いざ、突撃
⋇残酷描写あり
ゴゴゴと重い音を立てて扉がこちら側に開き、その向こうにあった鉄の門がゴゴゴと音を立てて左右に開き、その向こうにあった鉄の門がゴゴゴと音を立てて――くどいわ! 幾つ門があるんだよ!?
「あの、いつになったら門が開き終わるんです?」
「ごめんね、もうちょっと待ってね? ここ、門がこれでもかってくらい多重構造になってるから。一枚程度だと破られちゃう時があるから、これくらい念入りにしてるの」
「はあ……」
ちょっと申し訳なさそうな顔をするザドキエル。
せっかく僕らは臨戦態勢に入ったってのに、門が幾つもあってなおかつ開くのも遅いから段々と集中力が途切れてきたよ。まあ見るからに集中が途切れてきたのは、僕を除けば欠伸をしつつ床に座ってるキラくらいなんだけどね。でもレーンたちもきっと心の中では同じ気持ちなはず。そうだって言って。
「……今更なんですけど、こう門からじゃなくて、そこら辺からこっそり森に入ることってできないんですか?」
「できないことも無いけど、オススメはできないわよ? だってそういう入り方だと敵を排除する時もこっそり静かにやらないといけないじゃない? 私、静かに戦うのには向いてないもの」
「なるほど。じゃあ仕方ないですね」
つまりコイツの助力が必要ないなら普通に行けたのね。そういう事はもっと早く言いやがれ。
でも胸を揉ませてくれたから良しとしよう。これで処女だったらなぁ……!
「ごめんねー? でも不自由をさせる分、ちゃんと仕事はさせてもらうわよ――っと、これが最後の門ね。勇者くんたち、準備は良い?」
やっとかぁ。結局門は幾つあったんだろ? 五つはあった気がするね。
何にせよこれでようやく国境越えに行けるぞ。そして国境を越えれば悪魔っ子と獣っ子の国が僕を待ってる! そいつらもこっちの奴らと同じ屑ばかりな予感がするけど! でも見た目が良いなら些細な問題さ!
「もちろん、準備は五分くらい前から出来てますよ」
仲間たちを見回してみれば、皆も変わらず臨戦態勢。ハニエルでさえ胸元の魔石をぎゅっと握りしめてるよ。
ちなみにキラはもう一回欠伸をして、ボリボリとフードの中の耳を掻きながら立ち上がりました。お前緊張感とかそういうのをさぁ……。
「オッケー。それじゃ、行くわよ!」
もちろんザドキエルにはこの緊張感皆無の猫は見えないから、準備万端って判断したんだろうね。勝手に頷いて最後の門も開いてたよ。
ちなみに最後の門だけはこちら側じゃなく、向こう側への観音開きでした。これも鉄製だったけど、何だか異様にボコボコしてるように見えたのは気のせいじゃないんだろうなぁ。
「――出てきたぞ、勇者だ! 殺せ!」
開かれた扉の向こうに見えたのは、ほんの僅かばかりの開けた場所と、その向こうに立ち並ぶ完全にジャングルの様相をしてる樹々。そして出待ちをしてたらしい魔獣族の獣人さんたちと、そいつらが一斉に放ってくる魔法やら武装術やらの遠距離攻撃。
まああんだけ何度も重い音を立てて門を開けてたらそりゃあね? これから勇者来ますよーって言ってるようなもんだもんね?
「あらあら、相変わらず手厚い歓迎ね? でもこの程度じゃお姉さんには役不足よ? えぇいっ!」
「うあっ!?」
「ぎゃあああっ!?」
でもそれら一切合切を、ザドキエルは大剣を振るって巻き起こした風圧で全部吹っ飛ばした。こう、大剣を縦にして団扇みたいな感じに振るってね。
吹っ飛ばされた魔法やら何やらはものの見事に逆方向に飛んでって、放った張本人たちにぶち当たった。何か極めて理不尽を感じてそうな悲鳴が上がってるよ。狙ってやったならスゲェなぁ……。
正直今ので敵はもう四分の一くらい減ってたけど、まだザドキエルの反撃が残ってる。振り抜いた大剣を縦から横に構えて、今度は反撃の刃が飛んだ。
「――氷月閃!」
「ギャッ――」
「か、身体、がっ、凍っ――」
うん、文字通りに刃が飛んだよ。くの字型の青い斬撃が飛んでったって言った方が分かりやすいかな? それが当たっても切れはしてないんだけど、掠っただけでそこからパキパキと凍り付いて、全身があっという間に凍り付いてる。樹木なんかも完全に凍ってるよ。怖っ。
しかも何が酷いって、ザドキエルはこれをバンバン連発してるからね。掠ったら終わりの一撃をマシンガン並みに連射してやがる。クソゲーかな? 全身に氷が広がる前に掠った部位を切り落とすなり何なりすれば良いかもだけど、反射的にそんな判断ができる奴は少ないだろうなぁ。
「くっ、怯むなぁ! 大天使は無視しろ! 何としても勇者を殺せぇ!」
「もうっ、お姉さんを無視しちゃダーメ」
「がっ!? ぐ、クソっ――」
そしてまた一体、苦悶の表情を浮かべた氷像が出来上がる。何かラップみたいな言い方になったけど狙ったわけじゃないよ。苦悶の表情っ! 浮かべた氷像っ!
