第8話
Sは喫茶店の奥のソファーで、ひどく暗い顔をして座っていた。
灰皿にはすでに山のような灰が積もっている。
アイスコーヒーが注がれていたであろうコップの氷はとっくに溶けて無くなっていた。
まだ17時前だというのに、一体彼は何時に退勤したのだろう。
そもそも今日出社したのかさえ怪しいところだ。
「やあ、一週間ぶり。」
僕はそう呼びかけ、席にどかっと座った。
Sはゆっくりと顔を上げて、僕の顔を見た。
まったく、本当にひどい面だ。
今にも死んでしまいそうなほど鬱屈としている。
「…よう。」
重い口がゆっくりと開く。
向かい合う席でようやく聞き取れるような、か細い声だ。
思わずつばを飲む。
どれほど大きな秘密を抱えているのか。
そしておそらく、僕はこれからそれに触れるのだ。
「本当に、すまなかった!」
Sは急に立ち上がり、頭をテーブルに叩きつけた。
「おいおい、やめてくれ店の中だぞ。」
すかさず僕はSの肩を支える。
「一体どうしたんだ。説明してくれよ。」
「U村を、いや、もっと先に話すべきことがあったのに、俺は。本当に申し訳ない。」
「ひとまず落ち着けよ。ほら、水飲め。」
僕はウェイターを呼び、とうの昔に空になったであろうSのコップに水を注いでもらう。
Sは一気にそれを飲み干した。
「それで、どうしたんだ。」
目を閉じて深呼吸をするSに僕は尋ねた。
Sはため息のような長い呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。
「すまない。お前を実験台にするような、卑怯なことをしたんだ俺は。」
「やっぱり、S。お前はあの村についてなにか知っていることがあるんだな。
ひとまず、うん。僕もタバコを吸っていいか。」
Sがうなずく。
僕はまたウェイターを呼び、灰皿の交換を頼んだ。
一緒に、2杯のホットコーヒーも。
新しい灰皿が出され、僕は胸ポケットからタバコを出して火をつけた。
点けたてのタバコの煙は妙に目に染みる。
煙たい店内に青い煙が伸びた。
吐く白い煙と混ざり合い、じんわりと天井に煙が上っていく。
煙は落ち着いて良い。
それがタバコであれ、焚き火であれ。
焦る心のペースを取り戻してくれる。
「なあ、お前も吸えよ。」
そう言って僕はテーブルに置かれたマルボロの箱を手に取り、一本をSに向かって差し出した。
Sは顔を近づけ、タバコを咥える。
僕がマッチでそれに火を点けた。
Sが息を吸い、タバコの先が赤くじわっと光った。
Sは煙を吐き出すと、ゆっくりと、それでいて喉の奥から言葉を押し出すように話を始めた。