第九十九話
善は急げっていうもんな。
教室移動のすきまに、俺はまずE組をたずねた。
森脇のクラス、なにげに行くの初めてだ。ちょっとわくわくしながら、ドアから中を覗く。
教室の中は、休み時間のわりに人がいっぱいで、にぎやかだ。
窓際にいるグループは、問題を出し合ってるのか、わいわいして楽しそうだ。
森脇は、すぐ見つかった。
窓際の一番うしろの席で、文庫本を開いて熱心に読んでいる。
「森脇っ」
「――ふぇっ? よ、吉村くん?」
タタタと駆け寄ると、森脇は目をまん丸にして驚いてる。
「なに読んでんの?」
「えっ、えっと。藤村の詩集……」
「とうそん」
ぽかんとしてたら、「こういうの」って中を見せてくれた。細かい字で、不思議な言葉が書かれてる。何々、――ね、ねむげのはるよさめ、よはる?
「ええと、これ古典?」
「う、ううん。近代詩だよ。あっで、でも、文語だから古文みたいかも?」
「へえー、そうなのか。森脇、詳しいなー」
「えっ! ぼ、ぼくなんて全然だよっ!」
森脇は真っ赤になって手をブンブン振った。照れ屋だなー。
聞けば、森脇はむかしの詩が好きで良く読むんだって。
「すげーなぁ。俺からすると、詩って難しそうだけど……」
「で、でもね。好きだなって思える詩と会えると、嬉しいよ。遠くにね、友達がいるみたいで」
そう言って、森脇はにこっとした。――遠くの友達。なんか良いなあって、つられて俺も笑う。
――ピリッ。
項に妙な感じがして、振り向いた。
そのとき、ちょうど窓の前のグループがどっと笑い声をあげる。なんか、面白いことでもあったらしい。バンドやってそうな奴が、背の高い――これまたバンドやってそうな奴の肩をどついている。
「よ、吉村くん? どうかしたの?」
「いや……」
うーん、おかしいな。ぽりぽり項をかいて。
森脇に向き直ろうとしたとき、ふいに窓際のグループの一人と目があった。バンドやってそうな奴の、背の高い方だ。
じっと見返したら、何もなかったように友達と喋りはじめた。
また、気のせいだったんかな?
気を取り直して、森脇に葛城先生の提案を伝えた。森脇はびっくりしてたけど、すぐに嬉しそうに頷いてくれた。
「片倉先輩にも伝えにいくつもりなんだ。それから、いつ行かせてもらうか、また三人で相談しねえ?」
「う、うん! ああ、でも。ぼ、僕、勉強会とかって出るの初めて……。持ち物どうしよう?」
「俺も初めてだし、だいじょうぶだって! 先輩だっているし。持ち物はまた葛城先生に聞こうよ」
「そ、そうかな?」
詳しいことは、片倉先輩に伝えてからになるから。明日の補習の時間にでも、いろいろ話し合えたらいいねってことになった。
「楽しみだなあ」
「ぼ、僕も」
移動の時間ギリギリまで、喋ってた。
今度、一緒に図書室へ行く約束もしたんだ。おすすめの詩の本をみせてくれるって。なんか嬉しいよな!
――ピリッ。
しかし、ちょいちょい項がやな感じするんだけど。なんなんだろう……。
午前の授業を終えて、俺は21号館へ走っていた。
聴取があるって、イノリに伝えないと。
どれくらい時間かかるかわかんねえし、待ちぼうけ食らわすわけにいかないもんな。
305に、どっと飛び込んだ。
「イノリ、おはよう!――あれっ」
イノリは、まだ来ていなかった。カーテンも閉め切ったままで、いつもの席にも何も置いてない。
「ああ、俺のが先だったか~」
俺は、しょんぼりと肩を落とした。
じゃあもう、今日は会えないかもしれないのか。昨日いろいろあったから、顔を見たかったんだけど……。
「いや、でも。仕方ない!」
パンと頬を叩いて、気持ちを切り替える。こういう時のために、いろいろと考えておいたんだから。
いつもの席に座ると、俺は筆箱から水性ペンを取り出した。
机には、前にイノリがペンで書いた正方形がある。その下に、キュッキュッとペンを走らせた。
内容は、まず昨日のお礼と。
今日は聴取があるから一緒にメシを食えないこと。それと、また明日いっしょに食べようぜってことを、なるたけ綺麗な字で書いた。
その上に、ハンカチを広げて置く。そこに、予備の消しゴムをのっけて重石代わりにした。
「これでよしっ」
念のため、俺たちの名前は書かなかったけど。イノリは俺のハンカチ知ってるし、きっと気づいてくれるはず。
時計を見たら、昼休みがちょうど五分すぎたところ。
さすがに行かなきゃ。
あともうちょっと待ってたら、会えるかも――そう思うと名残惜しかったけど、振り切るように305を出た。




