最後の晩餐
そうして僕らは夜以外、ひたすらに森の中を進んで行った。
潜んでる獣人の大多数はキラが片付けてくれたから、それほど厳しい道中でもなかったね。たまに遭遇した獣人はクラウンかレーンが片付けてくれたし。クラウンの残酷な殺し方にハニエルがたまにゲーゲー吐いてた以外は平和なもんだったよ。
あとは、そうだね……返り血を浴びたりしてるのにお風呂に入れないのがちょっと辛いくらいかな? 僕、綺麗好きだから。魔法で綺麗にしててもやっぱりお湯に浸かりたいわけよ。
何はともあれ、僕らは特に問題も無く国境の森を進んで行った。ずっと森の中で正直代わり映えのしない光景に飽きてきたけどね。まあ六日も森の中を歩いてたら飽きるのも当然か。むせ返るような緑の臭いで鼻も馬鹿になってきたし。
「おっと? アレは……」
でも六日目の夕方、ついに立ち並ぶ樹々以外の光景が見えてきた。やったね!
先の方にある樹々の間から見えるのは、草木一本見当たらない荒涼とした大地。それが結構な範囲に渡って続いてて、なおかつオレンジ色を帯びて――いや、オレンジ色なのは夕日が当たってるせいか。
ともかく突然森が途切れて荒野になって、それが続いた後また遠くに森が見える。森が一部分だけ焼け野原になったみたいな感じだね。もしかするとこれは……?
「アレが真の国境、そして真の中間地点さ。あそこだけ植物が一切見当たらないのは、それだけ激しいぶつかり合いが何度も巻き起こったせいだ」
どうも予想通りだったみたいで、レーンがどこか得意げに説明する。あそこの大地が死んでるのはたぶんコイツのせいでもあるんだろうなぁ……。
「ようやくここまで来たかぁ! 長かったなぁ!」
「とうとう、ここまで来てしまったんですね……」
クラウンとハニエルは何だか感慨深いものがあるみたいで、二つの国境の砦の方を交互に見てる。まあもうこっからは木しか見えないけどね。何でも良いから早く人工物が見たい……。
「よし、今日はここで夜営をしよう。あんな見晴らしの良い所、誰も監視してないわけないもんね。しっかり英気と体力を養って、万全の状態に整えてからあそこを突破しようか」
「了解だ。姿を晒した瞬間に攻撃を受けてもおかしくないからね。できる限り備えをしておこう」
「よし。奴隷ども、夜営の準備だ」
「は、はい……」
「……了解、です」
特に誰も反対しなかったから、空間収納から野営道具一式を取り出して奴隷二人に放る。
ミニスはともかく、リアに対する扱いはちょっと申し訳ないって思うよ? でもクラウンいるし、どうしようもないんだよね。一応この後ちょっとした労いを考えてるから今は我慢してもらおう。
「……なあ、クルス。そろそろ、良いんじゃねぇか?」
てきぱきと野営の準備をする奴隷二人を眺めてると、クラウンが寄ってきてこっそりと話しかけてきた。何というか、こう……可愛い女の子を捕まえた野盗みたいな、すっげぇゲスな汚い笑顔を浮かべながらね。
正直言葉だけじゃ何言ってるのか分かんないけど、この表情見ればすぐに分かったよ。どうせあの巨乳を弄ぶこと考えてるんでしょ? 僕もちょっと考えちゃってるし。
「……そうだねぇ。じゃあ今晩、やろうか?」
「そうこなくっちゃな。最後に男ってもんをたっぷり教え込んでやろうぜ?」
そうしてゲスな男二人で笑いあう。
あ、僕はちゃんと自分がゲスな人種だって自覚してるからね? だって僕みたいな奴がいっぱいいる世界とか、どう考えても世紀末じゃん。そんな世界住みたい?
「……お二人とも、どうかしましたか?」
「いいや、別に何でもないぜ? な、クルス!」
「そうそう何でもない。だから肩を組むな、暑苦しいんだよ」
何も知らない幸せなハニエルが尋ねてきたから、二人で笑って誤魔化した。
いやぁ、ハニエルの絶望の表情がもう一度見られるなんて、本当に楽しみだなぁ!
