ヲタサー王と頑固親爺 ~YAGOKORO~
会議は踊らない。意見と意見のぶつかり合い、と言うか、
『なんですか、あのカタカナ言葉だらけの講義は? あれじゃ受講生たちは混乱してしまいますぞ!』
「自分だって簿記言ってたじゃんか」
『簿記が正しいですね。長いので簿記でよいかと』
『あれは、貸借対照表が簿記の基礎だと強調するためですぞ?』
口論に近い。作戦会議室では白熱した議論を戦わせていた。モニターに映るチヨの背後では、ハラシコとイワノが、歩法の基礎である禹歩を高速回転するローラーの上で踏まされている。少しでも踏み間違えれば、
『『ギャン』』
強力な静電気が発生して、パチパチと無駄に痛い。踏み間違いの罰則に、小さな光点が、ふたりの耳朶に照射され、乱数静電気発生点が増加する。
『次はお望み通りに、卑猥いところに照射する。まずは上かな』
『あ、あたし望んでないから!』
『なら踏み間違えなければいい。ま、連帯責任だけどな』
ここでハラシコ悪い笑み、
『『ギャン』』
わざと踏み間違え、
『てめえ!』
『わざとじゃねえよ』
お望み通りに光点は、ハラシコの股間に照射され、ローラーの回転は加速する。
『……』
ハラシコは絶望に近い無言の叫び、
『キャン…も、もうヤダぁ…』
イワノ、耳朶を押さえて、少しばかり卑猥い悲鳴。そして弱音。
「イワノ。めげるな。禹歩を修したらデートしてやる。クロが」
エベっさんは、
「総隊長命令だ。拒否権は認めない」
強権発動。クロは苦笑し、
「イワノ。イワノの好きな食べ物を教えてください。そこに行きましょう」
飴鞭の飴になってやる。
『黄泉のホトリで焼鳥デート! 約束ですよ! クロさま!』
飴に燃え上がるイワノを目にして、スセリはジト目をエベっさんに貼り付け、
「カタカナ言葉を多用するのは意識づけだよ。正体不明の単語があれば調べるだろ?」
『それじゃあ迷子になると言ってるんですぞ!』
「予算編成って聞いてスセリは、どんなことを思い浮かべる?」
ジト目のスセリにクロは振る。突然、討論に巻き込まれたスセリは困惑、ここでエベっさん、
「励め」
悪い笑みで飴鞭発動。スセリは獰猛に笑い受けて立つ。
「予算編成とは、簡単に言うと、来年の組織の神威通貨をどう使うかを決めることです。まず、各部署の目標を達成するために、どのくらいの神威通貨が必要なのかを算出します。次に、イズモ全体の収益の見込みを立て、その範囲内で各部署の予算を調整します。予算編成の目的は、限られた資源を有効活用し、イズモの目標を達成することです」
しかし、
「事務方でこれだぜ?」
『ゆ、由々しき事態ですぞ! これはウツシの意見を採用しますぞ!』
クロとシキンは、スセリの説明に辛口評価。
「そうだろう? あと、寿限無みてぇな名前で呼ぶな。シキンのオッサン」
『ウツシこそ、八意の小父さまと呼びなさい』
そして、ふたりは平行線を引き、視線で交戦。思わぬ辛口評価に、スセリは心外、
「昔々、あるところに小さな組織がありました。この組織は、大きな夢を抱いていました。しかし、限られた資源の中で、その夢を実現するためには、綿密な計画が必要でした。そこで、組織は予算編成という名の地図を描き、夢の実現に向けて一歩を踏み出したのです。私たちも、この組織と同じように、大きな夢を持っています。この予算は、その夢を実現するための第一歩となるでしょう」
エベっさんは、比喩表現を用いて、予算編成の意味を説明してみせる。意味的にはスセリのものとおなじだが、
「あたしのと一緒じゃないですか」
『微妙に違うんですぞ。細部を理解しているかの差ですな』
「ここで、まさかの感覚派?」
「言い得て妙だね。まさに『『「Don't think. Feel.」』』が大切なのさ」
クロと講師ふたりは「Don't think. Feel.」を異口同音。
「まぁ、敢闘賞だね。クロ、飴ちゃん差し上げて」
「ハイハイ。飴ちゃん食べるかい?」
不服そうなスセリにクロは飴をあげ、
「ありがとうございます」
やはりスセリは、まだご不満。貰った飴を口に放り込みコロコロして、
「予算は…組織の血液であり…心臓である…」
スセリは、啓示を掴みかけていた。掴みかけのスセリに、
「スセリ。明日の遊撃小隊編成を。明日はアナムチをイナバの温泉工事に配置します」
クロはわざと負荷を掛けて啓示から遠ざける。こうすることで、多角的な視野が拡張り、感覚的に言葉の意味が捉えられるようになるからだ。
「じゃあ、講義で使う言葉の擦り合わせをしよう。とりあえず簿記は、簿記でいいよ。長いもの。オッサンもそれでいいだろう?」
『八意の小父さまでしょうウツシ』
「画面の向こうでピキっても怖くないもんねー」
