、クエビコの強化腕部について提案。思えば移動手段に、強化腕部とは、これ如何に?――夢想枠に浪漫はない。使途もない。中2なだけだ。中二病の。
「せ、せめて推進力に使おうよ? 回転させるとかさ」
「クロール? クロだけに…」
「宙空を掻いても、んでも…」
中二病の使徒たるクロと少彦名は、夢想の使途に迷走中。
迷走するふたりが、龍穴に戻ると、
「はじめまして。大兄さま。ところで、この経費はなんですか?」
柳眉を逆立てニコリとスサ。天鳥船と、黄金の神威通貨についての説明要請のようだ。
髪をひと掻き、吐息をひとつ、
「まず、先に言わせてくれ…」
クロは前置き、みんなに向くと、
「ありがとうございましたッ!」
大音声に感謝を伝え、
「少彦名を喪失わないですんだ。みんなのおかげだ。本当にありがとうッ!」
ただただ、感謝を伝えるのみである。これには、
「兄さま…兄さまたちが、葦原中津国を救ったんだ――」
「礼を言うのはこっちだよ兄貴。そうだなスサ?」
みんなの方が堪らない。チグハグだった原生林は消失し、拓かれた土地では、人々が順当に文明を育てている。此方の姿に気づく者は人では、極わずかであろう。
「ありがとうございます。大兄さま…」
スサの言葉に被せるよう、
「ああ、俺はもう、おまえらの兄貴じゃねえ。正真正銘、兄貴面は出来なくなった。因果を換えるってのは、そう言うこった」
クロは淡々と事実のみを伝えていく。言霊の反動に神の爪の異能を喪失したこと。ナキとナミの子でなくなったこと。
淡々と語るクロに、三貴子は、
「「「措け」」」
異口同音。
「そんなことは百も承知だ兄さま――」
「俺らが、五十年なにも対策してないとでも?」
テラスとツクヨが獰猛に噛みつき、
「スセリはその気ですよ。大兄さま…因果が換わったのなら、ぼくと大兄さまは縁戚じゃない。抵抗もないでしょ?」
スサは、スセリの背中をトンと押して、娘となったスセリを推す。
スセリは、
「結婚するよッ!」
クロの弱点を見抜いている。
「返事ッ!」
そう、
「は、ハイッ!」
押しに弱いのだ。案の定、クロは条件反射。斯くして因果は再び結ばれる。ここで、
「あのクロさま…スセリって嫉妬と独占欲が、ハンパないんス。ですので…」
ヤカミ、言いづらそうにモジモジ。アナムチは嘆息、
「うちの奧さまは、実家の仕事が忙しいんで、長官代理にはあげません」
ピシャリと宣言。ピシャリと保護。ふとヤカミの髪が超短髪から、長髪に変わっていることに気づく。無駄に綺麗だな~と思うが、
「うん。要らねえ」
クロは即答、
「「酷くない?」」
ふたりは複雑、
「ミイから、おまえらを取り上げないよう頑張ったんだ。そんなことしたら本末転倒だろうが?」
クロは苦笑、
「クロさま、マジ、超旦那さま。ねえ、浮気…」
ヤカミは世迷言。アナムチ、スセリは、
「いっ痛ぁ~ッ!」
ヤカミの頭に本気の手刀。
「あげませんッ!」「させませんッ!」
そんな三人に呆れて嘆息しクロ。上空の龍を見据え、丹田に神気を落とし籠める。神の爪を喪失ったクロが神気を繰る姿を目にして、
「大兄さま」
「クロでいいよ。舅殿。特におまえは、そう呼んでくれスサ」
スサの呼びかけを訂正し、
「神の爪なんざ無くても研鑽次第で誰でも使える。勿論、人でもな」
クロは、シレっと情報開示。
「天地の根源、陰陽の理、万物の生成、太極の象り。ここに、陽の龍、陰の龍を鎮め、太陰太極を象るがのごとく、調和と均衡をもたらさんことを願い奉る」
祝詞を唱え、中空に祝詞を素早く書き上げ、スサに祝詞を唱えるよう促した。
「男を司りし陽の龍よ、汝は天の象徴、力と光、創造と発展の源。その力強き活力を、万物の成長に注ぎ込み、活気と繁栄をもたらし給え」
スサが祝詞を唱え終えると、次はスセリに祝詞を唱えるよう促し、
「女を司りし陰の龍よ、汝は地の象徴、静寂と深遠、受容と滋養の源。その優しき活力を、万物を包み込み、安寧と休息をもたらし給え」
スセリが祝詞を唱え終えると、
