ヲタサー王は大黒さま!? ~BYAKKO~
白虎のキテイと言えば、この欲望の街での顔役とも言える名物組合長だ。誰よりも自由を愛するネコ科の仙人は、
「み、見るなぁ~ッ! こんな儂を見るなぁ~ッ!」
今や飼い猫に成り下がっていた。首に煌めく勾玉の首飾りがその証左だ。キテイにニヨニヨとした揶揄いの視線を送っているのは、亀甲の大鍋で熱々の炒飯を豪快にこさえている厨房の女将さんだ。
「リィズゥ姐さん。阿夜訶志古泥神相手なんだから、それくらいにしてやんなよ」
そう言いながら、チンゲンもキテイにニヨニヨとした揶揄いの視線を送っている。
「食べるだろ親分さんのお兄ちゃん?」
供されたのは、なんだろう? 虫の幼虫に見えるものが飴色に炒められ、ふんだんにまぶされている炒飯だ。郷の飯に拒否や忌避は禁忌である。
「蜂の子のようだね? 初めてだ」
クロにすれば、あらゆる食物は初めてだ。忌避はない。意外に濃厚で、油でパラけたご飯を纏める餡かけの役目を果たしている。油や旨味で巧みに隠しているが、
「塩が控え目だね。健康志向?」
塩気が足りていない。大陸とはこうしたものだ。塩がないなら、海に行けばいいじゃない? では、ないのである。
「こればっかりは、どうにもね。ちょっと海までひとっ走り――儂らは出来るけど、人の子らは違うだろう? 旅人や行商に扮して、騙し騙し供給してやってるけど、そうすりゃ、こっちの取り分は減る。仕方ないよ。これでも仙人なんだから」
神州九州で根付いたチグハグな文明では、流通経済の発展が止まっているらしい。
「岩塩は?」
クロは蜂の子炒飯を一口パクりとして、リィズゥ姐さんに尋ねる。すると、ネコ科の仙人が、
「いいか? これは長官代理殿の怠慢なんだぜ? 違反だ法律だって規則を押しつける前に、やることキチンとやってくれよ。武塔から流れてきた連中が、岩塩を独占してやがる。ソミン拠点のせいで、こっちは薄味健康志向だ」
忌々しげに毒を吐く。クロはまた一口蜂の子をパクりとしてゆっくりと咀嚼し、
「なるほど委細承ったよ。女将さん、ごちそうさまでした。美味しかったです。ありがとうございます」
炒飯を平らげペコリと一礼。クマノが傘下に入れるだけはあり、ここの仙人や怪異たちは、キッチリ筋が通っている。
「アヤカシの姐さんとの縁を結んでくれて、此方こそ、ありがとうだよ親分さん――」
「長官代理のクロって言うんだ」
ここの連中は信じるに足る。そう判じて、クロは初めて名乗り、『儂』と言う、麗しい見た目と反した一人称代名詞を用いる女将は、
「じゃあ、略して長官代理だ。あたしは、リィズゥってんだ。玄武のリィズゥ。パーティー四神の頭目。そこの組合長の妻だよ」
同じく名乗る。蛇柄のバンダナで髪の多くが隠れているが、チラリと覗かせる髪の色は翡翠色だ。目は紺碧でスセリよりも更に鋭い眦をしている。頭目をしているだけはあり、全体を俯瞰してみる良妻賢母のお手本のような美人さんだ。心の自分を探す指針、一人称代名詞を意図的に隠しているあたりが抜け目ない。
「好きに呼ぶさ。ソミン拠点に関しては、早急に対処するよ。ところで、ここは冒険者組合だろう? いくつか依頼をお願いしたいんだが。報酬は、塩でも神威通貨でもコタンの望むもので支払おう」
クロと玄武は、キテイを華麗にスルー。
「ヘイ! 組合長こっち。組合通して」
騒ぐキテイをふたりは、
「乾貨が欲しいんだ。白木耳と乾松茸は、贈答用だから高品質で、他は珍しい乾貨を種類を多く。それと古酒をいくつか見繕って欲しい」
「乾貨は空いている小隊に依頼を出すとして、古酒はすぐに手に入るけど、少ぉし値が張るよぉ?」
華麗にスルー。組合長は、
「ちょぉ、待てよぉ!」
ネコ科のままで俺さま叫び。
「「なに? 今、大事な話してんの!」」
ふたりは、メッ、と目で叱る。組合長を。思わぬ叱責にクスンと泣くキテイを横に措き、
「「長官代理さま。そろそろ、お時間です」」
スセリとイワノは玄武に向けて、声音で牽制。少しばかり冷たな声音に、クロはビクりと肩を震わせる。チッと女将が舌打ちするのを目にして、キテイは再びクスン。
「あ、あぁ。わかった。チヨ殿、ここでの指揮権は、いったん、お渡しします。遊撃小隊の編成は、私とスセリに代わって、クニタマ、モノモチを入れます。器用なやつらですから、便利に使ってやってください。基本方針は――」
