秘密の刺客
「なっ……、!」
おおよそ驚きを言葉にできないらしいのか、男たちはしばらく止まったままであった。
私が今やってみせたのは《転移》の呪文だ。
呪文とは、太古に広く使われていたという秘術。まぁ、秘術と言っても努力して、才能さえあれば使える。
「さて……そろそろ落ち着いてくれないかな。君たち」
私が声をかけると、男たちはやがて落ち着く。一同はこちらを見つめてくる。強い警戒心を添えて。
「い……、今のは……」
「そう、呪文さ。もしかして初めての見たかい?なんなら、もっと見せてあげようか?」
そう言って私はもう一度手に印を結ぶ。
「《デューイルー メアラ》」
これは《把握》。現在位置を確認する呪文だ。
使えると便利なもので、迷子の心配はほとんど無くなる。
「なるほど……ここは“ガルシア”か……」
位置を知り、満足した私は男たちに問う。
「ここでなら、思う存分にはしゃいでくれて結構だが?」
さっきはあれほど威勢がよかったのに、男たちは黙り込んで動かない。
よほど、この呪文が怖いのだろう。
「まぁ、仕方ないか。空間跳躍の呪文なんて、童話や伝説でしかほとんど聞かないだろうからね」
仕方がない。そう思い立った私は、ここで時間を割くのも勿体ないと感じ、彼らをここで殺すことにした。
「《ルーイ デューイル チャー》」
私はいつものよう、右手に印を結び、彼らに第七階梯の《致死》を与えてやる。
六人のうち、四人がその場で崩れ落ちる。
どうやら、残りの二人は上手く呪文を避けたようだ。
――――いや、私が外したか?
そんなことはまぁ、どちらでも良いことだ。
兎にも角にも、残りの二人をどう処理するか迷ったもの。
今のように何かしらの呪文で殺してもいいが、それでは私が困る。
まだ、今日という一日が始まったばかりだというのに、ここまで呪文を、それも高位のものを連発していては割に合わない。
呪文はなるべく温存しておきたい。
「あ、そうだ。例の物の試し切りしてみるか」
彼らの処理法を思いつき、実行する。
漆黒の外套の内から、細く、美しい私の二の腕が露わになる。それと共に、一本の黒杖が見えるようになった。
私は持ち手を握り、鯉口を切るとそれを抜き取る。手に持つは、曲刀だ。
しかし、シャムシールやタルワールといった曲刀の反りとはまた違ったものを持つ曲刀だ。
柄頭から、切先。後から先。全体からなるその美しい反り。刀身は蒼白く光り、微かに白く濁っている。
これは、「カタナ」という武器。
東の大洋に、ひっそりと浮かぶ島国「アサヒノクニ」から輸入された、世にも珍しい品だ。
噂ではよく切れ、軽いという。
しかし、まだ私はこの武器を知らない。だから、少し楽しみでもある。
彼らを切ることではなく、ただこの武器を使うことにだ。
さ、無駄話はもう飽きただろう。
私は彼らと向かい合い、カタナを構える。
彼らも状況を理解したようで、私と同様、己の得物を構え、詰め寄ってくる。
「と、思うじゃん?」
私は手に印を結び、近寄った彼らに再び呪文を放つ。
「《ターイラー ザンアラ ベーアー チャー》」
掲げる右手、人差し指に灯った《巨炎》をひょいと投げ、彼らにくれてやる。
彼らは恐れ慄き、枯れた叫びを上げ、剣を捨てて逃げ出す。だが、もう遅い。
大き過ぎる炎の塊は彼らの全てどころか、転がる死体さえも飲み込み、焼いていった。
「うん。やっぱり、呪文って素晴らしいや」