「さて、これから晩ごはんなわけですが、ここで皆さんに嬉しいお知らせがあります! 景気づけのために、今晩はとても豪華なご馳走を用意しました! 僕が腕によりをかけて作った料理をご堪能あれ!」
そんなわけで晩ごはんの時間。一部の人は最後の晩餐になるから、僕が手間を惜しまずご馳走を創って――じゃなくて、作ってあげました。
メニューは唐揚げにフライドポテト、焼きそば、ハンバーグ、お好み焼き……他にもまあ色々とね? 白米完備は僕のこだわり。
「これはまた……」
「おおっ、マジか!? コイツはスゲェ!」
「勇者様、お料理上手だったんですね。ちょっとびっくりです。でも……何だかメニューが偏ってませんか?」
テーブルに並べた料理を見て、皆それぞれ驚いてる。
まあそりゃそうだろうね。野営だってのに凄い手がかかりそうな料理をこんなにたくさん出したらね。いつもはそこまで凝ったものじゃないし、むしろパンと肉とスープとかが多いし。
「はーい、文句を言う人にはあげませーん。その辺の草でも食ってなさい」
「あっ! じょ、冗談です! 食べさせてください、勇者様!」
料理に伸ばされたハニエルの手を叩き落してやると、泣きそうな顔で縋りついてきた。魔法で元気にしてやったらこれだよ、コイツは。
というかメニューが偏るのも仕方ないだろ! こちとら男だぞ! 男の料理ってのは脂っぽくって肉々しいものって相場が決まってるんだよ!
「やれやれ、しょうがないなぁ。特別だよ?」
「あ、ありがとうございます……!」
特別に許してあげると、それはもう嬉しそうな可愛い笑顔が返ってくる。
何だかんだでコイツ、結構食べるんだよね。たぶん栄養は全部羽と胸に行ってんだろうなぁ。頭はただのお花畑だから、そこまで栄養必要ないだろうし。
「どれどれ……う、うめぇ!? 何だこれ、滅茶苦茶美味いじゃねぇか! こう、何て言うか、辛さが良い感じで……とにかくうめぇ!」
「あむっ……わあっ、本当ですね。とっても美味しいです。優しい辛みで幾らでも食べられちゃいそうですね。少し油っぽいのが気になりますけど……」
アホと天然がからあげをパクリと食べて、頭の悪い食レポと二度目の文句を口にしてる。
というかクラウンはともかく、ハニエルはこの前ダイエットするとか言ってなかった? それなのに一番最初にからあげに手を出すとか意志薄弱過ぎない? 確かにスパイスに彩られた焼けた肉の香りが罪深いのは認めるけどさ……。
「お前らも遠慮しないで食べて良いよ。量も結構あるしね」
「えっ?」
まあそれで太っても自業自得だね。そんなわけであえてスルーして、僕は奴隷二人にも料理を勧めた。すると途端に二人して自分の耳を疑ってるんだから酷いよね。
何だよ、僕は別にお前らに与える食事を制限したことないだろうが。街とかで食べさせる時は周囲の目を気にして床で食べさせてるけどさ。
「おいおいクルス、こんな旨いもんコイツらにも食わせる気かよ?」
「コイツらも立派な戦力だからね。体力を付けて、僕らのために身を粉にして頑張って貰わないといけないでしょ? そのためにはしっかり食わせないと」
そもそも奴隷だからってろくなもの食べさせずにいたら、栄養失調でまともに労働もできないじゃん? 使い捨てにするならそれでもいいかもだけど、僕は骨の髄まで搾り取るタイプだからね。やっぱ身体が資本だよ。
「……ちっ、それもそうだな。少なくとも役立たずじゃなかったしな」
クラウンもそこは理解してくれたみたいで、渋々って感じだけど頷いてくれた。たぶん他に役立たずがいたからその分説得力ができたんだと思う。ここだけはハニエルに感謝。
「そういうこと。ほら、お前らも好きなだけ食え」
「あ、ありがとうございます……わっ!? 何これ、おいしーっ!」
「悔しいけど……確かに、美味しい……」
そうして奴隷二人ももぐもぐと料理を食べ始めて、美味しさに思い思いの反応をしてる。ちょっと約一名、演技の仮面が外れてたね。まあ演技もそろそろ終わりでいいだろうし、突っ込むのは止めておこう。
「……で? 何でお前は無言かつ難しい顔して食ってるわけ? もしかしてお口に合わなかった?」
ただそれはそれとして、レーンの反応にだけはしっかり問いを投げかけた。
だってコイツ、さっきから食べてはいるんだけど滅茶苦茶進みが遅い上にすっげぇ難しい顔してるんだもん。仮にも今晩の料理を提供した身としては、何でそんな反応してるのか気になってしょうがないじゃん?
