砂漠の猛者
待合室を出て、会場へつながる道を行く。やがて、日光が照らす灼けた砂が見えてくる。
着々と、ガルムは一歩ずつ足を進め、会場へ出た。
到着した途端、伝わる歓声の熱気、臨場感。
この感覚が、ガルムは嫌いではなかった。
(不規則な大きさの岩…………今回は、岩場がモチーフ……)
ガルムは落ちついて、たった今のみで得られる情報を探り、状況を確認していく。
今回のステージは、岩場。
砂漠から持ってきた砂を敷き詰め、その上に人の身体より小さいものから、それを大きく上回る岩などが点々と置かれている。
闘技場側は、こうしてステージを設ける。
ステージには、岩場以外にも様々な種類が存在し、ただ砂を敷き詰めたのみの「砂漠」や
会場の円を両断するように水を敷く「河川」。他には砂など全てをどかし、水で埋めてやる、「湖」などがある。
闘技場についての説明はこれぐらいで十分だろう。
ガルムに焦点を当てる。
(相手は…………男、剣、装具は胸当て、肩当て、腕当てか……)
相手の持つ剣の切っ先は斧のような形状をしており、先端に行くほど分厚い。それに加え、切っ先付近でやけに内側へ曲がっている。
おそらく「コラ」などの類だろう。
コラは、達人が使えば熊をも両断すると聞く。
ガルムは一つ唾を呑み、心許ないバトルアクスを握りなおす。
そして直後、司会より「試合開始」の合図である、ゴングが鳴らされた。
まず先に動いたのは、ガルムの方。
直線的に進まず、大きな渦を描くように相手に焦れったく進む。ガルムなりの挑発だ。
しかし相手がその挑発に乗ることはなく、その場でゆっくりと体を回転させながら、ガルムを目で追う。
(かなり慣れてるな。始めっから近づかないで正解か)
ガルムは、次にどう出るかもう決めていた。
相手との距離は、およそ二十歩弱。ここからなら相手の動きにも対応できるし、緊急時に一時離脱することも可能。
ガルムは岩を一つ、二つ越え、自分の背丈の三倍はある岩の影に到着した。
ここでガルムは止まり、攻めの態勢に移る。
柄を両拳で握り、身体のバランスを持っていかれぬよう固定し、岩影から抜けて相手のいる方へ向かおうとする。
が、目線の先に相手はいない。
何処へ行った?
そんな言葉が脳裏をよぎる次、会場がどっと沸く。
「なんだ?」と、ガルムは周囲を一視。
しかしそこには何もなく、ただ一人、ガルムしかいない。
だがこの次、ガルムは全身がピリつくような激しい感覚に襲われる。
そして本能的に、ガルムは足元を見る。するとそこには――――。
「は?」
一つの影がある。それも、鳥でも自分のものでもなく、人の影。対戦相手だ。
普通ならば、このまま上を見て相手の位置を確認してから避けるのが一般的だろう。
だが、ガルムは全身で分かる。このまま上を見ていたら、確実に殺される。そんな予感が脳裏をよぎる。
気付けばガルムは横に身を翻し、砂上に転がっていた。
回転の勢いを使って起き上がり、そのまま数歩後退。相手と距離を取る。
しかし、相手はもう、ガルムの五歩手前にいる。
圧倒的に、速い。
「くっそ……!」
ガルムは死にものぐるいでハンドアクスを上げ、片腕の剛腕から成され、打ち込まれる剣閃を受け止めた。
衝撃を受け止めきれず、ハンドアクスはガルム後方の空へ飛ぶ。相手のコラはというと、親の胸に飛び込む勢いでガルムの胸に飛びつき、切る。
「うっぐっ……!」
相手の肩を中心とした、美しく、大振りな弧形の軌跡。そこから繰り出されたものは、酷く強い。
大振り故の、強さ。そして、弱さ。
ガルムは、その弱さを狙う。
「らあぁぁぁっ!」
相手の美しい筋肉質の腕は、未だに斬撃を描いている。
ガルムはそこへ手を伸ばし、掴みかかった。
相手もそれに気づいたようで、急いで腕を引こうと努力する。しかし、「絶対勝てる」という過信か、強さ故の傲慢か、どちらかはわからない。
ガルムは掴みかかった拳に渾身の力を込め、相手は腕に力を込めようと、それぞれ奮闘する。
相手は予想以上に腕に力が入らなかったのか、握っていたコラを拳から離し、コラを持っていなかったほうの拳でガルムを殴りつけた。
これはガルムにとって、そして相手にとって致命的な一撃であった。
ガルムは後方へ飛び、砂の上を滑って止まる。
相手は付近を見渡し、先程離したコラを探す。だが、そんなものどこにも見当たらない。
「武器は……大切にしなきゃな……」
顔面にクリティカルヒットを貰ったガルムは、フラつきながら立ち上がり、そう言う。拳には、コラが握られていた。
「闘技場ってのは、なんでもありの戦い……。傭兵には持って来いの場所さ……。ここなら、騎士共らのくだらねぇ騎士道精神なんざ関係なくやれる……」
ガルムは尚フラつき、全身揺れている。
ガルムの足元だけ、自身が起きているようだ。
「さぁ、やろう。次で、最後だ」