蘇民将来子孫也 ~OHMONOMOCHI~
シュミレーションとシミュレーションって間違えやすい。脳内で妄想するなら趣味じゃん。シュミレーションじゃん。
溜まっていた事務仕事を、淡々と関係部署に割り振り、昼時にランチデートだ。伊達に脳内逢引を重ねているわけじゃない。クロの中の脳内彼女は伊達じゃない!
店内は、エキゾチックな香辛料の香りが漂い、カラフルな布や亜熱帯テイストのインテリアが目に飛び込んでくる。窓際には、観葉植物が飾られ、陽光が差し込むことで、温かみのある空間を作り出している。
「辛い?」
クロは尋ねる。
「あたし、辛いのダメなんですよね」
スセリの一言にクロは轟沈。脳内彼女との脳内逢引は、伊達だったようだ。
スセリは、残ったグリーンカレーをスプーンでくるくると混ぜながら、静かに言った。
「クロは、いつも面白いから楽しいんだけど、たまには、あたしのことを、もっと考えてくれると嬉しいな…」
率直なダメ出しにクロはしょんぼり、そこで、
「出会って二日目ですが?」
気づく。揶揄われているのだと。
「そうですね。二日目です。情報の少ない相手にエスニックは悪手ですよ?」
グリーンカレーをパクリと一口して悪女。辛いの苦手はどこへやら。
「手厳しいですね。肝に命じておきましょう」
クロは嘆息、トムヤンクンを一口スルリ。ここで、
「あらぁ? 情報の少ないお相手と逢引のご予定が?」
地雷を盛大に踏み抜き、ビクリと肩を震わせる。スセリの瞳は嗜虐的に煌めいている。
「かい、会食とかぁ?」
「あ、仕事の話でしたか。スセリってば勘違い…」
コテンと小首を傾げて、コツンとテヘペロ。クロのトムヤンクンにスプーンを伸ばして一口スルリ。グリーンカレーをスプーンで掬って、クロの口元に、
「はい、あ~ん」
をする。この逢引は、スセリがクロを圧倒している。クロがパクリと一口あ~んをすると、
「あっ、間接キスですねあ~ん」
小悪魔は、爆弾発言。忽ち、クロは赤面し、スセリは返すスプーンでトムヤンクンを一口スルリとして、
「ま、いいですよねクロ?」
周囲の女子を牽制。じつにシタタカ。ホント、辛いの苦手はドコ行った?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
神州九州のコタン拠点では、
「ゴズ?」
ニタマが情報収集をしている。ここの住人である怪異や仙人は、イズモヤヱガキを武塔と呼んでいるらしい。確かに神州九州からでも、その威容がわかるほどの巨大な建造物だ。その武塔から来た神さまだから、武塔神。コタンの住人は武塔神を警戒している。クロと組合長とのウケイの場に居なかったニタマやモノモチのふたりは、コタンの住人たちに顔が割れていない。小太りなふたりは、特に警戒されることもなくコタンに溶け込み、『牛』について情報を集めることに成功している。この小太りなふたりが、じつは機敏な肥満体だとは誰も思わないわけだ。一方でミモロは、服装を変え頭にバンダナを巻いて市井に隠密しつつふたりを観察していた。
「そう牛頭だ。えらい怪力で気性が荒いやつらしい。武塔から流れてきて牛と言えば、あいつをおいて他にいねえよ」
神威通貨でなく、塩の小袋を情報の対価として小机に滑らせニタマは席を立つ。情報収集の基本は、質でなく量だ。量を集めて整合性を取得する。尚且つ、此方が探索している痕跡を可能な限り消す。
「ふぅーん。危ねえやつだなぁ~、ところで兄さん、乾貨の出物について聞きたいんだが――」
今度はモノモチが、銀貨を小机に滑らせ、話を有耶無耶に濁す。商売の話が入れば、忽ち雑事は霧散するものである。それをミモロは端から観察し、
――なるほどね…
火酒を熱い珈琲で割ったものをチビりとひと舐め感心する。思えば仲間内のことでさえ、曖昧にしか把握していない。ふたりの意外な一面をひたすらに吸収しようと観察する。
★ ★ ★
禹歩での特別訓練を受け終えた、ハラシコとイワノのふたりは、
「「……」」
灰塵となっている。それはそれは真っ白な灰塵になっている。
気づけば日は傾き、
「全員整列ッ! グズグズするなッ!」
定時報告の時間である。チヨは手早く結界を展開し、遊撃小隊メンバーを点呼で確認。欠員はないが、ヤカミ遊撃小隊の表情は暗い。
ここにクロたちが合流し、状況と情報の共有が始まった。
「名はゴズ。臆病な力持ち、意外と気は優しい。ねえ」
