勇者の死
※残酷描写あり
十分殺しあいを楽しんで満足した僕は、わざと少しずつ劣勢に陥っていった。具体的には魔法を使う頻度を減らして、強化倍率をほんの少しずつ低下させて、最終的には治癒魔法すら使うのをやめた。
要するに魔力が切れて戦いについていけなくなった、っていう演出をしてるのさ。こういうのは仕込みが肝心だからね。そうだ、説得力を持たせるためにもう一回腕でも斬り飛ばしてもらおう。クソほど痛いけど、だからこそ生きてるって実感があってやめられないね! あ、僕は痛みに興奮するMじゃないよ。
「ふう……ここまで、かな?」
「そ、そう……よくやった、けど……ここまで……」
そんなわけで、今は無事追い詰められて地面に膝をつく傷だらけの勇者を演じてます。左腕はさっき斬り飛ばされたからその辺に落ちてるよ。
何にせよ、これにて準備完了。そして予想外の事態が起こってもすぐに対処できるよう、強化倍率も一気に百倍くらいに引き上げておく。後は派手に散って死を演出するだけだ。
「さ、最後に何か、言い残したい、ことは……ある……?」
僕の首筋に刀を当てながら、相変わらずビクついたような喋り方で尋ねてくるルキフグス。その和服っぽい衣服は所々破れてたり焦げてたり、尻尾の鱗も焼けてたり剥がれてたりはするけど、残念ながら胸元を裂くには至りませんでした。なかなかガードが固くてね……。
「んー、そうだねぇ……じゃあ、最後にこれを見て欲しいかな?」
「な、なに……?」
「これだよ、これ」
そう言って、僕は懐に右手を突っ込んでとある物を取り出す。正確には、つい今しがた懐の中に魔法で作り上げたものを取り出した。
それはちょうどゴルフボールくらいの大きさの無色透明の綺麗な石。あ、宝石で命乞いをしようってんじゃないよ? 命乞いなんて僕の美学に反するからナンセンスだよ。これはただの魔石さ、魔石。
「っ――」
ただこの大きさでも、一般人から見れば秘めた魔力は結構なもの。だから顔色を変えたルキフグスはすぐさま僕の首を刎ねようとしたけど、百倍に加速された反射神経と思考速度には遠く及ばない速度だね。
だからルキフグスの刀が僕の薄皮を裂くよりも、僕が行動を起こす方が圧倒的に早かった。
「――一緒に死のうぜ!」
そう叫んでから、自分の時間の流れを千倍に加速する。途端に僕以外の全てが停止したように凍り付く。
この状況まで持っていけば後は簡単だけど、ここまで持っていくのが大変だったかな。対話もせずにすぐぶっ殺す、っていう過激派が相手なら難しかっただろうし。ここはルキフグスがチョロい子で助かったね。
「ここに野郎の死体を出して……この死体を今の僕そっくりにして……この魔石を持たせて……よし、完璧!」
そうして疑似的に停止した世界の中で、僕は偽装工作を着々と進めた。
まず異空間から適当に見繕った野郎の死体を引きずり出して、魔法で僕そっくりの姿形にする。もちろん今負ってる傷とかもそっくりにね。その死体を蘇生させて血色を取り戻させたら、今さっきまで僕が膝をついてた場所に同じ姿勢で置く。魔石も持たせればあっという間に変わり身の出来上がりだ。
これで後は時間の流れを戻すと同時に、大爆発を発生させれば完璧。一応僕自身にも自動蘇生をかけてるから、変わり身なんて使わずに自分で自爆しても問題は無いんだけど、さすがに木っ端みじんになるのはちょっと遠慮したいかな。
「おっと、それと消失。後は離れて、っと……」
全ての準備を終えた僕は、最後に自分に消失をかけてからその場を離れて森の中に入る。
さあ、これが勇者としての最後のお仕事。限界を迎えた勇者が自爆して魔将を道連れにしようとする、二階級特進間違いなしの感動のシーンだぞ! 実際はルキフグスが死んで聖人族と魔獣族のパワーバランスが崩れないよう、爆発の威力は控えめにするけどな!
さあ、時よ流れろ! 派手な最後を演出するぞ!
「――っ!!」
時間の流れを正常に戻した途端、ルキフグスは顔を青くして必死に飛び退こうとした。元々顔色暗いからちょっと分かりにくいけどね。しかし首を落とすのが間に合わないと判断して即座に飛び退こうとした反応速度は凄まじいね。
だけど――ドッカアァァァァァァァァン!! 僕は容赦なく身代わりを爆発させた。その肉体は一瞬で弾け飛んで血肉があっというまに塵になって、轟音と爆炎が周囲に広がった。それだけならまだ良かったんだけど、発生した衝撃波が辺り一帯の樹をへし折って吹っ飛ばしちゃったよ。ちょっと爆発のイメージが強すぎたかもしれんな、これ……。
「あぅ……い、たい……ヒール……」
勢い余って殺しちゃったかとビクビクしてたら、爆発で出来たデカいクレーターの縁辺りでルキフグスが身を起こした。かなり薄汚れちゃった感じだけど見た感じ五体満足だし、涙目になってることと胸元はほぼノーダメなことを除けば問題ないね。すぐに自分で回復して立ち上がったし。
しかし爆発を至近距離で受けたんだし、ちょっとくらい見えてても良いんじゃない……?