「……いや、そういうことではない。どれもこれも油分が異常に多かったり、味付けがやたらにくどく濃かったり、何だか酷く鼻に突く妙な匂いを感じたりはするが、素直に美味しいと感じているよ」
「あ、そうなの? じゃあ何でそんな難しい顔してるわけ?」
「……これらの料理は、君の手料理ではないんだろう?」
「おっと、さすが。あそこで能天気に食べてる奴らとは違うね」
そう、レーンが見抜いた通り、このご馳走の数々は腕によりをかけて作ったわけじゃない。魔法でホイホイっと作っただけのお手軽料理だ。
前に『地球の料理を魔法で再現できるかな?』って考えたことがあって、その後色々と試したら実際できたんだよね。ただこの世界の魔法の性質上、僕がしっかり味を覚えてることが前提だから、ラインナップがちょっと偏った感じ。一応覚えてなくても作れないことは無いけど、大体コレジャナイって感じの味になるからやらない方が無難だし。
「その通り。これは僕が魔法で記憶の中の料理を再現したものだよ。前にちょっと試しにやってみたら出来たから、ご馳走を出すのにちょうどいいなって思ってね。僕の故郷の味だよ?」
「ふむ。似たような料理はすでに歴代の勇者が持ち込んでいるが、これが元祖というわけか……随分と身体に悪そうなものばかりだね」
「あ、そこまで分かっちゃうんだ。まあ身体に悪いものは美味しいって相場が決まってるから、多少はね?」
実際レーンの言う通り、ここに並べたご馳走って身体に悪いものばかりだしね。ほぼジャンクフードばっかりだし、使い回した油で作られてるのは間違いなし。悪玉菌がもっさりいそう。
でも僕は別に食べるのを躊躇ったりはしないけどな! 身体に悪かろうが美味い物は美味い!
「確かに。様々な調味料や素材をふんだんに使い、栄養素を気にせず作ったものの方が、味に深みを出せるのは明白だ。何もかも薄味にしてしまっては、それはそれで舌がおかしくなってしまうし、何より味気ない食生活だろう」
「案外味の濃いものが好きなの、君……?」
ちなみに僕は薄味のものも意外とイケルよ。まあ料理によるんだけどね。パンに挟む焼きそばとかは味が濃くないと話にならないし。
「それはさておき、クルス。私は非常に気になっていることがあるんだ」
「はいはい、何かな?」
「これは君の魔法で創り出した料理だ。故に君はいつでも消し去ることができる。しかし、この料理を食して消化吸収した後にでも消し去ることはできるのだろうか? 仮にできたとした場合、消化吸収したことで人体に摂取された栄養素はどうなるのだろう?」
あー、コイツ難しい顔してると思ったらそんなこと考えてたのか。食事の時くらい変なこと考えるのやめろよ。これだからマッドサイエンティスト系の奴は……。
でも本当にどうなるんだろうね? 人体に栄養として吸収された後でも消せるなら、摂取した栄養が全部なくなっちゃうのかな? すでに栄養が消費されてた場合はどうなるんだろう? ヤバい、ちょっと気になる。
「……試してみる?」
「……………………いや、遠慮しておこう」
「結構迷ったぞ、このマッドサイエンティスト……」
僕が提案してみると、レーンは明らかに五秒くらい迷ってから首を横に振った。自分のお腹の辺りに手を当てて、じっと見下ろした後でね。
というかコイツ、絶対自分の身体で試そうとしたろ。幾ら死んでも転生できるからって、自分の身体を実験に使おうとするのは感心しないなぁ。そういうのは使い捨ての奴隷でやるべきじゃない?