「陽の龍と陰の龍、二つの活力が織りなす太極の象り。相反互助補完し調和を生み出す象徴。太極の象りのごとく、陽と陰、光と闇、生と死、万物二対の理、陽の龍に陽中陰、陰の龍に陰中陽、双龍は互いを刻み、互いを求めん」
クロは祝詞を引き取り、
「陽の龍、陰の龍、太極の象りの力、ここに集い、万物に調和と均衡をもたらさんことを、切に願い奉ること畏み畏み申しあげる」
結ぶ。結び終えると二対の龍は互いの尾を食らい、やがて、宙空に太陰太極の象りが浮かび、龍穴からは、温泉が湧き上がる。
「ヒルコは海に流れた…それでいい…どう呼ぼうとおまえらの勝手だが、できれば近所の兄ちゃん枠でお願いしたいね…」
一仕事を終えたクロは、そう言って男湯の脱衣所に消えた。
身体の垢を綺麗に洗い流し、湯船に浸かると、
「行くんだろ根の国」
先客にポツリと尋ねる。因果ふたつ分は、余剰になる。少彦名と自分だ。帳尻を合わせる為に、
「ああ。母さんも寂しがってる」
ナキが葦原中津国から去るのは、妥当な措置だ。
「ひとつ伝言を頼むよ」
「ウツシ。因果が切れても、父さんも母さんも、ウツシの親はやめていない。やめたりしない。やめるもんか」
とても大事なことなのか、三度繰り返す父に苦笑し、
「じゃあ、伝言だ。因果が切れれば、俺をモデルにする分にはかまわねえ。でも、その代わり、あいつらは、誰一人とて根の国にやらねえ。そう事実婚に伝えといてくれよ当事者」
不敵に宣して、関係を維持。やっぱり、良い子ではいられない。これが自分たち親子なのだと得心する。
「ウツシ。事実だけど父さんと母さんに、黒歴史は酷いと思う」
苦言する父に、
「黒歴史の後始末が、これですからね? 自覚してくれません父上?」
スサの葦原中津国への天下り、自分の顕現、因果の書き換え、この一連の事件の根底にあるのは、ナキとナミの順序違反。それである。我が子を一人も見棄てぬ姿勢は、頭が下がるし、感謝もしているが、その原因は、順序違反なのである。分が悪いと判じ、
「それにしても、ウツシは、お兄ちゃんだね。同人誌のモデルを受け入れるとは…」
話題を変える。
「俺はスサに取り込まれ顕現できた。云わばスサの鏡像複製だ。さすがに因果の…」
自信満々に宣うクロに、
「ウツシ…母さんだよ…」
ナキは遠い目をして、言葉を被せた。
「と、父さん。伝言変えて…」
今更に気づいても、
『腐腐腐。ショタ(女装)×ユリに…Mショタ×Sショタ(女装)に…やっべ、ご褒美かよぉ~』
遅すぎる。盛況に沸く腐女子に、
「母さん…スサの因果は、母さんに…」
『ウツシ。もう母さんじゃないの。ウツシは孫のスセリのお婿さん。そうねこれからは、大母?』
「孫の旦那になにするつもりさ? 聞いてる事実婚? スサと俺は…」
この親子、どこまでも、
「ウツシ。事実だけど…」
「「だから、当事者が言うなッ? なッ?」」
果てしなく喧しい。できたての露天風呂に、アンポンタンな親子喧嘩が木霊する。
★ ◇ ★ ◇ ★
喧しい親子喧嘩から少し離れると、
「エベっさん。ですか?」
少年は、ウカノとテラスから離脱を試みていた。
「違います。人違いです。少彦名です」
離脱を試みる理由は、
「1スンでいい。1スンでいいから?」
主にそれと、
「おお少彦名。あなたはどうして少彦名なの?」
それである。妙齢の女性と、見た目約三十代に躙り寄られるのだから、離脱を試みるのは当然だ。ふと気づき、
「ねえ。一昨日より、若返ってない?」
少彦名は、テラスの変化を指摘する。
「ふ、気づいたか。兄さまの眷属。テラス美容施術奥義。式年遷宮の効果だ」
眷属と言う括りに、少彦名はピキり、
「1スンでどれくらい戻るの?」
憶測に言質鎌を仕掛け、
「気づいたか? さすがは、兄さまの眷属。1スンのスサくん分で――」
「眷属じゃないし…スサ。おまえの姉ちゃん、物の怪かなんか?」
致命傷に、的確に心を抉って意趣返し。スサは、とても哀しいジト目を姉に向け、
「姉さま。ちょっと、お話ししましょうか…」
姉の襟首を掴んで少彦名から隔離。
「す、スサ? な、なにを…」
且つ説教開始。
☆ ★ ◇ ★ ☆
クロが温泉からあがると、