クロは、赤ん目。しかし、
『ドーソか? 忙しい時にすまない。ちょっと遠隔会議に、そうだ。ゲンちゃんだ。なに? 直接…』
八意は不穏な発信。クロはと言えば、脱兎で作戦会議室から艦橋に向かうが、
「よう。ゲンちゃん。どこに行くんだい?」
むんずと、後ろ襟を鷲掴みにされ、身動きさえも封じられる。
「お、お久しぶりです。ドーソの小父さま…」
意富斗能地神。門を護る門戸の神さまの通り名は、道祖神。安全第一の黄色いヘルメットを被り、ヘルメットの下から覗く目はとても鋭い。古びた作業着は、無数の油汚れと泥跡で黒く染まり、体の一部のように馴染んでいた。大斗乃弁神、すなわちヒジキの夫である。
「ドーソさん。ここはヤソ関係者以外は立ち入り禁止ですよ?」
黄泉のホトリの常連客であるスセリとは、顔馴染みのようだ。
「こんにちは、スセリちゃん。いやね、八意から、ゲンちゃんが悪さしたって聞いてね。ちょっとポカリと叱りに来たのさ」
「はあ」
スセリはスルー。クロの救難信号を華麗にスルー。
「あ、諦めないで!」
「無理」
ひたすらにスルー。道祖神は、グッと握った拳骨でクロの頭をポカリ。愛ある拳骨は、とても痛い。道祖神は、いわゆる近所の恐い小父さんだ。
頭を抱えてうずくまるクロに、
「ゲンちゃん。よかったな」
武骨で短な言葉を投げ、ヘルメットを被り直すと道祖神の姿は現場に消えた。クロは涙の滲んだジト目をスセリに貼り付ける。
「えっと、ドーソさんとヒジキさんもJIN7でしたか…」
「うっさいよ薄情者…そして、ずりーぞ。八意の小父さん」
『道祖神もウツシに会いたかったんですよ。後で飲みに行ってやりなさい』
「夢でも仕事してんのに無理ゆうな。まぁ、時間を作って顔出すさ。さぁ、続けよう――」
講師たちの職員会議は続いて行く。スセリは傍らで遊撃小隊編成をしながら、予算について考える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこはイズモヤヱガキの八十神たちの宿舎。
一人の少女に、怪異が近づこうとしていた。少女の名はミイ。アナムチ夫妻の娘である。
「うちの末孫に、なに用ですか?」
近づこうとする怪異の肩に手を添える女性の名はサシクニ。ミイの祖母だ。が、違う。声も異能も。
「神鋼輝石突っ張りッ!」
戦闘スタイルも。神速に突き出される突っ張りの連打に怪異は勾玉と変わり、
「クシナさま?」
ミイは、いつもと違う祖母の中身を瞬時に看破。見抜かれた長官夫人は、
「バレちゃいました?」
ヘニャリと笑い、
「安心してくださいミイ。ミイもイズモも、オババが神鋼輝石で護りますから」
獰猛に嗤って、イズモに紛れ込んだ怪異たちに対峙する。
ミイの祖母と言っても、サシクニの見た目は、三十そこそこに見える。ミイに至っては十歳前後の少女だ。親子でも通るが、そこは神さま。仕方がない。
そこへ、
「あんた。無理すんじゃないわよ」
宿舎付近に侵入した怪異を掃討し終えたオーゲツが、嘆息しながら釘を刺す。
「お久しぶりです師匠」
「この子は、あたしらが護るから、あんたはヤクモの真ん中で養生してなさい。スサを悲しませるんじゃないわよ」
ヘニャリと笑うクシナに、また釘。
「大丈夫ですよぉ。サシクニは、玄孫ですからぁ」
「それでも、あんたはいざって時の保険なの! それが守れないなら神術解くからね」
ピシャリと叱られ、クシナは、
「ちぇー」
と、頬をふくれさせる。
「カクリヨが整備されるまでの辛抱よ。それまでは、ヤクモで寝てなさい」
オーゲツはパチンと指をひと鳴らし。サシクニの中のクシナを強制的に眠らせる。
「小父ちゃんは、誰ですか?」
「通りすがりのナイスオネエよ。お嬢ちゃん」
ミイは、ぺこりと一礼し、
「助けていただき、ありがとうございます。祖母からもお礼申しあげるところ、ちと無理そうです。後で父母共々、お礼にあがらせます」
うん。じつにシッカリしている。きっと周りの大人がポンコツなのだろう。
「お祖母さま。ふむ。クシナさまに身体制御を委ねて、少し疲弊していますね。ナイスオネエさま。祖母を家に連れて行くので…」
サシクニを小脇に抱えて、この場から去ろうとするミイに、オーゲツは嘆息、小脇に抱えられたサシクニを肩に担ぎ、
「頼れる大人も、たまにはいるのよ。お嬢ちゃん」
「それを信じて、何度裏切られたことか…」
ケッとミイは吐き捨てる。また、ぺこりと一礼し、オーゲツの厚意に甘え歩き始める。
「それを笑って流せるようになればステキじゃない?」
「時には辛辣にするのも優しさですよネエさま」
オーゲツは苦笑、
「さすがは、スサとクシナの嫡流ね。オーゲツよ。これからはオーゲツのネエさまって呼んでちょうだい」
