大天使殺人計画
大天使様、とどのつまりハニエルを殺す。
ぶっちゃけると納得しか出来ない提案だよね。だってハニエルは敵の命を奪うどころか、戦ってすらいないし。無能な味方をさっさと片付けておくのは理に適った提案だと思う。下手な敵より性質悪いし。
「……一応、理由を聞いとくよ」
「だってよぉ、魔獣族のクズ共を傷つけるのも嫌がって、戦いにもまともに参加しねぇ。それだけならまだしも、こうして俺らの足並みを引っ張ってやがる。これならまだついてきてる屑の奴隷共の方がマシだぜ?」
実際クラウンも僕が考えたのと同じ理由でそれを思いついたっぽい。
確かに今や完全に奴隷二人に介護されてるからね。しかもその二人はハニエルを介護しながらちゃんとついてきてるから。相対的にクラウンの中で微妙に好感度が上がってそう。
「だからよ、ここで魔獣族に襲われて死んだことにしねぇか? お前だって、足手まといをいつまでもお世話すんのは嫌だろ?」
「確かにね。いい加減ちょっと腹が立ってきたし」
「だろぉ? だからもう殺っちまおうぜ? 無能で役立たずの味方なんて、敵より性質悪いからな」
そうしてクラウンは邪悪な笑みを浮かべて、大自然のお布団の中で青い顔をしてるハニエルを見る。つーかやっぱり僕と同じこと考えたな、コイツ。
聖人族の領域で大天使なんか殺せば、それはもう大騒ぎになるし絶対犯人もバレる。でもここは魔獣族と聖人族の国の中間、完璧な無法地帯。誰を殺っても不幸な事故で済む。
しかしここで初めてそんな提案をしてくる辺り、思いのほかクラウンも考えてるんだね。ずっと脳筋だと思ってた。
「……分かった。殺ろう!」
せっかくだから計画に賛同してあげた。ハニエルが真の仲間候補じゃなかったら、僕だって絶対そんな提案をしてただろうからね。
「でも、殺るのはもうちょっと待った方が良いよ。ここじゃ国境が近すぎて、万が一逃げられたら僕らは一生お尋ね者になっちゃうからね。それじゃあ魔王を仕留めて帰ってきたとしても、英雄として迎え入れてはくれないだろうし」
「それもそうだな。ならもう少し深くまで進んでからか」
「うん、ちょうど中間地点くらいまで行った辺りかな。機会が来たら僕が切り出すから、それまでは我慢してよ」
「了解。腹立つがあと少しの辛抱なら耐えられそうだ。ここにはストレスぶつけられる奴らがうようよいるしな」
ああ、だからやたらに残酷な殺し方してたのね。遭遇した獣人の何人かはクラウンが斧で足をバッサリ切り飛ばした後、残った手足をわざわざ踏み折って胴体に蹴りを入れた上で首を刎ねて殺してたからね。
というか、そんなことするから余計にハニエルが吐いてたんじゃないかなぁ?
「めっちゃサンドバッグにしてたもんね――あ、そうだ。殺す前に犯しても良いかな? 僕、実はずっと狙ってたんだよね」
「ハハハ! さすがは勇者様だぜ! 良いぜ? ていうか俺にもやらせろよ?」
ゲスなクソ野郎っぽい発言をすると、クラウンは笑って頷いてくれた。そして自分も犯すって言い残して、ドカドカと足音を立てて去って行った。
複数の男たちでよってたかって一人の女の子を犯す、っていう展開は確かにエロいと思う。でも実際にやりたいかどうかって聞かれたら僕は首を横に振るよ。何が悲しくて他の男が使った女の子を使い回さなきゃいけないんだ。男は黙って独り占めだ!
「……何やらクラウンと盛り上がっていたようだが、一体何の話をしていたんだい?」
そうしてクラウンがどっか行った辺りで、レーンが静かに寄ってきた。おしゃべり好きだけあって、僕らのお話も気になったみたいだね。
「大天使強姦殺人計画」
だから正直に教えてあげました。何か一瞬頬を引きつらせたような気がするけど、気のせいかな?