「大義兄さま。はじめまして。クシナと申します。スサさまの奧さんです」
長官夫人であるクシナに声をかけられる。太陰太極の象りの儀を済ませたことで、カクリヨとトコシヨが完成し、八雲に護られなくても実体を顕現させていられるようになったようだ。
「えっと、はじめまして。クシナ。と言うか、若くない?」
クシナの姿は、成長したウカノよりも幼い。三百年前に間接的に出会った時から、少しだけ背が伸びたくらい。十代後半少し手前と言ったところ。
「この方が、神鋼輝石に動けるんです」
「そっか。俺はクロってんだ。スサたちの元兄だ」
ここでツクヨ、
「じゃあ、ゲン兄な? コロクさまたちもゲン坊って呼ぶし」
軽快に呼び名を固定。クロは苦笑し、
「好きに呼ぶさ。それでクシナ。この感じって…」
温泉の周りに無数の屋台。そこにはカグチやヤマツミたちの姿もある。
「ゲン兄が決めたんですよ。温泉出来たらお祭りするって」
言うには言ったが、
「え、ちょっ、ちょっと待って? 俺、準備参加してないし?」
祭りは始めるまでが楽しい。勿論、祭りも楽しいが。出し抜かれた感に抵抗するが、
「今回は諦めてください。それでゲン兄、ちょっとお耳を拝借――」
抵抗するクロに、クシナはそっと耳打ち。
『スサさまを囲む会…こっそり地図に地名として記しません?』
『どゆこと?』
『スサの輪。スサさま、こう言うの頑なに拒否るんです』
それは、
『俺だってヤだよ』
それである。
『悪戯が成功したら、カクリヨを…』
これは、クシナ一人で決めたことではない。即座に直感し、辺りを見渡せば、オーゲツ、ヤマツミが獰猛にニヤリ。クロもニヤリ、
『おもしれえ』
小声で承諾。
「ウケイをしようぜ? 建速須佐之男命。俺が勝ったら、カクリヨは俺が貰う。俺がおまえをギャフンとさせたら俺の勝ち。おまえが勝ったら、俺が知ってる術、全部まとめて仕込んでやるよ」
クロはウケイを持ちかける。テラスの説教をピタリと止めて、
「今度は踏み倒しは認めませんよクロ」
獰猛に嗤ってスサ。ウケイを受けて立つ。
「別に今すぐじゃねえさ。今日は祭りを楽しもう」
クロは悪い笑みを湛えて、祭りの開始を促し、
「白兎小隊。御神徳反響障壁展開」
神州九州から合流してきたミモロたちは、タマモたちに下知。
気がつけば出雲中の神々が龍穴に集い、ところ狭しと犇めき、祭りを堪能している。
スサに説教をされた腹いせに、鬱憤を晴らすように、人々の愛と人生を讃える思出叙情歌を、
「美しい人生よ。かぎりない喜びよぉ。この胸のときめきをあなたにぃ~!」
小節を利かせて熱唱。陽射しが少し強まり、宙空のタマモたちは、
「暑くね? てか、あれ誰のオバサン?」
「ミイちゃんのオバサンに似てる」
「じゃあ、オバサンのオバサンだよ。てか、熱いッ?」
勿論、タマモたち白兎小隊の発言に悪意はない。オバサンいず友達の保護者であるだけだ。しかし、
――オバサンの中のオバサンだとぉ~?
言われたテラスには、KING OF OBASANに響いただけである。
――食らえッ! 愛の思出叙情歌最高出力!
斯くして、タマモたち白兎小隊は、日焼けする。
祭りが終盤に差し掛かる夕方になると、こんがり顔面黒少女の出来上がりだ。
任務を終え、ミイの保護者たちがタマモたちを称えるように迎えると、
「「「あ、ミイちゃんのオバサンたち。チャーッスッ!」」」
お行儀宜しくご挨拶。オバサンいず友達の略~。
「タマモぉ、日焼けには――」
「「「海水につかって渇かすといいのよ」」」
斯くして、白兎小隊たちは嘘情報に悲鳴。
「「「大人げないよ? おまえら?」」」
男子たちは女子を非難。クロは草薙剣で蒲の穂を一閃、
「川で身体洗って、そこで転がんな」
少彦名は、タマモたちに応急手当を施した。
これが世に伝わる『因幡の白兎』の真実だ。
ダイコクさまを主人公とした物語は、これにて一応の了とする。えっ? ゴズは? 勿論、ゴズを探す物語は続いている。主人公がクロから他に代わるだけだ。だから、この物語に結びの言葉は特にない。結ばれていないから。
ー了ー
次から主人公が交代します。




