勇者VS魔将
※残酷描写あり
※いつもの
ついに始まった魔将との楽しいバトル。
何でわざわざこんなことをしてるのかと言うと、僕もちょっと血が滾るような命を賭けた戦いがしたいから。それと勇者が死ぬような激しい戦いをした事実が欲しいからだね。もしかしたら聖人族の砦からこっちを覗いている奴がいないとも限らないし。
「――はあっ!」
ドラゴンの翼による羽ばたきと共に地面を蹴ったルキフグスが、一瞬で距離を詰めて斬りかかってきた。
今回は色んな強化倍率を三十倍にしてあるから、何とか見えるし対応もできる。だから僕を斜めに切り裂こうとする袈裟斬りに対して、左手の短剣を軌道に割り込ませたんだけど――
「おおっ!?」
ほぼ何の抵抗も無く、熱したナイフでバターを切るみたいに僕の短剣は切り飛ばされた。
やっぱおかしいな。破壊不能のアダ●ンチウ●ほどではないとはいえ、この短剣はかなりの耐久力を誇るはずなのに。僕の魔法防御を素通りしたことといい、もしかして向こうも魔法の無効化をやってるのかな? だとしたら僕の短剣が斬り飛ばされたのも納得。これ魔法で作ったやつだしね。
「――火球!」
駄目になった左の短剣を投げつけつつ後方に飛んで、魔法で反撃を試みる。さっきは森が燃えるのに配慮して炎は使わずにいたんだけど、もう知ったこっちゃない。そんなどうでもいいことよりこの楽しい時間をエンジョイしないと!
そんなわけで僕は空中に燃え盛る炎の塊を十個生み出して、それをルキフグス目掛けて射出した。
「む、無駄っ! ふっ!」
「えぇ……」
そして全弾綺麗なフォームで切り裂かれて霧散しました。
やっぱコイツ魔法無効化をやってると思うんだ。でも魔力が有限の可哀そうな人たちがそんなの実戦で使えるのかな? 特に魔法陣を使ってる様子も無いし、あの刀も普通の刀っぽいし……うーん、謎だ。
「に、二の太刀――空刃!」
「土壁――おっとぉ!?」
明らかに間合いの外で刀を振るうルキフグスだけど、念のため僕は土壁でガード――しようと思ったら作った土壁があっさり切り飛ばされた。
僕の頬っぺたもちょっと斬れたあたり、剣圧か何かを飛ばす武装術っぽい。そしてそれにも魔法の無効化が付与されてるんだから始末に負えないね。
「……凄いねぇ。魔法も何もかもお構いなしにバンバン切るなんて。一体どういう原理なの?」
「し、知りたいなら、教えてあげる……き、君の、身体に直接……!」
「ちょっとエロい表現来たこれ!」
少し興奮したのも束の間、すぐさま距離を詰められて斬りかかられる。
打ち合えないから何とか回避を頑張るんだけど、太刀筋がすっごい鋭くて速くてマジきついの。度々髪をちょっと持ってかれたり、肌を浅く裂かれたりしてる。強化倍率をもっと上げれば余裕をもって回避できるとはいえ、それじゃあつまらないからね。
しかしさっきからほぼ接近戦しかしないあたり、魔法はそんなに得意じゃないのかな? だとしたらマジでどうやって魔法を無効化してるのか……これもう分かんねぇな?
「い、一の太刀――重双!」
「……重曹? ベーキングパウダー?」
なかなか決定打を与えられなくてイライラしてきたのか、ルキフグスは一度距離を取ってそう叫んだ。お菓子作りでもするのかな?
