砂漠と秘密
ここからが本番
「今日は相棒でも探してみるか」
と言っても、そう簡単には見つからない。
一日中ギルドに籠もっていてもほぼ見つからないだろう。見つかったら、奇跡と言える。
「どれどれ」
ギルドに着いたガルムは、中を何度か周って暇そうなやつを探してみる。しかし、やはりそういったやつはいない。
ガルムはどうしようかと頭を抱えながら、昨日のカウンター席に座っていた。
「何か、お困りですか?」
すると、気を遣ってくれたのか、マスターが話しかける。
濡れたグラスを拭き、棚に入れるという作業をしながら、言葉を続ける。
「よろしければ、お話を聞きますよ。愚痴ぐらい、あなたも吐いてもいいはず」
その言葉、声がガルムにとって心地よく、気が付けば口を開き悩みをぶち撒けていた。
「…………なるほど。イシュメア様が……それは残念です。あの方は、とても良い方だったのですが……」
「ははっ……本当にあいつは良い奴だったさ。まぁ、戦争ってのはそう云うもんだからな。ああいう奴から、死んでくもんさ。それを考えてみれば、あいつも長生きだった」
「そうですね。あの方は、本当に良い方だった。ですが、結局はそれ止まりです」
「それ止まり……?」
マスターが口にした言葉に、ガルムは少し引っ掛かった。だから、復唱した。
「えぇ。良い方であっても、結局は他人なのです。あなたとは違う価値観を持ち、あなたとは違う生き方を持っていた、ただの人間」
「ただの……人間……」
拭き終わったグラスを棚に置き、マスターは話を続ける。
「あなたはお優しい方だ。だから、イシュメア様の死について、まだ完全な心の整理ができていない。その証拠に、あなたは今でもイシュメア様の持っていた物を持っている」
ガルムは腰のタルワールに手を伸ばした。
イシュメアが使っていた、タルワールだ。
「これは、あいつから貰ったんだ。大切にしてくれって。だから、俺もあいつに斧をやった。だが、たしかに、考えてみればまだ心の整理がついてない。変わらなきゃいけないのに」
ガルムは深く肩を落とし、落胆する。
「これ、サービスです」
そう言って、マスターはガルムに一杯のコーヒーを差し出した。
美しい白いカップに入った、温かくて苦い飲み物。
「あ、ありがとう……」
それを口にし、ガルムはほぅと息を吐いた。
「苦いな」
それでも、落ち着く味だった。
「あなたはそのままで良い。人生は苦いものです。私の人生もそうでした。けれど、苦くても楽しかった。私はそう言えます。私は、本気を出すまで、人生に時間をかけすぎました」
「ははっ、マスターって若い頃一体何をしてたんだ……」
「それは内緒です」
マスターは人差し指を白い口髭に当て、ニッコリと笑う。
「人生に時間をかけ過ぎた。か…………あなたがそれを言うと言葉の重みが違うね。アールグレイ」
ガルムの背中から、聞き覚えのある声がした。
ガルムが振り返ると、そこには超絶美人の女が、腰に手を当て立っている。
「おや、お久しぶりですね。カタリ」
その正体は、ガルムを魔の手から救った美人魔法使いのカタリであった。
「カタリ、今日は何用で?」
「なーに、そう込み入った話をしに来たわけじゃない。今日は、ただの客として来店したまでさ」
「左様でございますか。それでは、お好きなところへお座りください」
「そうさせてもらおうかね」
コツコツと歩み、カタリはガルムの隣へ座った。
「コーヒーをよろしく頼む」
「残念ながら、コーヒーは先程の一杯で最後です」
マスターは台の上に手を置き、優しく微笑む。
「意地悪しないでおくれよ」
カタリも、両肘つけ頬杖をつきながら優しく微笑む。
「別に意地悪はしておりません。貴女が嫌いなだけです」
「相変わらず、君はハッキリとものを申すね……。それじゃ、葡萄酒でも頼むよ」
「承知しました」
「…………」
二人の会話を、ガルムはただ黙って聞いていた。
――何なんだ……この二人……
ガルムは緊張している。いや、恐れている。
ここは安心して、コーヒーを飲んでいられるような場ではないと。
二人は普通に話しているように見えるが、その言葉言葉、それぞれに力がある。
目には見えぬが、他者を怯えさせ、屈さす力を持っている。それぐらい、この二人は強い。
ガルムは心の中で怯えた。
「どうぞ。葡萄酒です」
「ありがとう」
マスターから出された葡萄酒を受け取ると、カタリはそれを口に含んだ。
「これ、不味くない?」
ぺっぺと舌を出し、酒坏を台に置く。
「本当に、貴女のそういうところが嫌いです。文句があるのなら、お帰りなさい」
「ガルム。これを君にあげよう」
「は?」
話題を急に振られたガルムは、戸惑う。
取り敢えず、逆らったらやばいと感じたためそれを受け取ることにした。そして一口。
――たしかに不味い……。
酸味が酷く、葡萄酒だというのになぜか苦い。不思議な味だ。
「さーて、早速で悪いんだが……」
カタリが何かを話し始める。
ガルムは酒坏を置き、カタリの方を向く。
カタリは妙に厭らしい笑みを浮かべて言った。
「ガルム。私と、相棒を組まないか?」
「え……?」
カタリは誇らしげに胸を張り、身体を後ろへ反らしている。
カタリは続ける。
「私は優秀。本気を出せばこの国を滅ぼすことぐらい造作もない。故に、君が私とタッグを組めることは物凄い幸運なことなのだよ」
「はぁ……」
――くだらな……。
ガルムが密かに、心ではなった言葉である。
「くだらないとは失礼な」
「!?」
「にぃひぃ……図星だったかなぁ?」
カタリは、さっきよりも気持ちの悪い笑みを掲げる。
だが、図星であることは間違いない。ガルムはこの女を、カタリという謎を警戒した。
「まぁまぁガルム君。そう警戒せんでもよいじゃないかぁ」
「何故俺の名前を知っている?」
「え?急に聞くねぇ」
「答えろ」
そういえば、普通にガルムの名前を呼んでいるが、私はガルムの名をここで聞いたことがなかった。
つい、前の癖で呼んでしまった。
「それは……秘密かな?」
「…………」
――こりゃ、もんのすごい警戒されてるね……。
あ、そうだ。と、私は天才的な発想を思いつく。
それは、
「なら、私の相棒となりたまえ」
この男が、私と一緒になる。それが、私の情報との交換条件であるというものだ。