「……とんでもない話をしているね。まさかとは思うが、実際に行動に移す気かい?」
「まさか。でも似たようなことはするつもりだよ。ずっと前から暖めてた計画があるからね!」
「………………」
「その侮蔑に満ちたゴミを見るような目、はっきり言って好き」
ビシッと親指を立てて答えたら、帰ってきたのは絶対零度の如く冷たい視線。でも女の子にこういう視線を向けられると、何だかゾクゾクしてくるよね。してこない?
「……まあ、君がそういった人間であることは今更引き合いに出すことでもないか。そんな無駄なことを話すより、もっと有意義な話をするべきだね」
「お、そうだな。ちなみに有意義な話って?」
「国境越えの方法だね。君の言う真の仲間だけを引き連れた状態なら容易いだろうが、今はクラウンもいる。彼がいては君も自由に魔法を用いることはできないだろう? どう向こうの砦を突破するつもりだい?」
無表情で首を傾げる何とも愛らしいレーンさん。
でも気になるのも無理はないよね。寿命削って何らかの力を授かった勇者でも、突破率は三割らしいし。それに僕が魔王討伐の旅に出されてるってことは、その三割も魔王討伐はできてないってことだし。そもそも魔王の所までたどり着けてるのかどうかも怪しくない?
「それは中間地点を越えてからのお楽しみ、ってことで」
一応プランはあるけど、僕はあえて発表を後回しにした。ニヤリと悪そうに笑ってね。だってネタバレしたら面白くないじゃん?
「ふむ。含みのある邪悪な笑顔が少々気になるが、考えがあるのなら問題はなさそうだね」
「まあね。突破するだけなら何にも難しくないし。あ、そうだ。向こうの砦の――魔将、だっけ? どんな奴か分かる?」
「以前から変わっていないのなら私も知っているが……それを聞いてどうするつもりだい?」
「いや、可愛い女の子ならちょっとちょっかい出そうかなって……」
魔将はこっちで言う大天使。できれば関わり合いになりたくない人種だけど、可愛い女の子なら一考に値するよね。それこそプランを捻じ曲げてでも。
ただそれは可愛い女の子だったらのお話。可愛くないのとか、あるいは野郎だったら砦ごとスルーするよ。当然でしょ?
「……確か、筋骨隆々の巨漢だったね」
「よし、スルーしよう。暑苦しいのはお断り」
「というのは冗談で、非常にグラマーな美女だったね」
「よし、ちょっかい出そう。何なら他にも色々出そう」
「というのも冗談だ」
「おい」
僕の心を弄んで楽しかったみたいで、レーンは微妙に楽しそうに微笑んだ。やっぱコイツ、寡黙キャラの皮を被ったおしゃべり好きだよね。
というか結局どっちなんだ。野郎なのか女の子なのか。せめて性別だけでも教えて欲しい。
「冗談はさておき、君の好みは良く分からないが、少なくとも嫌いではないタイプだとは思うよ。君にとっては女性だということが分かれば十分だろう?」
「……なるほど。確かに自分の目で見た時の衝撃が薄れちゃったら悲しいもんね」
「そういうことだ――さて、早い所夜営の準備を済ませようじゃないか。早く寝床を用意してあげなければ、うちの大天使様が野垂れ死んでしまう」
清純な男の子の心を弄んで満足したみたいで、レーンは微妙に上機嫌で夜営の準備に戻って行った。
何にせよ、向こうの砦にいる魔将の性別が女の子って分かっただけでも収穫だね。ちょっかい出すかどうかはさておき、一目見るくらいはしておこうっと。
「やっほー、ハニエル。調子はどう?」
晩ごはんも終えて暇になったところで、僕は色々な意味でグロッキーなハニエルのお見舞いにやってきた。
え? 僕がお見舞いなんてするのはおかしいって? 何言ってんだ、僕は心優しい勇者様だぞ。大切な仲間が苦しんでたらちゃんと元気づけてあげるに決まってんだろ。お見舞いに鉢植え持ってきてな。
「ゆ……う、しゃ……様……?」
「うん、めっちゃ調子悪そうだね。ゾンビみたいな顔色してるよ?」
「す、すみま、せん……」
テントの中に入った僕が見たのは、今にも死にそうな顔色をしたハニエルが毛布にくるまれて横になってる姿。もう顔が青いとかそういうレベルじゃなくて、土気色になってるね。ゾンビになる直前って言われても信じそうなレベル。
あっ、そうそう。『何でテントの中で毛布?』って疑問に思うかもしれないけど、何でもかんでも空間収納に突っ込めるから寝袋とかである必要はないんだよね。だから実は野宿でもそこまで不便じゃなかったりする。
でも普通の人は空間収納を開いておける時間とか、開ける大きさとかに色々制限あるらしいよ? 魔力の問題でね。僕には一ミリも関係ない話だけどな!