でも叫んだだけで、何も起こらないまま再び僕に突っ込んできた。確かに素早いし鋭いけどさっきまでと何も変わってない。身体能力とかが強化された様子も無いし、普通に躱せる一撃だよ。
「そんな攻撃当たら――いったぁ!? 何で!? 今の絶対避けたじゃん!?」
でも油断は良くないから余裕を持って避けたら、間違いなく避けたのに僕の身体から血が迸った。
首を落とすような横斬りをのけ反って躱したら、何故かお胸がスパッと斬られたんだよ。もし僕が胸の大きい女の子だったらかなりのダメージだったんじゃない? 幸い僕は男だからちょっと表面切れたくらいで済んだけど、もうちょっと下だったら敏感な部分が斬り飛ばされてたね。
「ふ、ふ、ふ……避けても、無駄。絶対、当たる……!」
「ふーん。じゃあ、こうだ」
「っ!?」
今度は僕の身体を縦に真っ二つにするような一撃が迫ってきたから、そこにあえて自分の右腕を滑り込ませた。そうしたら刀が僕の腕に触れる前に、僕の右腕が斬り飛ばされたよ。いってぇなぁ。
これはたぶんアレだね。細かい所は分からないけど、斬撃の位置的なものをずらしてるか、あるいは斬撃そのものを増やしてるんじゃないかな? 今のは刀の前方に、さっきのは刀の横に発生させた感じで。
ただ僕の右腕から噴き出した血が刀本体を汚した辺り、やっぱり刀の方も普通に切れるんじゃない? てことは斬撃をずらした場所にも増やしてるって考えた方が妥当かな。そしてこの一撃も当然のように防御魔法を無視してくるし。
これを防ぐには、そうだね……磁力を操作して刀を反発させればいいんじゃないかな? あんまり離れた位置には斬撃を増やせないみたいだし、刀本体と僕の短剣を同極同士にして接触しにくくすれば、結果的に重曹――じゃなくて重双とやらも当たらないと思う。とりあえずこっちが攻める時に反発されたりすると困るから、向こうの刀とこっちの短剣の片方だけS極にしておこう。
「なるほど。斬撃がもう一つ増えるわけね――治癒」
「あ、頭、おかしい……!」
ドン引きした感じで後退って、異常者を見るような目で見てくるルキフグスを尻目に、僕はさっさと魔法で腕を生やした。
自分で斬らせておいて何だけどクソ痛くて泣きそう。思考速度とか反射神経を加速してるせいか、肌を裂いて肉を斬って骨を断ち切る痛みがじっくりと長く続いたし。でもこの痛みこそ命のやりとりって感じで楽しいよね!
「ハハハ、やめろよ。照れるじゃない――かっ!」
「うわっ……!?」
せっかくだから地面に落ちた僕の右腕を蹴り飛ばして、ルキフグスの顔面にぶつけようとしてみた。ドバドバと血が流れてる肘から先の腕を、すっげぇ嫌そうな顔で避けてたよ。別に変な病気は持ってないから、触れても大丈夫なんだよ……?
「ほーら、お返しだ!」
何にせよ隙だらけだし、すぐさま肉薄して短剣で和服の慎ましい胸元を切り裂こうとした。お返しもできるし、あわよくばピンク色のお花が拝めるかもしれないしね!
「ぐ、うぅっ……!」
「……おや?」
でも寸前で――ガキィン!
