ラの音ちょうだい。 ~MIHASHIRANOUZUMIKO~
アメノシタツクリシシオオカミウツシクニタマノミコトは。
龍穴の入り口に降り立ち、草薙剣を抜き放ち、
「アメノシタツクリシシオオカミウツシクニタマノミコトが命じる。神剣、草薙剣を鍵とし、汝が眠り揺り起こさん」
祝詞と、言霊を最大出力。
「「天叢雲な」」
ツクヨとヤカミは異口同音。
「「カクアレでいいじゃん」」
テラスとオーゲツも異口同音。
「うっさいわ! あんの意味が! 神力でゴリ押しすんなや脳筋共ッ! あと、長いわ! 天叢雲ッ!」
クロは外野をピシャリとし、草薙剣を一閃、虎口を開くや、龍穴の内に踏み入った。
蒸せ返るような活力に、
「うっさいわッ!」
一喝と草薙剣の一閃に押し戻すクロに、
「「自分だって脳筋じゃん」」
脳筋共は、ジト目を貼り付け異口同音。
「ゴリネエ、俺の因果を書き換える。力を貸してくれ」
ジト目のオーゲツ、吐息をひとつ、
「流れ司る偉大なる力よ、我の前に因果の扉を開け。時と今が交錯するその扉、我開かん」
言霊を紡ぎ、手印を切る。重厚な扉が顕現し、僅かな隙間からは、得体の知れない靄が滲んでいる。
「テラス。神の爪の封を解いてくれ」
クロが頼むと、
「カクアレ」
テラスが脳筋な祝詞に封を解き、クロの神の爪が鈍色から青白い光を帯びた色へと変わる。全身を駆け抜ける神力を丹田に鎮め、右手に剣印を結び、指先に系図を書き上げ、
「これでヤカミは、俺の姪。ツクヨの娘だ」
ヤカミの系線とツクヨの系線とを、クロを起点に強引に書き換える。書き換えた系図を剣印に撫で、
「テラスにツクヨ。後は任せたぜ」
因果の扉を開き、系図を扉の内に押し退け、因果の扉をくぐり抜け、
「「OK任された」」
扉の先に消えたクロに向けて、二人は獰猛な笑みを湛えて応えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
神州九州にて、ひとりの影、
「クロさま?」
早朝の稽古を励むイワノは、手を止め、クロに向かって手を振った。手を振るイワノに気づいたのか、
「イズモの八十神隊の者ですね? ぼくの名は、スサノオと申します」
クロかと思われた人影は、スサだった。イワノは硬直、忽ち、平伏。
「そう言うのは不要です。神州九州での件は父から聞いています。派手にやったようですね…ぼくの名で…」
少し、怒っているようだ。昨夜のうちにスサは、神州九州でのことを聞き込んだようだ。曰く、
――スサノオってのは容赦がねえ、ソミンを亡ぼしちまった
曰く、
――スサノオってのは気前がいい。黄金の大判を五枚もポンと出しやがった…
曰く、
――スサノオてのは義侠だ。弟のために剣を…
ここで、
「ぼく、弟も妹もいないからッ! 末っ子ですからぁッ!」
苛立ちに咆哮。イワノはビクリと肩を震わせ、
「あれ、クロさま? 今日は早いッスね」
能天気なヤチホコに、
「ねえ君、そのクロさまは、今どこにおわします?」
般若な笑みで問い質し、質されたヤチホコは、
「え、俺の目――」
指さし答えようとするヤチホコを、イワノが強制平伏させ、
「スサさまッ! 長官代理は、イズモに帰還していて、ソミン拠点にはおりませんッ!」
簡潔に情報共有。状況を把握したヤチホコは、ただただ平伏。そんなふたりに、スサ、
「ぼくは君たちに怒ってません。クロにお話があるだけです。おもに黄金の神威通貨について詳しく。おもに天鳥船について詳しく…」
諭すように標的を伝える。スサは、無駄を嫌う吝嗇なのである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
焼き石の罠に、木股の鋏を草薙剣の一閃に振り払い、
「おまえらさ、猪突猛進も、いい加減にしろよな?」
ヤソ8の連中に苦言。
「だ、誰?」
尋ねるヤカミに、
「誰でもいいよ。通りすがりの長官代理だよ」
クロは、ヤカミを庇うように覆い被さっていたアナムチを引き起こし、
「こう言う時は、抱えて跳ぶんだよ。こう」
ふたりを抱えて宙空に跳ぶ。
「まず、自分で自分を守れアンポンタン」
ここは因果の扉の内側だ。過去か、あるいは別の世界かはクロにはわからない。恐らく前者だろう。
地に足をつけ、ふたりを下ろし、
