砂漠の相棒
さて、物語が始まる前に一つ。
私は時の魔法使い。基本はこの物語の語り手として役目を果たす。だが、時に私はこの世界へ介入し、物語の進行役としても役目を果たす。
まぁ、分かりにくいと思うが我慢してくれ。私自身も混乱することがよくある。
あぁ、私のことは「カタリ」とでも呼んでくれ。そう呼んでくれたほうが分かりやすいし、読み手側の君たちにもシンプルで伝わりやすいだろう。
何より、私には明確な名前がない。
おっと、話がズレてしまったね。
とにかく、こんな形で語りとしての物語進行を務めさせてもらう。よろしく。
―――――カスナート暦百二十六年・七月
「なぁ、これ、受け取ってくれよ」
果てしなく広がる砂漠の夜、一つの声が響く。
岩場に寄りかかり、全身に傷を負った男が近くの男に一振りの剣を差し出している。
剣は月の仄かで、怪しく、妖艶で冷たい光が照り付き、周囲に散らつかせている。
「ん……?これ、お前の大事なもんじゃないのか?」
近くの男は傷ついた男にそう言う。
彼の名はのガルム。この物語の主人公。
「大事だからお前に受け取って欲しいんだよ。な?受け取ってくれよ」
傷ついた男の声は荒く、哀しい。
この傷ついた方はイシュメア。ガルムの相棒だ。
「な?って……まぁ、貰えるんだったら貰っておく」
ガルムは差し出された剣を受け取る。
「ありがとうな」
「ありがとう、って……別に感謝するようなことじゃ…………」
イシュメアを振り返ると、ガルムはしばし沈黙する。
「ふぅ…………」
しばらくしてガルムは立ち上がり、己の得物、投擲斧であるトマホークを腰から抜き取ってイシュメアの身体に斧刃を抉りこませる。
「俺の大事な斧だ。大切に使ってくれや」
そして軽く手を合わせてから、その場を立ち退いた。
ガルムの相棒、イシュメアは死んだ。
ガルムとの付き合いは長く、約五年半といったところ。
たいていはバディ結成から二年もすればどちらも死ぬ。傭兵の中じゃ、長生きな方である。
――バディ。
バディとは、この大陸に古くから残る伝統。
傭兵に留まらず、冒険者、兵士、そして騎士なども、この伝統に則り、二人一組のペアを作る。
そうしてできたペアを相棒と呼び、どちらか或いは両方が死ぬまで仕事の付添人となる。
その相棒を失うことは、仕事を続ける上では危険で、死に等しい。そう、囁かれている。
何より、たった今ガルムはそんな心強い相棒を失った。
ガルムは元相棒を背に、強く拳を握りしめる。
唇を強く噛み締め、涙を堪えた。まだ敵が近くにいるかもしれない。その万が一の事態が、思考回路を正常にしておいてくれるたった一つのものだった。
すると、ガルムの目の前に黒い外套を身にまとう五人組が姿を表す。
おそらく、追い剥ぎや強盗などの盗賊の類。あるいは死体漁りか何かだろう。
五人組は何か相談した後、それぞれ武器を抜き取った模様。
ガルムはそれに応えるようにして「相棒」より授かりし「新しい相棒」を手に取る。
剣の種はタルワール。この地域で、広く普及している武器の一種だ。
刀身が特徴的な曲線を描くことから、周辺諸国から「獣の鉤爪」とも言われる。
タルワールを構え、大地を一蹴り。
五人対一人の戦いが始まった。