吾妻は猫である
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上記のイラストから構想を得て文章にさせていただきました。
下記が原作者様のTwitterアカウントです。
https://twitter.com/ship_o_man1015
吾妻は猫である。名前はまだ無い。
お前は吾妻猫だろう、と言いたい気持ちは分かるけど私はその名前が嫌いだ。
誰も彼もが私を吾妻、吾妻と私でない私を褒め称え、時に崇めもする。
今日も学校の前には私を家に送るために贅を尽くした送迎車が私を待ち構えている。
国家を象徴する偉大な佇まいを、無言の圧力で意識させる校舎を背にしている私に声がかかった。
「吾妻さん。ごきげんよう」
質の良い生地で作られた制服を纏う同級生からの言葉が同校の生徒へ波及し、従来通り注目の的とされてしまう。
毎日がそうで、頭がパンク寸前だった私は、その日はもう堪らずに逃げ出した。
走り出した先の公園で一匹の黒猫と出会った。
後ろにいるSPの気配を感じながら私は猫に手を伸ばす。
この手に頭を摺り寄せる猫としばらく指先で戯れていた。
「君みたいに自由になりたいなぁ」
にゃあと鳴く黒猫の頭を撫でると喉を鳴らし始めた。
「でも飼ってはあげられないよ。パパは血統書付きじゃないと認めないから」
ゴロゴロと体を摺り寄せる猫は何と愛おしいことだろう。
「また明日」
赤く染まる地面に長い影が延びる時分、私は猫に別れの挨拶を告げた。
「パパには黙ってて」
気心が知れた黒服のSPにそう告げると、巨漢は黙って頷き猫の毛を払うブラシを手渡してきた。
それから私は黒猫に会いにいくのが毎日の楽しみになった。
送迎車にも乗らず下校時間になると走っていく私を見て、初めの頃は仰天していた生徒達も、やがてそれを日常のことだと慣れ親しみ、物珍し気な眼差しをする者はいなくなった。
小さな頃から私の面倒を見てくれた女中さんに無理を言って作ってもらった猫のおやつを鞄に潜ませて、今日も私は走った。
繁華街を少し折れ曲がった路地裏で、黒猫がいつものように目を真ん丸にさせて待っている。
「んふふ、ナツメー」
そう名付けた猫に私は抑え切れない笑顔で手にしたおやつを差し出す。
「にゃーん」と甘えた声を上げるナツメに私も「にゃーん」と答えた。
恐らく犬歯まで見えている私の顔を無視して、ナツメが私の手にあるおやつを舌で舐め続ける。
おやつが舐めづらくなった猫の口元に引きずられるように、屈んでいる私は腕を前へ前へと体ごと前傾する。
いつもならここからナツメを撫でてゴロゴロタイムに入るタイミング。でも今日のナツメは私の首に下がっているロザリオを引きちぎって去っていった。
「待って!!」
ママの形見を口にした黒猫の姿を見つけることはできなかった。
夕食時、家紋のロザリオがないことをパパに聞かれた。
野良猫にあげたと私は答えた。
どうせSPから報告は上がっていると知ってのささやかな反抗でしかない。
ただその日は珍しく「そうか」とだけパパは言った。
一応の理論武装を用意していた私は拍子抜けしてしまった。
翌日、暗い足取りの下校時刻。
校門前にある送迎車に向かうと、私の足元を黒猫が過ぎ去っていく。
「ナツメ!」
私はその後を追った。
まるでナツメに誘導されるかのように辿り着いた路地裏の酒場に、一緒に飛び込んでしまう。そこでは私――吾妻猫が過ごす日常では見ることもない光景が繰り広げられていた。
「こんなヤベェもん捌けると思って持ってきたのか!!?」
「吾妻からパクったモンなんぞ売れる訳ねぇだろうが!!」
大人たちが銀髪の男の子に暴力を振るっていて、咄嗟に私は両手を広げて彼等の前に立ってしまっていた。
「これはこの子にあげたんです!」
「ああ!?」
反射的に彼等は私を威圧したが、私の身なりを一瞥した男達がたじろぎながら問いかけてくる。
「へっへ。吾妻の方で?」
「私の顔も知らないの!」
私の剣幕に男が一瞬だけたじろいだ。が、
「こんな人目につかない場所で何が起きても闇から闇へなんだよ、お嬢ちゃん」
「話が通じないならこの子と逃げるだけです」
「逃がす訳ねぇだろうが。たっぷりかわいが」
下卑た口上の途中で男が戦慄して言葉を切った。
恐らく私の後に続いて店内に入ってきたSPを目にしたのだろう。体躯の良い黒服が内ポケットに手をやる様を。
薄汚い格好をした男達は蜘蛛の子を散らすように去ってゆく。恐らく外の警官隊に捕まっただろうけど。
「大丈夫?」
私は銀髪の男の子に声をかけた。
少し年上だろうか。破れたシャツから覗く筋肉質の肌を、普段見慣れないものだから私は凝視していた。
「何見てやがる」
少年は悪びれる様子もなく私に悪態を吐く。
「吾妻ってのはスゲェんだな。返すぜ、こんな・・・売れもしねぇモンはよ!!」
