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6.省みる

半ば追い出されるようにしてパーティー会場を出たわたくしは、家に帰るなり自室に引きこもり、外皮に守られて眠る果実のように布団にくるまりました。

前世の影響か、この体勢はとても落ち着くのです。


(わたくし……わたくしが、甘かったのだわ。)


会場で起こったことを冷静になって考えれば考えるほど惨めな気持ちが強くなり、少しの憤りと圧倒的な羞恥心で顔が熱くなります。


だって、殿下の仰ったことの半分は言い掛かりでしたが、もう半分は弁明の余地なき事実だったのですから。


(恵まれた境遇に生まれたからって、貴族……それも侯爵令嬢としてのあるべき姿を忘れ、何も考えずはしゃいでいたことに違いはないもの。)


わたくしには不遇だった前世の記憶がありますが、当然周りがそんなことを知るはずがありません。


先ほどの殿下の言葉を思い出します。



──言い訳をするな。



言い訳。なるほど確かにそうでした。


自分に対しては、前世で辛い思いをしたのだからと言い訳をして。

他者に向けては、令嬢の嗜みだからと言い訳をして。


結局自分の楽しいことばかり追いかけて、過去の鬱憤を晴らすように娯楽に溺れていただけだったのです。

そんなわたくしの姿は、あの方の目にさぞ愚かしく映ったことでしょう。


(今思えば、殿下がわたくしに求めていたのはそういう態度じゃなかった。)



──君は未来の王妃として、この国をどんな国にしたいと考えているか。



あのとき殿下の言うことをきちんと聞いて向き合っていれば、分かったはずでしたのに。


愚かなわたくしは何も気付かずに、ただ「王子様」という肩書きに浮かれるばかりで。


結果、あっさり見限られ、馬鹿にされて粗雑に扱われ。

落胆、失望、呆れ。そして侮蔑(ぶべつ)の眼差しを受けたのです。


(恥ずかしすぎて……もうドロドロに溶けて透明になって無くなってしまいたい……!)


これまで家族にも家庭教師にも散々説かれてきたはずなのに、わたくしは一体何を学んできたのでしょうか。


(好きなことを片っ端からやって楽しんでいるだけじゃ駄目に決まってる。

わたくしには侯爵令嬢、果ては第一王子の未来の伴侶として、家族のため民のため、果たすべき責任があるのだわ。責任が!あるのだわ!)


まるで雷に打たれたかのように、今の今まですっかり忘れていた心構えを唐突に思い出し、そして理解しました。


それはさしずめ、かつて同じ株、同じ房に生まれた仲間たちを愛したように。

繁殖に繋げることは叶わずとも、立派に実を結ぶことが使命であったように。


(何も考えなくても、成すべきことが全て遺伝子に刻まれていたあの頃とは違う。きっともう本能のままに行動するだけでは不十分なのね。)


今のわたくしは、植物園で食べられるのを待つだけのバナナではないのです。


与えられたお役目……自らの立場や責任と否が応にも向き合わなくてはいけません。


王位継承権第一位の「王子様」と婚姻を結ぶということは、将来の王妃として彼とともに国を背負って立つということ。


それが分かっていなかったわたくしは、きっと本当に空っぽだったのでしょう。



(……でも、殿下だって完璧じゃないわ。)



日頃の行いがどうであろうと、あのときのわたくしの忠言は、決して間違ったものではありませんでした。


あのパーティーでの振る舞いは、単に一般的な礼節云々というだけの話ではないのです。

王妃様の名で招待なさっている以上、招待客は皆、少なくとも王家として関係を強化する意図があるお相手なのですから。

第一王子がそれを蔑ろにするなど、本来あってはならないことでした。


殿下もわたくしと同様、ご自身の責任について何か勘違いなさっている部分があるのかもしれません。


(わたくしがもっとしっかりしなければ、このままではいつか大変なことになるかもしれない。)


あのとき殿下の周りにいた「ご友人」たちは、未来の国王のために選定された、事実上の側近候補でした。

にもかかわらず、主君の不適切な振る舞いを止めようとすらしなかった彼らが、この先殿下をお支えできるとは到底思えません。


どう考えても、任せてはおけないのです。


(とはいえ。悔しいけれど、今のわたくしが何を申し上げても、きっと一蹴されるだけ。……なんて不甲斐ないの。)


常識的な諫言すら聞き入れていただけない今の状況は、わたくしの自業自得によるものです。

嘆いてばかりいても仕方のないことでしょう。


わたくしの言葉を殿下に届けたいのなら、それができるほどの信頼を得たいのなら、相応の覚悟を決めなければ。


(変わらなければ、いけないわ。)

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