「何にせよ、これで偽装工作終了だね。でも……何か物足りないなぁ……」
こうトントン拍子に行くと、何かこう、逆に自分でぶっ壊したくなる不思議。具体的にはもっと混乱や混沌を引き起こしたくなってくるね。
まあすでに爆発のせいでそこらの樹が燃えてて、魔獣族たちは必死に消火活動を始めてるけどさ。
「あっ、そうだ! 良いものがあるじゃん!」
そんなわけで僕は異空間からとあるものを引きずり出して、できるかぎり水平な地面に設置した。
これは聖人族の砦を出発する前に、エロお姉さんザドキエルから貰った打ち上げ花火。どうしても国境越えが難しい時は、これを打ち上げれば力を貸してあげるって言ってたやつね。せっかくだからどんな感じで力を貸してくれるのか見ておこうかな。というわけで、点火!
「――発射ぁ!」
数秒後――ボンッ! 小さな炸裂音と共に花火が打ち上がって、青い空を綺麗に――いや、明るいから良く見えないな。たぶん綺麗に彩った。
「あ、アレは……!?」
「気を付けろ! 来るぞっ!」
発射音や花火そのものに気付いた魔獣族たちは、一旦消火活動の手を止めて臨戦態勢に入る。負傷したルキフグスの救援に駆け付けようとしてた奴らも足を止めたよ。その負傷はさっき自分で治してたけどさ。
しかし奴らの反応を見るに、これから何が起こるか分かってるみたいだね。たぶんザドキエルは毎回勇者にさっきの花火を渡してたんじゃないかな?
「――く、来るっ! みんな、さ、下がって……!」
燃え盛る森の中で沈黙が続く事およそ十数秒。ルキフグスが部下たちを下がらせ、刀を構えて前に出た。
さあ、一体何が来るのかな――って、おや? あの高速でこっちに飛来してくる物体は……えぇ、マジ?
「――お久しぶり、ルキちゃん! 元気だったぁ!?」
暴風を引き連れて飛来してきたのは、何と聖人族の砦にいたはずのザドキエル。ルキフグスとは顔見知りなのか、とってもフレンドリーな声をかけてた。
「ぐうっ……!」
でもフレンドリーなのは声だけ。ほんの十数秒で魔獣族の砦まで飛んできた速度そのままに、クソデカい大剣で音速の壁を突き破る一撃をルキフグスに叩き込んだよ。めっちゃ良い笑顔でね。しかしまさか本人が来てくれるとは思わなかったわ。てっきり遠距離から魔法でも打ち込んでくるんだと思ってた。
ちなみにそんな暴力的な一撃を刀で受けたルキフグスは、もの凄い勢いで吹っ飛んでった。ただし、しっかり地に足を付けた状態でね。これはたぶん勢いに逆らわずむしろ後ろに飛ぶことで、衝撃の大部分を後方へ下がる力に変えたんだと思う。実際十メートルくらい後ろにずり下がったのにわりと平然としてるしね。
「で、出たな、淫乱女……! こ、ここで会ったが、百年目……!」
「たぶん二百年ぶりくらいじゃない? それよりルキちゃん、さっき何だかとっても大きな爆発があったけど、アレは何なの?」
やっぱり聖人族と魔獣族はトップも水と油みたいで、どっちもやたらケンカ腰だね。ザドキエルの方は口調はあんまり変わらないけど、油断なく大剣を構えて瞳に敵意をメラメラ燃やしてるし。
「ふ、ふ、ふ……き、聞いて驚け……! お、お前たちが送り込んだ、勇者は……私に、敗北、して……自ら、死を選んだ……!」
「……自爆、したってことかしら?」
「そ、そうだ……! ざまあ、みろ……!」
ルキフグスの若干得意げな答えに、ザドキエルは驚いたように目を見開いてた。本当は僕はここにいるよ!
「そうなの……もうっ。だから一晩一緒に過ごしましょ、って言ったのに……」
あれ? もしかして、アレって冗談とかジョークの類じゃなかったのかな? もしかして本当にやらせてくれたの、これ? 確かに胸を揉んでも怒られなかったし、これはもしかすると選択を誤ったのでは? でも処女じゃないしなぁ、この人……。
「……勇者くんは、果敢にも一人であなたに戦いを挑んだのね?」
「そ、そうだ……頭の、おかしな奴だった、けど……そこそこ、強かった、ぞ……」
チラリと目だけで周りを見回したザドキエルは、次いで事実確認をするように尋ねた。
たぶん僕の仲間たちはどこに行ったのか、色々と考えてるんじゃないかな。ルキフグスの答えから戦ったのは勇者一人で、他の人間の姿が無かったことは想像できるし。かといって他の人間たちを見なかったか聞いたら、勇者の仲間がいるってことを敵にバラすことになるしね。
それにさっき救援を求める花火を上げたのは、僕の身代わりが自爆して木っ端みじんに吹っ飛んだ後。だからたぶん、ザドキエルはそれを打ち上げたのがレーンたちだと考えてるんだと思う。
「そう……じゃあ、勇者くんのためにも弔い合戦をしないとね?」
そう口にして、相変わらず馬鹿でかい大剣を構える。
弔い合戦とか言ってるけど僕は深い仲になった覚えは無いし、これはきっとレーンたちが撤退する時間を稼いでくれてるんだろうね。勇者がいなくなったら国境越えもクソも無いし。
「か、かかって、こい……淫乱、女……!」
ルキフグスも改めて刀を構えて、腰を落としていつでも一太刀放てる姿勢に入る。
万全の状態の大天使VS疲弊した魔将、っていう若干展開の見えたカードだけど、周りにはいっぱい魔獣族もいるし、戦力差は差し引きゼロってとこかな。まあ魔獣族たちは森の消火活動に忙しそうだから、しばらくはルキフグス一人で頑張らなきゃいけないかもね。どっちも頑張れ、応援してるぞ!