あらためて名乗り、
「はい。オーゲツのネエさま。ボクのことは、ミイとお呼びください」
「あら。まさかのボクッ娘?」
ミイも名乗り、
「違いますよ。神楽の影響で、スサさまを真似ない子供は異端扱いです…早急に対処が必要なんです。それなのに…大人たちはぁ~…」
オーゲツの指摘に、現状の問題への不満を、忌々しげな吐息に滲ませ吐き捨てる。心のダムは転瞬に決壊、
「あたしだって普通に甘えたいわよッ! 頼りたいわよッ! 子供で居たいわよッ! どいつもこいつもスサさまなら~って、テメェでテメェを否定してんじゃないわよぉ~ッ!」
ミイの魂の叫びにオーゲツは嘆息。イズモの歪んだスサ狂熱を、全面的に否定している存在こそが、最もスサを色濃く継いでいるのだから皮肉なものである。
「オーゲツのネエさま。なにかが起きていることは、ミイにもわかります。怪異に三度も襲われれば気づきます。そこでお願いです。ミイから研鑽の機会を奪わないでください」
ミイは、ポシェットから勾玉を取り出し、獰猛に嗤った。現状に不満があれば、力ずくでも変えてやる。危うさまでもスサを継承でいる。力強い眦までもがスサのままだ。オーゲツは思わずにニヤリとし、
「おもしれえ。気に入った! ミイ。あんたはオーゲツの弟子にします。拒否は認めませんからね。戦わない勝ち方と、火の粉の祓い方を教えてあげる」
新たに与えられた研鑽の機会に、ミイの瞳は興味津々。初めて子供らしい表情をするミイにオーゲツは大笑い。
「よろしくお願いします。オーゲツ師匠!」
ミイは弟子入り。オーゲツはサシクニを宿舎の入り口におろすと、ミイを連れてヤヱガキの外へと繰り出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
遠隔会議を終え、作戦会議室にウカノと、ヤソ1の主要面子を呼ぶ。どのような食材があり、どのような調理技術が確立されているのかの確認だ。
ナキとの会談で饗応する際の料理の選定が、主な議題だ。料理と言えばウカノだが、彼女は自分の主張を前面に押し出すことがある。それは、
「伯父御さま。こ、これは…」
クロも変わらないのだが。皿の上には、薄くスライスされた筍の水煮に、チョコレートソースを纏わせている斬新な料理。と言うか、悪ふざけの産物。
「まあ食べてみましょう」
ナイフとフォークでパクりと一口。うん。不味くもないし筍の風味はチョコに消されていますね。残っているのは食感くらいで、無し寄りの有りですね。
「この料理は、三百年前の故事に因んだものです。本当は、えぐ味を抜いていない筍にチョコを纏わせたものです」
クロは、この料理の由来を説明する。
「これを食べることで、私たちもイザナキとイザナミのやり残しを、ワリカンで請負います。それを地脈を喚ぶ条件とするつもりです」
ここでひと呼吸、
「ここが重要です。皆さんはエグい筍を食べたいですか?」
とても重要なことを問う。
「え、ヤに決まってんじゃん」
「なんで、そんなことをするんスか?」
返された反応は至極当然。ここで一呼吸。
「イザナキ――父は、そう言うのを共有したがります。一言で言えば、父は熱血なんです」
クロは言い切る。ナキの特徴を、ナキを父だと言葉に乗せて。
「カグっち。弟のカグチもその傾向にあり、甥のヤマツミもおなじです。言いたいことはわかりますね?」
クロは悪い笑み。主要面子から答えを引き出そうとしている。
「演じれば良い――つまり欺けと?」
スセリが口にすると、
「伯父御さま。ヤマツミのヤローはともかく、カグチ伯父御にそれは…」
ウカノが諌めると、パンパンとクロは、かしわ手ふた叩き、ウカノの前に同じくチョコレートコーティングな筍が供された。
「百聞は一見です。ウカノの気持ちもわかります。それでは事前に食べておけばいい。大丈夫、私も食べますから」
ウカノは恐る恐るにチョコの子を切り分け、クロは一息にパクり、スセリはジト目。ウカノもパクり、
「「いッが! お口えっぐッ!」」
ふたりは悶絶。ウカノに水を渡し、クロの耳朶で、
「お芝居が上手ですね。黙っていますから、デートしましょうクロ」
ポツリとスセリは囁いた。
「な、なぜ、それを…」
クロはポーカーフェイスに脂汗。
「研鑽の賜物ですかね…拒否権は認めません…」
コクりと頷きクロ。
「わかりました。好きなものをご馳走しますよ」
急成長なスセリに敗北宣言を提示し、
「皆さんは、私とウカノのリアクションを参考に演じれば良いです。試食したからわかるでしょうが、不味いものじゃありません。当日はそちらをお出しするのでご安心を」
他のみんなには演技指導。