ルキフグスが軌道に割り込ませた刀の腹に、ギリギリのところで防がれた。戦闘中の合法的な痴漢が防がれてちょっと残念だったけど、今の僕は悔しさよりも疑問の方が大きかったよ。だって僕の短剣はしっかり形を保ってるから。
さっきまでは打ち合うことすらできずに一方的に切り裂かれて何度も何度も作り直してたのに、今はしっかり打ち合えた。何でだろ? 魔法を使う余裕が無かった? いや、魔法なら魔力が絶対的に足りないはずだし……ああ、いや。そっかそっか、そういうことか。
「なるほどなるほど。どうりで魔法を無視されて斬られるわけだ。手先が器用というか、制御が緻密と言うか……」
種を見破った僕は、両手に握ってた短剣をポイっと捨てた。代わりに異空間から――えっと、ほら、何だっけ? あの、首都で最初に僕が殺した女の子。駄目だ、名前忘れた。ともかく、その子が持ってた短剣を代わりに取り出して握った。
何か微妙に女子女子した可愛らしいデザインなのが気になるけど、たぶんこれじゃないと打ち合えないから我慢しよう。おっと、片方だけS極にしないとね。
「よ、よく、見破った……凄い……褒めてあげる……」
「わーい、ありがとう。それじゃあ反撃するね? 死ねぇっ!」
馬鹿にしてんのか本当に褒めてんのか分かりにくい根暗な顔でそう言われたから、とりあえずお礼を言ってから襲い掛かった。狙いはもちろん首――と見せかけて胸! 羞恥心を煽ることが出来れば戦闘能力は低下するだろうからね。決して他意はない。無いったらない。
「す、スケベ……!」
それなのに――ガキィン! 何故か身に覚えのない罵倒を受けた上に、短剣を刀で防がれた。
でもこれは想定の範囲内だし、予想通りだ。だってしっかり受け止められてるし、鍔迫り合いに持ち込めてる。僕の短剣が一方的に斬り飛ばされたりはしてない。
「やっぱりね。刀の刃の部分にだけ魔法を無効化する効果を付与してるわけか」
「そ、そう……魔法頼りの人は、これで、イチコロ……」
僕の予想に対して、ルキフグスはあっさりと頷いた。
やっぱりコイツは刀の刃っていうもの凄く細い部分にだけ、魔法を無効化する効果を付与してたんだ。だから僕の防御魔法を素通りしたり、僕が作った短剣をあっさり壊せたりしたわけだね。僕もよく魔法無効化は使うけど、いつも大体結界の内部とかの超広範囲にしか使わないから気付かなかったよ。
確かにこの極限まで範囲を狭めた状態なら、魔力が有限の可哀そうな人たちにも使えそう。ひりつくような剣戟を交わす中で、こんな髪の毛よりも細いラインをずっとイメージし続けられる集中力があるなら、の話だけどね。
「凄いねぇ、尊敬するよ。僕ならとてもじゃないけどこんな真似できないね」
「ふ、ふふ……あ、ありがとう……」
ぽっと頬を染めて、くねくねと嫌らしく身体を悶えさせるルキフグス。やっぱチョロいっすね、コイツ。このチョロさならいけるかな?
「どういたしまして。それじゃ、僕はこの辺で……」
「だ、ダメ……逃がさ、ない……!」
ダメかー。さりげなく逃げようとしたら鍔迫り合いの圧力を高めてきたよ。
まあ僕をここで見逃す理由はないよね。そもそも僕、さっき自分で勇者だって名乗っちゃったし。
「えー、ダメ? 見逃してくれたりしない?」
「き、君は、勇者だから……ここで、殺さなきゃ……」
微妙にフレンドリーだとは思ってたけど、やっぱり殺る時は殺る人みたい。不健康そうな瞳の奥に明確な殺意が燃えてるよ。
逃がしてくれないならもうちょっと頑張らないとね。何せ僕は誰がどう見ても戦死したって感じの状況を整えなきゃならないんだから。横槍の入らない一騎打ちをしてくれてるだけ十分ありがたいと思おう。
「うーん、そっか。じゃあ死にたくないから適度に頑張ろう。最後に一糸纏わぬ――じゃない、一矢報いてやるぜ!」
「こ、この、スケベ……!」
それにこんな楽しい時間、すぐに終わらせるなんて勿体ない!
そんなわけで、僕は何故か顔を真っ赤にしたルキフグスとしばらく斬り合って楽しむのでした。やっぱり命のかかった殺しあいって楽しいね! まあ僕はミニスにかけたのと同じ自動で蘇生する魔法を自分にかけてるけどな! 安全にスリルを楽しめるのならそれが一番だよ!