ニタマとモノモチからの報告に、クロは腕組み。次に、
「怪異の拠点並びに、違法超過文明の都市に神罰を下して参りました!――」
アナムチ、すかさずにヤカミの矢面。ヤカミたちの面持ちは暗く陰っていて、
「そうか。対話が通じないんじゃ仕方がない」
クロは多くを尋ねない語らない。判断を委ねたのは自分だし、その判断は信頼するに価する。そうでなければ、彼らの表情は陰らない。ただ淡々と、
「恐らく難民の流入が懸念されますね。スセリ、組合長に連携を」
懸案を口にする。ソミン拠点近くの街を、オイジョーズの主砲で消滅させたことには、
「これは、組合長の言う通りに、イズモの怠慢が招いた惨劇です。移民希望者を野放しにし過ぎたツケです。反省は猿でもできます。ヤカミ、再発防止策の模索を」
落とし処をそれに定める。勾玉とされた子らには触れない。感情が判断を惑わせるからだ。
やがて、
「組合長。問題が起きた。ソミン拠点近くの人の街を神罰に粛清した。それは良い。恐らくソミン拠点から、コタン拠点への融和と言う名の難民流入が起こるだろう」
スセリに伴われて結界のうちに招かれたキテイたちに、状況と影響を簡潔に説明し、
「そこで長官代理からの提案だ。コタンを放棄して欲しい」
クロの提案に、
「ふ、ふざけんじゃねえッ!」
キテイは噛みつき、
「説明の続きを長官代理さん」
女将は、冷たな眦に促す。怒気に殺気が滲んでいる。身構えるウカノとチヨを右手を挙げて制し、
「正しくはコタンとソミンの交換だ。コタンは塩を、ソミンはこの街を。ただし、ソミンの難民がコタンに入れば、ここを封印する。組合長たちには、ソミン拠点の順当な運営を依頼したい」
一息に言い切って、腰の草薙剣を鞘ぐるみに抜くと、組合長に放る。
「コタンの文明を放置すれば、俺の弟のスサが死ぬ。弟一人守れない情けない兄貴は、斬られて死ぬのがお似合いだ。おまえが決めて良いぜキテイ?」
鋭くも哀しい眦にクロは問う。出会って間もない自分たちを全面的に信じて、これである。こうまで義侠を魅了つけられては、
「リィズゥ」
キテイも引き下がれない。妻に短な一言を投げると、黙って大振りの盃が放られる。酒を満たし、三分の一ほども残して干し、また酒を満たし、鞘ぐるみの草薙剣を放り返して、鋭い眦に促す。クロは盃を一息に干し、
「見返りは?」
「蘇民将来子孫也」
キテイたちに、子孫繁栄を約束する。神さまとの約束だ。存分に、
「「「よござすッ! コタンの全部を長官代理さまに預けやすッ!」」」
信ずるに価する。キテイたちは、大音声の異口同音に提案を快諾した。
クロの義侠振りに、アナムチはじめアンポンタンたちは喝采な眼差し、
――自己犠牲は嫌いです
こう言っていたのは、つい今朝方のことだ。なにかある――スセリはジト目、ジト目に気づいたクロとキテイは苦笑する。クロは、
「みんなに教えてさしあげて」
鞘ぐるみの草薙剣をスセリに託して、小声で顛末の解説を依頼する。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
イナバの先に疑似生命体であるニゲジョーズが一騎。小柄なミイには、少しどころか大き過ぎる。ウカノの愛騎だが、あと二点で免停になるのでオーゲツは取り上げることにした。それをミイに貸与したのだが、
「オーゲツ師匠。さすがに取り締る側の娘が、無免許運転は外聞が悪いです」
ミイは頑なに拒否、
「よくお聞きミイ。これは必要悪ってヤツよ。みんなの目を覚まさせるには、これくらいの衝撃が必要なの」
オーゲツは諭すが、
「おい。そこのおまえ、そうおまえだ」
ミイは折衷案を提示する。この辺りの怪異は、あらかたシメ上げた。顔を腫らせた怪異の少女は、その犠牲者だ。
「おまえが乗れ。免許は持っているな?」
少女な怪異は首肯する。唇の端が切れていて、喋ると痛いのだ。
「これで百鬼夜行の準備は整いました。オーゲツ師匠、この暫定案がミイにできる限界です。父さまと母さまに、これ以上の泥は塗れません。恥ずかしくて、お外に出せなくなります」
ミイは獰猛に辛辣。オーゲツは嘆息し、
「まあ、あとはウカノが戻ったらウカノにやらせるか~」
取り上げたその日に返すことに、幾ばくかのご不満を覚える。ここで、
「ウカノさん。ですか?」
「ええ、あたしの娘。あんたのママの姉貴分」
しかし、
「ミイは会わせてもらったことがありません」