「やれやれ、しょうがないなぁ。ほいっ」
正直見てて痛々しいし、何よりこの状態だとまともに話もできなさそうだから、僕の魔法で元気にしてあげることにした。精神的疲労も肉体的疲労も、纏めてみんな飛んでけー!
「……あれ? 勇者様、これは……?」
「魔法でちょっとだけ楽にしてあげたよ。あんな状態じゃろくに休めないだろうしね」
「いえ、ちょっとどころか凄く楽になりました! ありがとうございます、勇者様!」
「それならよかったよ。どういたしまして」
一気に元気に戻ったハニエルは、さっきまでのゾンビが嘘みたいな可愛い笑顔でお礼を口にした。まあ明日出発したらまたすぐにゾンビになるんだろうけどね?
というかもうすでに笑顔が陰っていってるんだが……何故?
「勇者様……本当に、ごめんなさい……役に立たないどころか、足を引っ張って面倒をかけてしまって……」
あー、自責の念で暗い顔してるわけね。でもそれも仕方ないかぁ。移動してる時はほぼほぼ奴隷二人に介護された状態で、戦力は完全にマイナスだからね。例え本調子でも戦力になったかは怪しいけど。
「別に良いよ、こうなることは分かりきってたしね。むしろ自分は行かないって言いださなかっただけ、僕は評価してるよ?」
前の街では森に魔獣族狩りに行く時、最初はお留守番したいって言ってたからね。それに比べたら死にそうになりながらもついてきてるだけ好感触よ。
「……本当は、そう言おうかと思っていました。魔獣族の方々が潜む森の中を突破する以上、絶対に争いは避けられないでしょうから……」
「ふぅん? じゃあ何で言わなかったの?」
「何というか、その……もしそれを口にしたら、何か途轍もなく嫌な思いをすることになりそうで、怖かったんです。理由は良く分からないんですけど……」
「あー……」
またしても顔を青くして、不安そうに自分の肩を抱くハニエル。
この反応……もしかして潜在意識下では覚えてるんじゃないかな? お留守番したいって言った後の展開。
詳細は分からない漠然とした恐怖があって、それが怖くて頑張ってついてきたってことかな? なるほど。恐怖で律すれば従うなんて、ハニエルには忠実な一般愚民の素質があるね。これは後で記憶を思い出させてあげなきゃな!
「こんなことを口にするのは恥知らずだって、自分でも分かっています。それでも、お願いします……私を、旅の終わりまで連れて行ってください。勇者様……」
ハニエルは恥知らず、かつ図々しくもそんなお願いをしてきた。両手を胸の前で合わせて、祈るようにして僕に切実な目を向けながら。きっとまともな人はこんな風に真摯にお願いされたら二つ返事で頷くだろうなぁ。
もちろん僕はそう簡単には頷かないけどね。僕の目はハニエルの潤んだ瞳なんかより、寄せられた巨乳の方に行ってるし。しかし本当にデケェなぁ……。
「もちろん、つれて行ってあげるよ。世界を平和にするための旅、その終わりまで、ね?」
でも、最終的に僕はにっこり笑って頷いてあげた。だってハニエルはどの旅に連れて行って欲しいか言ってないもんね。だから望み通り連れてってあげるよ。この世界に真の平和をもたらす旅の、最後の最後まで、ね?