鏡の向こうにいるモノ
会社の飲み会の帰り茜は帰宅するため、終電間際の電車に乗るため駅へ来ていた。スマホで時間を確認すると、まだ時間に余裕があるためトイレに入る。
「ふぅー。今日はちょっと飲み過ぎたかも」
茜は手洗いをして、壁にある鏡で自分の顔を確認する。恐らく酷く火照った顔が映っていると思い確認したら、そこには奇妙な状態の自分が鏡に映っていたのだ。
「え」
自分でも間抜けだと思うくらい変な声が漏れ出た。何せ鏡に映った顔には、目も鼻も口もないからだ。
やばい。そう思い後ずさっていたら、身体の後ろに何か当たる感触があった。恐る恐る後ろを振り向くと、顔のない茜の身体をした怪物が立っていたのである。首があり得ない方向にねじ曲がり、
「ねぇ貴女の顔、私に頂戴」
茜の身体をした怪物は口がないにもかかわらず、そう言って彼女の身体を強く掴んできた。
「やめて! 離して!」
とっさに掴まれた手を強引に引き剥がし、茜はトイレから出て逃げだす。逃げる途中右足のパンプスが脱げたが、構わず走り続ける。
(さっきのは何なの!)
恐怖に怯えながら茜はどうにか電車のホームの階段を駆け上がり、無我夢中で外に出た。確かに外に出たはずだった。
「どうしてまたここに……?」
気付けば茜は、また先程怪物のいた鏡のあるトイレに戻っていた。そして鏡からあの顔のない怪物が当然のように這い出て、茜へ襲い掛かる。押し倒されて地面に倒れこんだが、幸い頭を打つ事は避けれた。
「ねぇ、早く貴女の顔を頂戴」
おぞましい声で怪物が言いながら、茜の顔に手を触れようとする。茜は直感で触れられたら危険だと察知し、即座にスーツのポケットに入れていた万年筆で怪物の額を一突きした。
「この化け物が!」
「ギャアアァ!」
顔のない怪物は悲鳴を上げ仰け反り、茜から離れた。
「とにかく今のうちに逃げないと」
息も絶え絶えに外へ逃げるため走る。しかし――、茜が何度外に出ようと試みても、再びあの鏡の前に戻された。
「どうしてまた戻ってくるのよ!?」
既に肉体も精神も消耗しきった茜の前に、再びあの怪物が姿を現す。
「さぁ、早く貴女の顔を頂戴」
そしてついに怪物が茜の顔に手を触れた。
「い、嫌よ。やめて。いやあああ!」
茜は鏡の中に吸い込まれ、そしてその場に残った怪物が改めて鏡で顔を確認した。
そこには顔のパーツがある。ようやく満足したのか歪な笑みを浮かべ、途中で落としたパンプスを拾って履き直し、彼女は外へ出たのだった。