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3.現状を知る

その事実にはっきりと気がついたのは、物心がつくのとほぼ同時期のことでした。



(あれ……わたくし……?)



それは兄姉や気心の知れた侍女たちに見守られながら、お屋敷の庭を走り回って遊んでいるときだったでしょうか。



(もしかして……。)



はたまた、木登りに挑戦しようと敷地内で一等大きな木に近づくのを、使用人総出で阻止されている最中だったでしょうか。



(人間に……生まれ変わってる!?)



「お嬢様!?どうされました?」

「駄目だ、急に固まったまま反応がない!」「しっかりしてください、お嬢様ー!」


突然、何の前触れもなく前世の記憶を取り戻してしまった幼き日のわたくし。


あまりにも非現実的な事実を受け止めきれず、驚きと混乱によりそのまま数時間、その場に根を張るがごとく硬直していたといいます。


……元植物(バナナ)だけに。




* * * *




今世のわたくしが生まれたのは、前世とは随分様子が異なる世界の、とある王国の貴族のお屋敷。

それも侯爵家という大変裕福な家柄でした。


前世と完全に別世界なのだと確信を持てたのは、もう少し成長して書物などを嗜めるようになってからになります。

それでも、ここがかつての世界よりずっと文明の遅れている、おそらく過去の時間軸にあたるであろうこと、また、わたくしが存在していた国からみれば異国といえる地であることは察しがつきました。


その推測は、バナナから人間に転生したというとんでもない現実と相まってわたくしの心を苛みます。


すでにこの世界で数年を生きてきたとはいえ、体と精神は幼子のもの。

心のキャパシティを越えた事態に、育ちかけていた自我が崩壊の危機を迎えていたといえましょう。


後から聞いた話ですが、当時のわたくしは突然動きを止めて硬直状態になるということを頻繁に繰り返し、心を病んだのかと家族や使用人達を大層心配させたのだそうです。




* * * *




「キャシー、ちょっといいかしら?」


変化のきっかけとなったのは、わたくしの三つ年上のミッシェルお姉さまでした。


幼いなりに何かを思い悩んでいるらしい妹のため、少しでも慰めになればと、ある日ご自分のリボンやネックレスをお持ちになって、とびきりのおめかしをさせてくださったのです。


「やっぱり!あなた、とても似合ってる。すっごく可愛いわ!」

「……?」


やけにはしゃいだ声のお姉さまに首を傾げながら姿見に目をやったわたくしは、思わず息を呑みました。


前世(バナナ)の外見を思わせるように、緩やかにカールした輝く金色の髪。

同じく金色の瞳を持つ、人形のように繊細に整った顔立ち。

髪には鮮やかな赤のリボンが巻かれ、淡い桃色のドレスに繊細な細工のネックレスが光ります。

まるで物語の登場人物のような、正統派の美少女がそこにいました。



「……!」



そのときのわたくしの興奮といったら!



(これ、こんなに可愛らしいのなら、なんでも似合ってしまうのでは……!?人生、薔薇色では……!?)


「…………。」

「あらいやだわキャシー、またそんなに固まって。……いえ、いつもとは様子が違うかしら?そんなに頬を紅くして、目を輝かせて。もしかして、喜んでくれているの?」

「…………。」

「……そう、そうなのね?良かった……!私もとっても嬉しいわ!」


お姉さまはそのまま夢見心地の私を引っ張ってテーブルに着かせ、とっておきのお菓子を出して二人だけのお茶会を開いてくださいました。



そのお菓子の美味しかったこと!



きっとわたくしは、生涯忘れることはないでしょう。


そして、ふと気づいたのです。今の自分は、前世でできなかったことや憧れていたこと、心残りを何もかも実現できる境遇にあるということに。


一生に一度の晴れ舞台しか望めなかったあの頃とは違って、何度だって着替えることができるこの体は、気に入った装いを好きなだけ楽しめる。


水と養分でその身ができていたあの頃とは違って、人間である今なら、あの素敵なカフェのメニューにあったようなお菓子をいくらでも食べられる。


それに、人間の寿命って、とっても長いのです。


(バナナの木(草)ならともかく。一房の中の一本にすぎない果実の一生なんて、僅かな時間ぶら下がったあとに熟したらすぐに食べられておしまいだったもの。

そもそも木(草)だって一度実を付ければ子株に次を譲って終わりですし、儚い人生ですわ。いやバナナ生というべきでしょうか……。)


でも今は違います。人間の生涯は、バナナからすれば気の遠くなるほど長いもの。

楽しいこと、面白そうなこと、片っ端から試してみるだけの時間がたっぷりとあるのですから。



「ミッシェルお姉さま、ありがとうございます。お姉さまのおかげでわたくし、この世界でもこれから楽しく生きていけそうですわ!」



感極まったわたくしは、急に元気になった妹の様子に目を丸くするお姉さまの手を握りしめて、ありったけの感謝を伝えたのです。

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