ソミン拠点を目指し、牛についての情報収集をしつつに旅を進めることを基本方針とすることと定め、ふっかつのことだまを発動する。
中空に浮かぶ無数の文字列を手早く紙に、
「エベっさ~ん」
異能で転写してもらう。軽く千文字はある文字列を転瞬で転写だ。侮れないなエベっさん。
「ハラシコ、これを一言一句、違えることなく書き写せ。ミモロとイワノは多重確認しなさい。確認は、当事者意識を持ってあたること。他人事でテキトーにしたら、厳罰を科します」
クロは課す。研鑽を。かなり過酷な苦行を。
「総隊長殿が転写したじゃないスか?」
ハラシコの反論を、
「俺とエベっさんが居ないときは?」
クロは正論で封じ、
「おまえたちが間違えれば、旅の行程は遅れる。努々、忘れるな…」
意味深に置き、チラリと視線をチヨに向ける。ハラシコは、ハッと思い出したように筆を走らせ、中空に浮かぶ言霊を紙に書き殴り、自己確認するや、
「イワノ、多重確認を頼む!」
「お、おう…」
食い気味な自分に引き気味なイワノに依頼する。
「おまえ、こんな性格だっけ?」
訝しげな八の字眉を作りつつ、イワノは確認し、ミモロに伝達する。
「イワノ。ここ、確認漏れだ。あと、ここも」
「お、おまえは、そんな性格な…」
細かな確認漏れを指摘するミモロに、イワノは引き気味な苦笑、
「ハラシコの原動力なんて知れている。ぼくは、娼館に連れ回されるだけで済むが、君はどうだろうな…」
ポツリとミモロは置いて、眼鏡をクイッと直して、チラリとした視線をチヨに向ける。ハッと察したイワノは、
「か、貸せッ!」
ミモロから紙を引っ手繰り、射貫くような眦に多重確認。
「義伯父御。お時間があれば、シキン殿と遠隔会議で指導方針の深掘りをしたいのですが」
チヨの提案に、クロの表情は少し難色、
「お時間があれば…」
気を利かせて提案をしまおうとするチヨに、
「時間なら作りますよ。甥っ子のお嫁さんを蔑ろにできるもんですか」
クロは苦笑しつつに言葉を被せて快諾する。八意は苦手だ。だが、それだけの小父さんだ。久方ぶりに口論するのも悪くない。
「リィズゥ殿、組合長だと紛失すでしょうから、お預けしたいのだが。お願いできますか?」
そう言ってクロは勾玉の腕輪を、玄武に委ねる。神器『ふっかつのことだま』の付属品であり、先刻、エベっさんが転写した言霊を暗証番号として、難解な術式を発動させるための代物だ。これと対となる勾玉は、ヤヱガキに帰還した天鳥船に置いてある。
ここでキテイが、
「聞き捨てならねえな。長官代理さまよぉ? 儂が預かり物を紛失すだとぉ?」
ウザがらみ。転瞬、
「エベっさ~ん」
「ハイハイ。ヨぉガフレイル」
クロはエベっさんに、根拠の提示を要請し、エベっさんはヨガフレイルで、キテイの眼前を猫じゃらし。はじめ忌々しげにヨガフレイルを払いのけていたキテイも次第に尻尾をブンブン。極めつけの、
「衝撃的二重基準」
ブーメラン。キテイは、飛翔体を追いかけ回しネコ科を満喫。
「はいよ。長官代理さん。四神がこの依頼を承った…これでいいかい。旦那」
玄武は、苦笑しつつに腕輪を装着する。
「ま、まぁ、それなら、いいけどよ…」
旦那の面子を潰さずに、上手い具合に処理をする。さすがは良妻賢母である。
「じゃあ、いったん戻ります。女将さん。古酒を一瓶テイクアウトでお願いね。酒飲みは、我満がきかないからさ」
古酒の甁を、もらい受け、黄金の神威通貨で支払う。少し多めだが、
「それとウチの遊撃小隊に、部屋と食事の手配をお願いします」
黄金なら、人の社会でも使えるし、仙人や怪異同士でも使えるだろう。
「はいよ。こっちは女将が承った」
クロたちは『ふっかつのことだま』を発動し、次の瞬間、三人の姿は神州九州から消え去った。暫くほどもすると、
「「マジでか?」」
交代要員のニタマとモノモチが、コタン拠点の女将の店に現れる。瞬間移動に驚くふたりを一瞥、
「おまえたちは情報収集だ。ミモロは補佐だ。ふたりの技術を目と耳と肌で学べ」
チヨは下知。イワノ、ハラシコに向くや、
「少し特別訓練やる。来い」
颯爽とふたりを引き連れ、いや、襟首を掴んで引きずり、店の外へと連れ出した。五人のヤソに有無はない。イエスかイエスがあるのみだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方で、別動隊なヤカミが率いる遊撃小隊は、