シュンとするミイに、
「ウカノが怖がったんでしょうね。例えば、赤ん坊のあんたを抱き上げた時にギャン泣きされたとかさ。あいつビビりなのよ」
オーゲツは苦笑し、娘をフォロー。
「いいですかミイ。ミイはウカノに大人を教えなさい。ウカノからミイは子供を学びなさい。そんであんたたちは、ふたりから良い子を学びなさい!」
そう言ってオーゲツは、この日にミイがシメ上げた怪異の少年少女たちへピシャリと叱りつけてやる。死屍累々と横たわる少年少女たちの側には、違法な改造の施されたワニたち。少年少女の着ている服は、濃紺のツナギ。その背中には白いウサギの印影と団体名が印写されている。団体名はSHIROUSAGIらしい。ミイ独りに壊滅された団体である。いわゆる暴走族である。体制側の娘であるミイは、彼らをシメることに否やはない。
楚々としたお淑やかな中長髪の少女が、獰猛な笑みを携え、自分より少し上の世代の少年少女を平定せる情景は、ただただ、不条理だ。服装が両親が面白がって着せたであろう、背中に煌めく刺繍の入った煌めく上着と、田舎岩なミニと黒のスパッツなのが幸いだ。
「お返事は?」
ミイは獰猛に嗤う。死屍累々とする少年少女は、獰猛な笑みに怯えて、忽ち起立し、
「「「「ハイッ! オーゲツのネエさまッ! ミイちゃんッ!」」」」
大音声に良い子のお返事。今は、強制で良い。矯正と更正には時間がかかるものである。オーゲツは指をパチンとひと鳴らし。ニゲジョーズに跨がる少女が纏っていた特攻服は、ミイのサイズにリフォームされて、ミイのもとへ。バサリと風を靡かせ、ミイが特攻服に袖を通すと、その背中の文字は、
――暴走族死露兎初代総長夜火美威
とある。中々に中二病な文字の選択だ。うん。母の名を見つけ、ミイの眉間に深く不快な皺が刻まれる。
「行くぞ」
短な下知、団体死露兎のワニは、ミイの号令で、大音声な爆音をイナバの空に轟かせた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
神州九州に、機敏な肥満体たちとミモロとチヨを残し、クロたちは天鳥船に帰還。取って返して出航の準備に追われている。時間的猶予は、あまりない。草薙剣の顛末は単純だ。草薙剣はクロにしか使えない。キテイに渡したとしても神剣としては機能しない。つまりは硬い棒だ。手にした瞬間、キテイは気づいていたのだろう。同じくにクロの真意にも気づいたようである。貼りつくジト目に、
「うっさいうっさい。どつかれる覚悟くらいはしてたわ」
クロは開き直り、手を動かしながらに、
「自己満足な自己犠牲なんかしてたまっかよ。みんなも最後の最後まで足掻きなさい!」
ピシャリと締め括ると、
「組合長だっておんなじさ。無法者と融和なんてお断りなんだ。だって法律守らないもの。そうすれば、今日の都市みたいにコタン拠点が武塔神に神罰で消される。だけど、武塔神やソミン拠点に弱腰だとされれば、住民たちに不満が噴出する。不満抜きが要るんです~。正義マンごっこじゃ解決しないんですぅ~」
無計画となじって仕舞いにした。うん。子供かな? スセリは嘆息、
「総隊長殿」
制裁要請。獰猛にニヤリとして、
「猫衝撃拳!」
クロのオデコに猫パンチ。うん。あまり痛くはない。これも不満抜きだ。
「各位。自室にて休息を…」
ここで、イズモの空に、大爆音大爆音。異変に逸速くで気づいたのはウカノである。この爆音の中に、
「ニゲジョーズ?」
愛騎の排気音に気づくとは、
「伯父御さまッ! オイジョーズの発進許可を!」
さすがは神さまか。食い気味にせがむウカノに、クロはチラリとアナムチを見て、不承不承にアナムチは了承。
「緊急発進じゃあ仕方ないっスね。錐揉み飛行は、交戦時だけッスからね?」
すかさずに釘。コクりとクロが頷くと、ウカノは艦橋から脱兎。
「映像、投影します」
カワノがパネルを操作し、艦橋に状況が投影され、その映像を目にして、
「「「暴走族?」」」
多くの者が異口同音。一方で、
「し、死露兎」
ヤカミ、一方で、
「み、ミイ?」
アナムチ。アングリと口をあけて絶句する。黒の首口覆いで顔の半分は隠れていたが、そこは父親。見紛うわけもない。あろうことか、娘が主催者、
「あれ、あたしの特攻服じゃん!」
ヤカミは、自身の黒歴史が娘に知られたことに悲鳴に近い声をあげた。
ふむ。誤字が多いな。ふむ。




