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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第4章:ジャーニーズエンド
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怒涛の展開

⋇引き続きハニエル視点

⋇残酷描写あり





 私の法衣がクラウンさんの手により引き千切られ、胸元を曝け出されてしまうその寸前。全く予想外のことが起きました。


「――は?」

「え……?」


 私に迫っていたクラウンさんの手が、突然ボトリと地面に落ちました。手首から先が、まるで切り落とされたかのように。これにはクラウンさんも私も呆気に取られてしまいます。


「ぎ、ギャアアァァァァァァァァァァッ!?」


 でもそんな反応を取れたのも束の間の事。すぐに無くなった手首の断面から大量の血が噴き出して、クラウンさんはとても痛々しい悲鳴を上げます。

 目の前で大量の血が噴き上がる光景に私も悲鳴を上げそうになりましたが、凌辱の末の死から逃れられたという安堵があったせいか、耐え難い吐き気を覚える程度で済みました。


「はい、そこまで。それ以上僕のモノを僕の許可なく壊そうとしないでくれる? 器物損害だぞ」


 何だか不機嫌そうな声に目を向けてみれば、そこにはこちらに片手を向けた状態で立つ勇者様の姿がありました。 

 たぶん、クラウンさんの手首は勇者様が魔法で斬り飛ばしたのでしょう。でも、どうしてそんなことをしたのでしょうか。私が役立たずだからここで殺しておくべきだと言ったのは、他ならぬ勇者様のはずなのに……。


「く、クルス、テメェ! 何をしやがるっ!!」

「何って、それはこっちの台詞だよ。何でいきなりハニエルに暴力振るってるの? 僕のモノに手を出すのは許さないよ? ちょっと興奮したけど」

「な、何だとっ!? コイツを犯して殺すって計画だったじゃねぇか!」

「真っ赤な嘘に決まってるでしょ。僕が殺すのは、お前だよ?」

「なっ……!?」 


 これは……驚きました。勇者様は私ではなく、クラウンさんを殺そうとしているみたいです。

 思い出してみると先ほどクラウンさんは私の逃げ場を塞ぐために、私を挟んで勇者様の反対側に立っていました。その状態で勇者様がクラウンさんに向けて喋りかけたので、それを私は自分が言われているのだと勘違いしてしまったのでしょう。

 ですが、勇者様が何故クラウンさんを殺そうとしているのかは分かりません。役立たずで足を引っ張ることしかできない私ならともかく……。


「お、俺が何をしたってんだよ!? 何で俺が殺されなきゃならねぇんだ!」

「いや、別に何も? でもさ、お前を殺すのは最初から予定に入ってたんだよね。だから大人しく殺されてくれると嬉しいな?」


 血の吹き出す手首を押さえながら、必死の形相で尋ねるクラウンさん。ですが、返ってきたのはあまりにも恐ろしい答えでした。

 別に何もしていない。最初から殺す気だった。だから大人しく死んでほしい。そんな理解することなんてできない答えを、勇者様は優しい笑顔を浮かべながら口にしています。

 私は、勇者様は優しい方だと思っていました。ちょっと、いえ、かなりエッチなところはありますが、それでも世界の平和を願い行動を起こす高潔な精神を持つ方だと思っていました。なので、この返答はあまりにも信じ難いものでした。どうしてあの勇者様が、こんな恐ろしいことを平気で口にできるのでしょうか……?


「テメェ、気でも狂ったのか!?」

「アッハッハッ。残念、僕は最初から気が狂ってるからその台詞は当てはまらないんだな、これが」

「……このイカれ野郎が! 死にやがれ!」


 恐ろしいことに、勇者様はさも愉快とでも言いた気に笑っていました。そしてそんな勇者様に対して、クラウンさんは異空間から斧を取り出して襲い掛かりました。

 取り回しやすいように刃の近くを握っているとはいえ、利き手と逆の方の手を使っているにも拘わらず、振り下ろされる斧は凄まじい速さで風を斬って唸ります。周囲の樹々がざわざわと揺れるほどの風圧が巻き起こるほどです。

 そんな一撃に勇者様は反応できなかったのでしょうか。迫る凶刃を前にしても、無防備に立ったまま動きません。私は『危ない!』と反射的に声をかけようとしましたが――


「――なっ!?」


 ――ガキィン! という金属音と共に、クラウンさんの一撃は勇者様に届く前に弾かれました。

 何でしょう、今のは……確かに防御魔法などを使えば刃物の一撃も防げると思いますが、そういう魔法は完全に威力を殺すことなんてできません。それに魔法の範囲が身体の表面から離れれば離れるほど、消費する魔力も膨大なものになります。今のようにクラウンさんの斧を一メートル以上手前で、それも弾き返すには、非常に膨大な魔力が必要なはずです。

 一体、今のはどういうことなのでしょうか……。


「……ああ、お前らには見えないから何が起きたのか分かんないのか。よし、じゃあ見えるようにしてあげよう。消失(バニッシュ)、解除」


 訝しむ私たちに納得した様子でポンと手を叩く勇者様は、次いでパチンと指を鳴らしました。すると勇者様の目の前に、空間から滲み出すように人影が現れて――って、え? あの人は、もしかして……?


