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32.変わったもの

わたくしの言葉を聞いた殿下は、やがてワナワナと震え出し、叫びました。


「お前の……お前の言うことなど全てでまかせだ!信用できるはずがない!」


その語気は今まで聞いた中で一番強いもので、彼の感情の高ぶりが伝わってきます。


「忘れもしない、婚約者として初めて顔を合わせたあの日。

お前は私に散々領地のことや侯爵家の財力について自慢したあと、『未来の王妃としてこの国をどのようにしていきたいか』という私の質問に、『綺麗な宝石が多く流通して、素敵な仕立て屋がたくさんいて、楽しいことがいっぱいの国にしたい』などと思慮の欠片もない答えを返したではないか!

あのとき、私がどれだけ失望したと思う……!そのように我欲に満ちたお前の言うことが、正しいはずなどないのだ!」


いきなり黒歴史ともいえる過去を蒸し返されたわたくしは、うっと言葉に詰まりました。


(ぐっ……。それは思い切り、身に覚えが……。)


すると、これまで黙って聞いていたブルーノ卿が、静かに口を開きます。


「殿下。人とは常に変わっていくものなのですよ。」

「なに……?」

「目の前の相手に対して過去の姿を投影することしかできないのならば、それは盲目というものです。

キャスリン嬢が幼い少女であった時分に満足のいく答えが得られなかったからといって、いまや立派な淑女となった彼女が当時のまま少しも成長していないだなどと、なぜ決めつけられるのです?」

「そ……それは……。」


考えたこともなかったというように、目を見開いて動揺する殿下。


「何より、あなた様はまずご自分の心配をなさった方が宜しいかと。

随分と凝り固まってしまったそのお考えを今さら改められたとて、挽回の機会を賜れるとは限りませんから。」

「ど、どういう意味だ!?」

「追って陛下直々のご沙汰があると申し上げましたでしょう。

陛下は今回の件を非常に重く見ておられます。それこそ今一度、王位に就くべき者の器について問い直す必要があるほどに。」


ブルーノ卿が冷たい声で告げたことで、初めて自らの継承権が揺らいでいることに気付いたらしい殿下は、みるみるうちに蒼白になられました。


ひどく混乱した彼は、あろうことかわたくしを指差して喚きます。


「キャスリン・アクミナータ!お前が、お前が全ての元凶なのだ!俺が継承権を失わないよう、責任をもって国王陛下に取り成すべきであろう!

そうだ、すぐに取り成して来い。これは第一王子としての命令だ!」

「……一体何を仰っているのです?支離滅裂、責任転嫁も甚だしい。」


わたくしをその背に隠すように庇いつつ、ブルーノ卿は冷ややかに一蹴してくださいました。


それを嬉しく感じながらも、わたくしは殿下に向き合うため、一歩踏み出します。


(陛下も、まさか本当に殿下を排除するようなことはなさらないでしょうけれど……こういう切り捨てるような真似は正直苦手ですわ。)


けれど、これも次期国王たる王子殿下の成長のため。

心を鬼にして拒否してみせなければなりません。


「残念ですが。いくら殿下のご命令といえど、恐れ多くも陛下に意見などと……一侯爵令嬢が申し上げるにはあまりにも不敬でございますので、致しかねますわ。」

「なぜだ、お前は私を好きなんだろう!?そのくらいの献身はやってのけるべきだろう!」


お断りするやいなや、素早く食い下がってこられる殿下。


「そういう話ではないのですが……。わたくしがあなた様をお慕いしているかどうかをお尋ねならば、答えは否です。」

「はっ……?なんで……。」


「なんで、と言われましても。これまでのご自身のなさりようを思い返してくださいませ。

幼い頃に抱いた無邪気で淡い恋情など、消し飛んでしまうほどにぞんざいな扱いを受けてきましたもの。あれでは百年の恋も醒めるというものですわ。」

「そんな素振りなど見せなかった癖に、今さら何を言っている!?お前はいつだって私の気を引こうと必死だったではないか!」


違う違う、と、わたくしはかぶりを振りました。


(このままでは埒があきません。いっそ一息に言ってしまいましょう。)


「それは、あなた様を婚約者として尊重することが、わたくしの立場と責任において当然の義務だったからでございます。

自身が全うすべき役割のため、本心はずっと土の中に隠しておりましたの。

……もしあなた様が誠実であろうと思い直してくださったのならば、仮初めの関係が実を結び、次世代に未来を託してこの身が枯れ果てるその時まで、掘り返すつもりは無かったのですけれど。

このような事態を引き起こして、わざわざ暴き立てたのはあなた様です。

わたくしはこれまで婚約者を愛する努力もいたしましたし、人生を掛けて国を背負う者同士として、相応の情は持ち合わせておりましたわ。

……ですが、あなた様には決して省みていただけることはなく、むしろ遠ざけられ蔑ろにされるばかり。

けれど、……ええ。いつまでも恨み言ばかり申し上げても仕方がありませんわね。

あなた様に不要の烙印を押されたわたくしが、最後にお伝えすべきことがあるとすれば……どうか、これからは人を見る目を養ってくださいませ。

直接的な権力も、それに付随する影響力も、あまりに大きなものをお持ちである貴方様だからこそ。……それが間に合うかどうかは、分からないですけれど。」


全てが手遅れかもしれない、という可能性にお気付きになったからでしょうか。


わたくしの最後の一言を聞いた瞬間、蒼白を通り越して真っ白な顔色になられていた殿下の双眼から、なんと、ぼろり、ぼろりと涙が溢れだしたのでした。


「!?」


思わぬ反応にぎょっとするわたくし。


とっさにブルーノ卿を見ると、さすがの彼も冷静なお顔に少しの驚きを乗せていらっしゃいました。


「……た、助けてくれぇ……!私が、私が悪かった……。」

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