「お、おいおい。聞いてねぇ~ぞ? 武塔から殴り込みかけて来るなんて」
長官指令通りに、暴れていた。ソミン拠点近くの怪異たちを、イズモ基準で取り締まっている。超高度文明の漏洩は重罪だ。怪異たちはそれをし、人々から研鑽の機会を奪っている。超高度文明の見返りは、人の子らと混血の子ら。食べるわけではない。勾玉に製造するための原材料らしい。
「諸君らには黙秘する権利があるが――あ、やっぱいいや」
吐息をひとつ。重装備を出力全開。捕縛を放棄し、殲滅目的の吶喊を敢行する。
いやな光景だ。子らは命を奪われたわけではない。ただ、感情が殺されただけである。虚ろな目。虚ろな声。音のする方を、ただ見つめる無数の瞳。それらを量産した怪異たちを殲滅することに、ヤカミ遊撃小隊は、一切の躊躇いも抱かない。
浮浪児だったころ、ヤカミやヤチホコは幾度となく狙われた。良質の勾玉が取れるからだ。おなじくらい、仲間の浮浪児たちは感情を殺され、命を落としていた。感情を喪失すれば、食欲さえ湧かなくなる。いずれ呼吸でさえも拒絶する。いやな光景だ。この光景をつくった異文明が視線の先にある。怪異の群れを数瞬で殲滅し、
「旦那さま」
怒気の滲んだ声音に、
「主砲斉射ッ!」
宣戦布告を通知する。ソミン拠点近くの街は、神罰に消滅し、
「カワノ。もう眠らせてやってくれ」
泣き入りそうな声に、残酷な下知を出す。カワノは神の爪の素養があり、神術が使える。
「…おやすみ…なさい…」
神の爪の神術に短な祝詞。カワノの声も涙が滲んで湿っている。感情を殺された子らは眠りにつき、静かに命を終えて逝く。
「こちらヤカミ遊撃小隊副官アナムチ。威力偵察を達成。これより合流する」
殲滅した怪異に亡骸はない。ただ、勾玉として残るだけである。ヤチホコは怪異の勾玉を集め、アナムチは子らから搾られた勾玉を静かで哀しい目をして異能で穿った穴に埋めてゆく。
「奧さま」
勾玉を埋め終えアナムチは妻に委ねる。
「この地に根を張り、天に向かって伸びゆく大樹よ。大地の恵みをたっぷり受け、清らかな水を飲み、大きく育まれ給え。この樹が、この土地の守り神となり、人々に安らぎと活力を与え給え。末永くこの地に根を張り、子孫繁栄の証しとならんことを」
木の俣に捨てられていたヤカミは木の異能が使える。そして異能を持ちながら、神の爪の神術も使える複合能力だ。八十神最強と呼ばれる所以である。
少し長い祝詞を唱えると、小さな木が次々に寄り添い縁を結ばれ、忽ちのうちに大樹と成る。
ヤカミ遊撃小隊は静かに祈る。この大樹のように、子らが集って神となることを。再び感情を宿して笑うことを。
黙祷を終えた遊撃小隊は、怪異たちの拠点跡から撤収した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
天鳥船の艦橋にて、
「長官代理。どうして長官代理は、俺とか私とか使い分けるんです?」
ふと気づいたことを、スセリはクロに尋ねた。ふむ。と腕組み、
「TPOを考えているからさ。そりゃあ、私で統一した方が楽だよ? でも、仮面をしている風にも思えるだろう?」
キョトンと小首を傾げるスセリに、
「俺は、考える時に自分を俺と呼ぶ。そうすると、俺は自分が男であると認識する。例えば女将さんは、最初に自分を指して『儂』って言ってた。スセリが考える時に『儂』はって考えたら、スセリの心は自分は女性なのかどうかも認識できない」
眉を八の字に寄せ、ぐぬぬとするスセリにクロは苦笑。
「でも自分への呼び掛けが『あたし』だったら、自分は女子だって心は見つけられるだろ? つまり、女将さんは、最初、俺たちに心の自分を隠していたのさ。そうすれば思考傾向は見えづらい」
ぐぬぬが、溶けてスセリは得心。
「チヨ殿が、長官代理を、義伯父御と呼んだり、クロ殿と呼んだりするのも…」
「そう。距離を計ったり、甘えたい時とかに使い分けているよ。チヨ殿は」
スセリは、ちらりとクロを見て、
「クロが、あたしらに、俺って使うのは…」
心の距離を急接近。クロは頭をガシガシと掻いて、目を背ける。照れている。
「カワイーとこがありますね。クロ」
スセリは呼び捨て、
「桜桃だからね」
エベっさんは呼応。
「うっさいよ。ふたりとも」
クロは歩みを速めて、遠隔会議をするため作戦会議室に逃げ込んだ。