地面に叩きつけようとしたそれを、彼は思い留まり私に差し出してきた。
「私は吾妻じゃない」
「は?」
混乱している彼に私は言葉を畳みかける。
「私の名前は猫!吾妻は関係ない!!」
「・・・猫?」
彼は聞き返しただけなのだろうが、家族以外に名前を呼ばれるのは久しぶりだった。
「そう、猫。貴方の隣にいるナツメと同じ」
男の子は自分の横にチョコンと座る黒猫に目をやった。
「財閥のお嬢様ってのは、そんなことまで調べなきゃならねぇ趣味なのか?とんだ変態だ」
「何のこと?」
「俺の猫のことナツメって知ってんだろ。悪趣味過ぎるぜ」
言い終わると、彼は鼻を摘まみ溜まっていた血塊を噴き出した。
「ナツメは私がつけた名前」
「俺もこの猫にナツメって付けたんだよ」
少年の言葉に私は口角を上げて猫のような八重歯を剥いてしまう。
「吾輩はネコである」
「酒場にゃ不釣り合いな文豪の言葉だな」
「博識だね」
言葉が通じた喜びに、少年の短い銀髪をワシャワシャと撫でた。
「お嬢様」
「ああ、うん。帰ります。帰るけどパパには黙っててもらえるかな・・・ダメ?」
潤んだ瞳で必殺許せビームを出してみた。
「バトラーには報告致します」
「うえぇえ・・・」
お説教と反省文のことを考えると自然と情けない声が漏れてしまった。
SPとその場を去ろうとする私は気になっていたことを思い出して少年に駆け寄る。
「名前聞いてなかった!」
「どうでもいいだろ。二度と会うこともないくらい、アンタとは住む世界が違う。俺は一生」
「会わなくてもいいけど私は知りたいの!」
「・・・ギン」
気恥ずかし気に男の子が答えた。
「覚えやすーい!」
銀髪を再びワシャワシャすると、不機嫌な表情でギンがその手を退けた。
「もし会うことがあったら、今度はネコって呼んで」
その言葉を最後に私はSPと共に酒場を後にした。
―――数年後―――
「失礼致します」
重厚な作りの扉をノックした後、そう告げてオレは主の部屋に入室する。
「掛けなさい」
穏やかな口調で屋敷の主がオレに上等なソファへ座るよう手で促す。
その声色、その佇まいに、たった今開けた扉以上の重厚で尊大な威圧感を覚えた。
「竜胆君、パスポートは持っていたよね?」
「ええ、お嬢様がアメリカへ卒業旅行に向かわれる際、護衛のため取得しております」
豪気に笑いながら、対面に座るオレの主人は葉巻に火を点ける。
「また猫のボディガードを頼むよ」
「ヨーロッパへの外遊の件でしょうか」
「やはり君は話が早い!」
オッサ・・・旦那様が両手でオレの肩をバンバンと叩いてくる。
孤児院育ちのオレをお抱えの警備員として迎えてくれた旦那様には感謝している。
だが、こうやって鋼の様な肉体で相手の体を叩いた後に『筋肉は全てをソリューションする』などと宣って男の上半身を撫でまわす癖にはケツを寒くさせられる。
恐らく次に口にする言葉は亡き奥さんとの馴れ初めだ。
「猫がヨーロッパを見て回りたいと言った時は嬉しかったなぁ。私が妻と出会ったのはフランスでねぇ」
警備の仕事についてから何千回と聞かされた話に相槌を打つのも、仕事だと割り切ってしまえば苦ではない。
白い歯を見せながら語り続けるオッサンの表情は、酒場で見せたネコの表情に似ている。
「一目惚れだったんだよ。あるかね、君には?」
「好きな子はいましたが旦那様には敵いません」
「俺はアイツを幸せにできなかった」
「お嬢様との日々は幸福なものと存じ上げます」
酒が進み、オッサンが饒舌になる。
「娘を大切にし過ぎた。猫は窮屈だったんだな」
「教養を身に付けることは必要かと」
ネコの性格はアンタに似たんだと思うよ。
「・・・た・・・が、ツ・・・から貰ったロザリオは君が持ってるんだよな」
「オッサン・・・失礼しました。常に持ち歩いてます」
「それならいい」
いつものように豪快に笑う旦那様は、ゴミの掃除屋として雇われていた時にオレが呼んでいた名前を、今でも許容できる器のデカい男だ。
話をロクに聞いていなかったこともバレている。
「娘は君に任せたよ」
オレは深々と頭を下げた。
ネコの行脚先を眺めながら各地の情勢を情報部に調べさせる。
今では人を使えるようになった。
それでもオレはテールグループ総轄のオッサンが、自邸のゴミを捨てるために雇った掃除屋の時とやることは同じだ。
変わったのは一つだけだ。
処理する生ゴミが少しデカくなった。
オレの頭に幼いネコの背中が浮かぶ。
あの日、そう誓ったんだ。お前が見るのはオレの背中だ。
だからオレの後ろに血は流れねぇ。
竜胆 銀河
愛称:ギン
以下はイメージで書かせていただいた当SSを、原作者様が更に描き起こされたイラストになります。
https://twitter.com/ship_o_man1015/status/1555689164930105345