「明日になれば俺が来る。それまで余計なことすんなやアナムチ、ヤカミ。おまえらが倒れて、悲しむのはミイやスセリやサシクニだ。それを忘れんな」
ピシャリと説教すると視界が歪み、クロの姿はその場から消え、
「…クロ…さま…」
歪んだ因果に、過去のヤカミと、
「…長官…代理」
アナムチは、因果の薄れるクロを繋ぎ止めるように、過去に知らないはずの名を紡ぐ。頭に浮かんだ故は、未来からの呼び掛けによる、過去と未来の同調だ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
また場所が変わる。薄暗い森の中。少年少女の怒声が鳴り響き、
「はい。ケンカしなーいッ!」
ウカノとジョーカの首根っこを押さえて、ピシャリとクロ。
これも過去だ。
「誰です! ウカノをウカノと…」
「知っての狼藉ですよ。ウカノ。ジョーカ退きなさい。そして、認証鍵つけ忘れてますよ創造主と伝えなさい」
ジョーカを解放し、
「はい、おまえらはサシクニに預けます。計画性を学びなさい」
幼きヤカミたちにはピシャリ。言霊で退散を促し、
「ウカノは、ツクヨや七代に頼りなさい」
暴れるウカノにピシャリとし、
「は…い…伯父…御さ…ま…」
ウカノがクロの因果を掴まえると、クロの姿は忽ち消えた。
★ ☆ ★ ☆ ★
変えた因果が、動き出す。
テラスとツクヨのふたりが、獰猛に応えた先に答えがある。スサの前で平伏していたイワノとヤチホコの眦が、鋭く変わり、平伏を解いて立ち上がるや誘う。
「「スサ長官。此方に」」
どこか、あどけなさの残る、いつもの能天気音声でなく、
「兄さまの因果を結ぶ。手伝いなさいスサ」
まるで、本気を出した時のテラスたちのような鋭くも威厳に満ちた声音で。
テラスの突然の登場に、
「姉さま?」
スサは、少し動揺。テラスの隣には、五十年前に別れた時から、大いに成長したウカノがいる。容姿は二十歳そこそこといったところだ。術で偽装しているわけではない。
「う、ウカノですか?」
「お久しぶりでございます。叔父上さま」
研鑽を積んで、成長したのだ。
「クロが妻を努めるに能うよう。精進して参りました。御始祖さま」
そこには、幼い少女だった、六世代目の孫娘である須勢理姫の姿もある。そこに、
「スサ長官。此方を。クロ長官代理にお届け願います」
ミモロは、上司であるスサに、飛翔鰐型式番号QV-SP1クエビコの運搬を依頼する。出雲八重垣八十神隊のモットーは、適材適所と研鑽だ。そこに忖度の居場所はない。
「龍脈が暴れだしたぜ! ミモロさんッ!」
新型の飛翔鰐に跨がるタマモが、宙空から情報連携。飛翔鰐に特攻飾りは、付いていない。
「タマモたち白兎小隊は、宙空で待機だ。いつでも御神徳反響障壁を張れるようにしておけ」
「了解」
そこには、歴代のどの八十神隊にも劣らない、いや、歴代の集大成たる最精鋭たちがいた。
因果の書き換えを起点として、停滞していた五十年の研鑽を積み直したのだ。指導にあたったのは、テラスやツクヨたち。天下る時期をずらすだけだ。造作もない。
「任せておきなさいスセリ。オジジが出雲もみんなも、スセリのお婿さんも、神鋼輝石で護りますから」
現状を把握したスサは、獰猛に嗤うと、鋭くも頼もしい眦に請け負った。
★ ◆ ★ ◆ ★
因果を強引に書き換えたことで、クロの神の爪が淡い光を失くしてゆく。クロ自身が、神々の因果から弾かれたのだ。
エベっさんの身体が徐々に軽くなる。不安はある。それでも、ふたりは不安に言葉を紡がない。ただ、目を瞑り、互いにコクりと首肯し目を開く。
目を開けると、眼前に大海原が広がっている。手を見ると透けていない。そこに、
「母さん」
ナミと、
「父さん」
ナキ。
ナミとナキは実体だ。肩のエベっさんが、ポトリと落ちる。動かない。
「一言だけ言わせてもらっていいかな?」
ふたりに向き、ポツリと言うと、
「「じゃあ、一緒に言おうかウツシ」」
優しい笑みを湛えて、ふたりは提案。
「生んでくれて」「「生まれてくれて」」
みっつの口は、
「「「ありがとう」」」
異口同音。
大海原に嵐が起き、波が崖をうち、風が波を凪ぐ。
「アメノシタツクリシシオオカミウツシクニタマノミコトが命じる。神剣、草薙剣を鍵とし、汝が因果を書き換える」
