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16.葛藤と返答

ブルーノ様の控えめで、でも柔らかな笑顔。


初めて目にした表情に一瞬心を奪われてしまったわたくしは、それでも動揺を悟られてはいけないと、必死に会話を繋ぎました。


「まあ、思い当たる何かがおありですのね。貴方ほどのお方を夢中にさせる事柄とは、いったいどのような?」

「ああ、それは……。」


すると、彼はおもむろに人差し指をそっと口許に当ててみせました。


「秘密、です。」


そうして少しだけ笑みを深め、はにかんだような表情を浮かべたのです。


「っ、……!!」

「?どうされました?貴女ともあろう方が、まるで林檎のように……。」

「な、なんでもありませんわ!」


一瞬で体温を大幅に上昇させて固まってしまったわたくしを見て、彼が不思議そうに首をかしげます。


「そうですか?先ほど声をお掛けする前、何やら思い悩んでおられたようですし、もしかするとご気分が優れないのでは。」

「そっ、れとこれとは別の話です!体調には全く問題ありませんわ。丈夫なことがわたくしの取り柄でもありますもの!」

「それならば良いのですが……では、何かを憂いておられたのは本当なのですね。」

「うっ……!」

「よろしければお聞かせ願えませんか?未来の王子妃殿下を悩ませる難題とは、一体どのようなものなのでしょう。」


わたくしは、ぐっと言葉に詰まりました。

浮ついていた思考がサッと冷静になります。


「……っ、皮肉をおっしゃらないでくださいませ。……わたくしを取り巻く状況は、当然貴方もご存知の筈でしょう。」

「さあ、何のことやら。」


まるで見当もつかないという風にとぼけていらっしゃいますが、これは本来聞くまでもないこと。

むしろ彼の立場で把握していなかったら相当の無能か怠け者ということになりますし、彼に限ってそんなことはありえないでしょう。


しかし、彼は既に凪いだ湖面のような表情に戻っており、そこから真意を伺い知ることはできません。


「私はただ、貴女がお悩みなら何かお力になれればと。麗しき貴女のお心を少しでも軽くしたいと思ったのです。

どうか私に、手助けをさせてください。」


憧れの人物が手を差しのべて惜しげもなく吐き出した甘い言葉に、ひとりでに浮かれ高鳴る鼓動をひどく疎ましく感じました。


(だって、だってそんなこと、絶対にあり得ないもの。)


どう考えても裏があるに決まっていて、言葉通りに受け取って良いはずがないのです。


(だから、わたくしに深謀遠慮だの権謀術数だのの類は向いていないのですってば!)


疑心暗鬼に陥りつつあるわたくしには、細められた氷のような彼の瞳が愉しげに揺れているようにすら思えてしまうのでした。


そういった思考、感情と、年頃の女子が夢見る類の甘やかでお花畑のような展開をつい期待して、全てを打ち明け頼ろうとしてしまう哀れな衝動──これはいくら理屈で否定しようとも、圧倒的な力でもって沸き上がってくるから厄介なものなのです──とがせめぎ合って。


同時に自身の弱みについて、ほかでもない憧れの彼にこれ以上踏み込まれたくないという怖れが参戦してぶつかり合い。


気がついたときには言葉を発するべく、すう、と息を吸っておりました。


「お気遣い痛み入ります。ですがご心配には及びません。今までもこれからも、わたくしはわたくしにできることをするだけですわ。……お気持ちは、大変嬉しく思います。」


そのように述べて、丁重に辞退したのです。



「……そうですか。不躾なことを言ってしまい、申し訳ない。

どうか忘れてください。これからも貴女のご活躍を楽しみにしていますよ。」


彼はそう言うと、差しのべていた手をそっと仕舞いました。


(心なしか寂しそうに見えたのは、気のせい……に決まっていますわね。)


このとき、少なからず狼狽えていたわたくしは、失礼のない程度の返答を済ませ早足で図書館から立ち去ります。

彼は、追うことも引き留めることもなさいませんでした。


(ああ、慌てておりましたから、借りようとしていた書物を置いてきてしまいましたわ。)


道中でその事実に気づきましたが、今さら取りに戻るわけにもまいりませんし、今日は諦めるしかありません。



とにかく、わたくしとブルーノ様の邂逅はこのようにして幕を閉じたのです。

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