「――なっ!? て、テメェは殺人鬼のクソ野郎!? 何でここにいやがる! 処刑されたって聞いたぞ!」


 驚きました……何故ならそこに現れたのは、フードを被った赤い髪の少女――連続殺人鬼ブラインドネスとして処刑されたキラさんだったからです。

 しかも勇者様を守るように背中に庇い、鋭い鉤爪を構えています。恐らく先ほどクラウンさんの一撃を弾いたのは、勇者様の魔法ではなくキラさんの一撃だったのでしょう。

 ですが、それならそれでやはり魔力の問題が付きまといます。キラさんがクラウンさんの一撃を捌いたのなら、キラさんは今まで透明人間にでもなっていたことになります。先ほどの言葉を考えるに、勇者様がその魔法を行使していたはずです。一体、勇者様はどれほどの魔力をお持ちなのでしょうか……?


「表向きには、な。お優しい勇者様が面倒な演技をしてまで、あたしを大切に守ってくれたのさ。あたしはお前なんかと違って、クルスの真の仲間だからな」

「クルス……! テメェ、こんな殺人鬼と手を結んでやがったのか! コイツがどれだけ聖人族を殺したか分かってんのか!?」

「確か五百後半くらいだったかな? あ、そうそう。もうお前らも演技とかやめていいよ」

「やったー! 最近ずっと演技してばっかりだったから、やっと一息付けるよー!」

「私も同感。やっぱ好きに話せるのは良いわね……」


 何でしょう、全く理解が追い付きません……勇者様はキラさんが連続殺人鬼だということを知っていて、その上で手を結んでいて、キラさんを助けるために一芝居打ったということなんでしょうか?

 信じられません。世界の平和を願った勇者様が、恐ろしい殺人鬼と手を組んでいるなんて……でも、リアちゃんもミニスちゃんも全く疑問の表情を浮かべていません。むしろほっとしたような表情でため息を零しています。


「それとキラ、せっかくだから正体を見せてやったら?」

「そうだな。どのみち国に戻るなら、正体を隠してる必要もねぇか」


 勇者様が何事か提案すると、キラさんはこくりと頷きました。そしてフードを下ろすと、そっと頭に手を当てて――!?


「て、テメェ!? 獣人だったのか!?」


 クラウンさんがあまりの驚愕に一歩後退ります。でもそれも仕方ありません。私も一瞬息が止まるほど驚きました。

 何故ならキラさんがカチューシャを外すと、その下からフサフサの猫耳がぴょこりと顔を出したからです。そしてその衝撃の光景を、私とクラウンさん以外は当然といった表情で眺めています。


「うーん、やっぱ猫耳は良いね。可愛い。よしよし」

「にゃ…………おい、やめろ。今そういう場面じゃねぇだろ」


 そして勇者様は嬉しそうに笑いながらキラさんの喉をくすぐり、キラさんは数秒ほどうっとりとした後にその手を叩きます。

 これは一体、どういうことなのでしょう……真の平和を望む勇者様が、たくさんの聖人族を殺してきたキラさんと手を結んでいて、実はキラさんの正体は魔獣族で、それを勇者様は知っていて……もう、何が何だか分かりません。混乱で頭がどうにかなってしまいそうです……。


「そうか……どんな褒美を出されたか知らねえが、テメェは魔獣族の側についたってわけか」

「ちょっと違うけど訂正すると話が長くなるし、たぶん訂正しても受け入れないだろうからそういうことで良いよ」

「……レーン、テメェもか?」

「そういうことだ。悪いが、秘密を知った君を生かしてはおけない。大義のための礎となって貰おう」


 そうして私だけが混乱でどうして良いか分からないまま、状況は進んでいきます。相変わらず無防備に立っている勇者様の前に、杖を手にしたレーンさんが立ち、キラさんの横に並びます。リアちゃんとミニスちゃんは勇者様の後ろに控えるように。

 もう、何が何だか分かりません。一度は死を覚悟したのに、それを上回る展開の連続に全くついていけていません。私はどうすれば良いのでしょうか……?


「何が大義だ。畜生の味方をする裏切り者共が……ぶっ殺してやるぜ!」

「むっ――」


 混乱の極みで勇者様たちとクラウンさんを交互に見ていると、突然クラウンさんは斧を振り上げ、魔力を放出し始めました。それに気づいたレーンさんが僅かに眉を顰めますが、行動を起こす時間はなかったようです。

 その前にクラウンさんが斧を地面に叩きつけ、猛烈な爆音と尋常でない量の砂煙が辺り一帯に立ち込めました。私の一番近くにいたクラウンさんの姿すら見えないほど、もうもうと砂煙が舞っています。


「視界を塞ぐなんて小賢しい真似するなぁ。まあ数でも質でも負けてるから、小細工する気持ちは分かるけどね」

「なあ、アイツ殺していいか?」

「いやいや、ここはどんな風に動く気なのか見守ってあげようよ。じゃなきゃ可哀そうでしょ」


 砂煙の向こうから聞こえるのは、勇者様とキラさんの恐ろしい会話。

 まさか、勇者様は本当に魔獣族の側についてしまったのでしょうか? 聖人族と魔獣族が手を取り合う、素敵な世界を実現するために努力しているのではなかったのでしょうか?


