第九十三話
「あれっ」
鏡を見て、驚きの声を上げる。
「どうしたの?」
すぐにイノリが、聞き返した。俺は鏡を置いて、イノリに目を見せる。
「目の色が、もう戻ってきてんだ。さっき二回目してもらったとこなのに」
昼メシの後、二回目を起こしてもらって、俺の目は明るい赤になってたはず。それが、二時間も経たないのにもう黒っぽくなってる。
イノリは、「あぁ」と納得したみてえに笑った。
「一つが定着しにくくなったこと? それね、トキちゃんの魔力が安定してる証拠だから、心配しなくていいよー」
「え。俺、安定してる?」
「うん。一つの元素が前に出過ぎないように、他の元素が調整したからすぐに色が戻ったんだよ。もうじき四元素がそろうから、調和してきたんだねぇ」
「マジ!?」
イノリは、「ちょっとずつ目の色が戻るの早くなってなかった?」とも言った。
そ、そう言われてみれば。
最初の「風」のとき、「土」を起こしてもらうまでキンキラキンだったな。でも、昨日の「水」は、寝て起きたら戻ってた。
俺はへらっと笑う。
「そういやそうだわ」
「でしょー。よかったねえ」
「ありがと! よぉし、ばりばり修行するぞ!」
「わあ、すげえ燃えてる~」
イノリは、パチパチと手を叩く。
出来ることが増えるって、嬉しいよな。これから、本格的に魔法の修行が出来るって思うと、わくわくが止まらないぜ。
まずは、もっと魔力コントロールを頑張って。魔法式だって使えるようになりたい。
「トキちゃん、魔法式だとさぁ。なにからしてみたい?」
「そうだなあ。いろいろあるけど……やっぱ点火かな?」
「へえー、どうして?」
「授業で全然出来んかったから、リベンジしたい!」
「そっかぁ。トキちゃんらしー」
ガッツポーズを見せると、イノリはくすくす笑う。
点火術は高柳先生の期末課題でもあるからな。
教室中にぐるっと置いたロウソクに、制限時間内にどれだけ点火できるか、やるんだってさ。俺じゃなくても難しいらしいから、頑張んねえとだ。
めらめら燃えていると、イノリはパタンとテキストを閉じた。
「じゃ、トキちゃん。景気づけに、「火」の魔力コントロールの練習するー?」
「あっ、やるやる!」
俺は、ぽいとシャーペンを放り出した。
いそいそと立ち上がって、飲み物を用意する。火の魔力は体内を巡るだけで、結構な汗をかくからな。脱水に用心しなくちゃ。
胡坐をかいて、となり合って座る。
「よしっ、やるか!」
「うん」
イノリにコツを教わつつ、コントロールの練習をした。
火の魔力はヒリヒリしてて、軽いのにパンチが強い。気を抜くとコントロールが暴れ馬になるから、難しい。汗だくになってうんうん唸っていると、イノリに「リラックスー」と背中を叩かれる。
その手が、いつもより熱い。
「あつっ?」
「あ、火の魔力が高まってるから。ごめん、熱かった?」
「いんや、熱かと思ってびっくりしただけ」
眉をへにゃっと下げたイノリに、慌てて首をブンブン振る。
しかし、魔力のコントロールで、そんな熱くなるもんなんだな。イノリが「寒くない」つってるのが、納得できたぜ。
まあ、そんなこんなで。
修行に励んでみたり、ふつうの学生らしくテス勉したり、たまに脱線してサボったり。
お泊り最終日は、当たり前に過ぎてった。久しぶりとか、関係なしにいつも通りに時間って過ぎてくもんだよなー。
「トキちゃん、へいき?」
「うん……」
「眠そー」
くすっと笑って、前髪を梳かれる。
うう、力が入らない。
ベッドに腰かけたイノリの脚の間に、ぐでっともたれかかった。
ゴオオ、とドライヤーが轟くのを、うとうとしながら聞く。至れり尽くせりで、すまん。
例にもよって、魔力を起こしてもらったわけなんだが。
これまた恒例の感じで、超眠い。
三回に分けても、眠くなるらしい。そのくせ、今日イチ汗だくになったから、シャワーを浴びる羽目になり。イノリに介助してもらって、なんとか汗を流して、服を着こんだら限界が来た。
「よいしょー」
抱えあげられて、ベッドに寝かせてもらう。
イノリは枕元に腕を乗せて、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「じゃあ俺、会議に行ってくるから。トキちゃん、ゆっくり休んでてね」
「うん……」
なんとか頷くと、やさしく頭を撫でられて。
慌ただしく身支度を整えて、イノリは出て行った。
イノリは、今日も呼び出しだ。
大変だよなぁ。日曜の夜なんだからもう明日じゃダメなの? って思ったりするけど。
真面目な奴だから、無理し過ぎないか心配だ……。
とか思いつつ、ちゃっかり爆睡していたらしい。
寝てたって分かったのは、ドアの音を聞いてハッとしたから。
イノリ、帰ってきたのかって。慌てて首を巡らしてみると、部屋ん中に亜麻色は見当たらない。
なーんだ、ってドアを見て、心臓がぎゅいんとバウンドする。
半開きのドアの隙間に、誰か立ってた。
イノリじゃないのは、すぐにわかったさ。
だってイノリは、真冬に半袖なんか着ないし頭も白くない。
キイ―と細い音を立てて、ドアがゆっくりと開く。え、ちょっと待て――
「――っ!?」
ドン、と重い音がしたのと。胸の上に何か乗ってきた苦しさが同時だった。
胸倉を掴まれて、息が詰まる。――ああ、イノリのシャツ! どうしてくれんだ!
と、抗議する元気もなく。
ゲホゴホと咳き込む俺に、白髪男はこの上なくブチ切れた声で言った。
「おまえ、なにしとんねん?」
いや、こっちのセリフだからなぁ!?