最大出力の言霊は、少し出力が足りていない。
――ナキとナミの神子
これが弾かれた因果では使えない。もう、ふたりの神子ではない。
嵐が止まない。風が強まり、ここでナミ、
「へい。ナキ。ラの音ちょうだいラの音」
ギターを取り出し、音質調整。
「OKナミさん」
ナキはピアノをポロン。しかし、
「シの音じゃなくてラだよラ」
ナミが不服を言うと、クロは嘆息。
「アメノシタツクラシシオオカミウツシクニタマノミコトが命じる。神剣、草薙剣を鍵とし、汝が因果を書き換える」
わかりやすいヒントに、最大出力の言霊を言い換えた。
嵐は止み、エベっさんの脱け殻を拾い上げると、因果の扉の外にいる。龍穴に眠る龍が目覚め、龍穴から龍脈を駆けめぐる。
ツクヨにエベっさんの脱け殻を預け、
「悪」
ポソリと頼んで、その場を離れた。
「く、クロさま」
「そっとしといてやれよ…」
ヤカミを制してツクヨ。制すツクヨを振り払い、
「できませんッ! 最後の最後まで、八十神隊は、足掻いて、それで変えてみせますッ!」
「みせますじゃねえ。変えるんだ。決定事項だ。そうだろ奧さま?」
アナムチは、ヤカミを伴いクロを追う。
★ ◆ ★
神州九州の龍の頭に、スサとスセリ。視線の先にクロの姿を認めるや、テラスに貸与されている天之尾羽張を引き絞り、
「シャキッとしなさいッ!」
大喝に吼えるや、撃ち放つ。スサの隣にいたスセリの姿が転瞬に消え、因果の消失に動けぬクロの隣に現れ、草薙剣を抜くや、脳筋な一閃に迫る矢を撃ち落とす。
「……」
クロは、ただ動かないのではない。因果の消失で封じられた異能を今の自分に最適化しているだけだ。
「ウケイをしましょう御始祖さま。クロが目覚めるまで――」
「八十神隊がスサ長官の研鑽を凌げば、八十神隊の勝ち。スセリの因果をスサ長官に直に結んでもらいます」
スセリとヤカミの挑戦に、
「ぼくが勝ったら?」
スサは獰猛に嗤って問う。
「「負けるつもり微塵もないから設定しないッ!」」
ふたりの女神も、獰猛な笑みを湛えて、我が儘を押し通す。
スサは転瞬に矢を連射。八十神隊は、難なく矢を凌ぎ調整中のクロを護り通す。
矢は囮。足元に無数の蠱毒が犇めくが、
「「させねえよ」」
アナムチとハラシコが、防ぎきる。アナムチは、
「ねえ。いま最高潮って知ってる?」
ジト目をハラシコに貼りつけ苦言。ハラシコは中年親父衣装を装備したままだ。頭髪の薄い鬘の頭頂部の煌めきが、哀愁を漂わせているが、
「総隊長見つけんのにいるんだと…」
どうやら理由があるらしい。ハラシコは、暗く濁った瞳で虚空を見つめている。うん。怖い。
剣印を結び、系図を書き、スサはスセリの因果を自分の子として書き換えた。
「アメノシタツクラシシオオカミウツシクニタマノミコトが嫡妻、建速須佐之男命が子、須勢理姫が命ずる。汝が因果を我が夫に結ぶ」
クロは、まだ目覚めない。ヤカミはアナムチに接吻、
「妬くなよ旦那さま」
ポツリと置き、置かれたアナムチは、豪快に笑い、
「妬くかよ奧さま」
ヤカミの背中をポンと押す。
「アメノシタツクラシシオオカミウツシクニタマノミコトが妻、月読尊が子、夜火美比売が命ずる。汝が因果を我が夫に結ぶ」
クロの因果は重くふたりがかりでも、ここでウカノ。剣印を結び、系図を書きスサの因果に自分を結び、
「ヤカミにスセリ」
短な下知。
「「三貴子の子が命ずる。汝が因果を我が夫に結ばん」」
クロが目覚め、
「スサ長官ッ! クエビコを起動してくださいッ!」
ハラシコは、罰則帽子をクエビコへと全力投球。円盤のようにクエビコの元へと帽子は飛び、捕獲した飛翔鰐クエビコは、目覚めたクロのことを強化腕部で掴まえるや、猫掴みのままに全力疾走。
そこにいる。スサの少年時代のような容姿の少年が。思わずに、
「小さ」
クロが口ずさむと、少年は、
「ヨぉガフレイルッ!」
手にしたフレイルでフレイルビンタ。クロが発した『小』の字に『ノ』がビンタで刻まれる。
「無事終わったぜ少彦名」
「ヒヤヒヤさせんなよ相棒」
クロと少彦名は、パチンと手を打ち合い、泣くように笑った。
アメノシタツクリシシオオカミウツシクニタマノミコトは、誤字じゃなくて伏線なんだからね! 伏線だったんだからね! ←こんなんが多いです。