「――きゃっ!?」

「声を出すな、抵抗するな! ぶっ殺すぞ!」


 何だか悲しい気持ちになってきたところで、私は突然身体を抱え上げられました。見ればクラウンさんが無事な方の手で私を小脇に抱え、全速力で森の奥へと駆けているところでした。どうやら砂煙は逃げるための煙幕だったようです。


「おい、クソ天使! 俺の腕を治せ! 役立たずのテメェでもそれくらいはできるだろ!」

「は、はい……分かり、ました……」


 未だ混乱の極みですが、傷を治すくらいなら役立たずの私にもできます。というよりそれすらできないのなら、本当に私には存在価値なんてありません。

 なので言われるがまま、クラウンさんに向けて治癒の魔法を使いました。クラウンさんの失われた方の手が光に包まれ、その光が手の形に広がり、光が弾けた後には元通りの手が戻りました。


「クソ、クソっ! ふざけやがって! 魔王を倒すために召喚された勇者が魔王側とか何の冗談だよ! ぜってぇこのことを誰かに知らせねぇと……!」

「な、治りました……」

「だったらテメェもテメェの足で走れ! 言っとくが俺から逃げようとしたらぶっ殺すからな!」

「わ、分かりま――きゃあっ!?」

「何してんだこのクソおん――ぐあっ!?」


 手の治療を終えた直後、私は地面に下ろされました。でもそこから自分で走ろうとすると、突然何かにぶつかって弾かれてしまいました。それに怒りを露わにするクラウンさんでしたが、私と同じように見えない何かにぶつかって弾かれます。

 もう、何が何だか分かりません。考えるのもやめてしまいたいくらいです。どうしてこんなことになったのでしょうか。私が一体、何をしたというのでしょうか……?


「何だこりゃ!? 見えねぇ壁がありやがる! アイツらの仕業か!?」


 クラウンさんは見えない壁を殴りつけ、蹴りつけ、異空間から取り出した斧で斬りつけますが、壁が破れる気配はありません。これはもしかすると、私たちを逃がさないように勇者様が張った結界なのでしょうか……?


「うっ、クソ! びくともしねぇ! ちくしょう、どうあっても逃がさねぇつもりか……おい、クソ女! テメェ腐っても大天使だろ! こいつを何とかできねぇのかよ!」

「そ、そんなことを言われても――あうっ!?」

「本当使えねぇな、この役立たずが! テメェは人質だからここじゃ殺さねぇが、そうでなかったらぶっ殺してるとこだからな!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 蹴り飛ばされた私は、ひたすらに謝りながら頭を下げます。

 クラウンさんは人質だと言っていますが、こんな私に本当に人質としての価値があるのでしょうか? 未だ混乱の極みで状況も完全には理解できていませんが、勇者様なら私が人質になっていようがきっと気にしないでしょう。むしろもう見限られていたとしても何らおかしくありません。

 ああ、本当に私はどうすれば良いのでしょうか……そして魔獣族と手を結んだ勇者様は、本当に平和を諦めてしまったのでしょうか……どうか、誰か教えてください……。


「ったく、ふざけやがって……まあいい。幾ら何でもこんな魔法をいつまでも維持しとくことなんてできねぇはずだ。だったら逃げ回って時間を稼いで――」

「――あははっ、みーつけた! ダメだよー? ご主人様が死ねって言ったんだから、逃げずに大人しく死なないと?」

「ひっ……!」


 とても明るい、でもぞっとするほど冷たい声が聞こえて目を向けると、両手に短剣を携えたリアちゃんがゆっくりとこちらに向かってくるところでした。その丸いピンクの瞳には罪悪感なんて欠片も浮かんでいません。

 あんなに可愛くていい子だったリアちゃんの変貌が信じられず、あまりの驚きに私は腰を抜かしてその場に座り込んでしまいました。


「ぶっちゃけあんたにはそこまで恨みは無いけど、私はあの勇者に散々拷問みたいな仕打ちをされて恨みつらみが溜まってんのよ。命令には逆らえないんだし、せっかくだからあんたにその鬱憤をぶつけてやるわ」


 そしてリアちゃんの隣に現れたのはミニスちゃん。彼女には僅かな罪の意識が見えますが、それ以上に深い怒りが見えます。

 一体、勇者様にどのようなことをされたのでしょうか……そもそも、勇者様は魔獣族の側についたのではないのでしょうか? やっぱり、私には何一つ分かりません。


「ちっ、こんなガキどもを差し向けてくるだと? 舐めやがって! ぶっ殺してやる!」


 私だけが完全に蚊帳の外の状態で、三人の戦いが始まりました。自分が今どんな立場にあるのか全く分からない私は、その三人の戦いを震えながら眺める事しかできませんでした。




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