「……見た感じ一方的だなぁ。でも何でわざわざ凍らせたりしてるんだろ?」
「だって森が丸裸になっちゃうもの。これでも結構気を遣ってるのよ?」
そんな僕の呟きに対して、バンバンあらゆるものを凍らせながらしっかり答えてくれる。
確かに樹々も凍り付いてるとはいえ、言ってしまえばそれだけだしね。伐採されたわけでもなし、放っておけば溶けるだろうし。問題は溶けた後もちゃんと植物は生きてるのかってことだけど……凍ってるのは表面だけなんでしょ。きっと。
「……うーん、みんな隠れちゃったわね。そろそろ潮時かしら?」
そうして一方的な暴虐がしばらく続いて、周りに何十体もの氷像が出来た頃。魔獣族の生き残りもさすがに分が悪いと思ったのか、森の中に撤退していった。大体半分くらいやられてから撤退するとか遅すぎない?
森にあんまり被害を与えたくないらしいザドキエルは、構えを解いてその馬鹿でかい大剣を地面にグサッと突き刺した。でも自重でズブズブ勝手に沈み始めたから、慌てて引き抜いて肩に担いでたよ。どんだけ重いの、それ?
「それじゃあ頑張ってね、勇者くん。ハニちゃん。危なくなったらすぐに戻ってくるのよ?」
「いいえ、必ずや魔王の首を持ち帰ってみせますよ」
「えっと、その……頑張り、ます……!」
最後まで僕らを心配してくれる優しいザドキエルに、僕は勇者らしく返事を返した。
ハニエルも気丈に答えを返してたけど、さっきの暴虐を見たせいかだいぶ顔が青かったね。敵は皆凍ってて血は流れてないのに、そんなんで大丈夫かな、コイツ……。
「じゃあ行くぞ! 全軍突撃!」
「うおおおぉぉぉおぉぉぉおおおぉぉぉっ!!」
「軍を呼称するほどの数はいないだろうに……」
号令をかけると共に先陣を切って駆け出し、傍らにミニスを引き連れ森を目指して一直線。
ちなみに僕の号令に合わせて雄たけびを上げてくれたのはクラウンだけでした。レーンは相変わらずツッコミを入れるし、他の奴らは何も言わなかったよ。本当に協調性が無いなぁ、チクショウ!
「頑張ってねー!」
そんなわけで、仲間たちと共に氷像の間を駆け抜けていく。
後ろから聞こえる声援に振り返ってみれば、笑顔で手を振りながら送り出してくれる素敵な大天使の姿があった。良いねぇ、そんな風に笑いながら、氷像と化した魔獣族の首を刎ねて回ってる所が特に。ちなみに血は出てるからやっぱり芯までは凍ってないっぽい。
「ちょ、ちょっと、前っ! 前っ!」
僕がザドキエルに手を振り返してると、隣からミニスの焦った感じの声が届く。
前を見たら木の裏とか木の上から、魔獣族たちがこっちを狙ってる光景が広がってたね。まあ勇者が先陣切って突っ込んできてるんだから、絶好の獲物でしょうよ。もちろん黙ってやられる気は無いけどね?
「――リーフ・カッター」
最初に仕掛けたのはツッコミ役のレーンさん。
まだ凍ってなかった樹々の葉っぱが弾丸みたいに打ち出されて、葉っぱの大群が森の中に突撃する。カッターっていうだけあって切れ味も抜群みたいで、掠った枝があっさりスッパリ切り飛ばされてた。貫通力もかなりあって、大木の二、三本くらいは貫通してたよ。
そんなヤベー葉っぱが広範囲に弾幕張るように押し寄せてくるんだから、どうなるかなんてもうわかるよね?
「ぎゃああぁぁああぁぁっ!?」
「ぐっ、ああぁぁあああっ!!」
運悪く当たってしまった奴らの悲鳴が至る所から聞こえてきて、木の上から獣人が何人か落ちてくる。太もも貫通されたり、脇腹を抉られたりしてすっごい痛そう……これは早く介錯してあげないと!
「えーっと、えーっと……シャドー・ランス!」
「がはっ……!?」
そう思ってると、リアがいち早く介錯に走った。もがき苦しむ獣人たちの影から生まれた黒い槍が、容赦なく胸を刺し貫く。
何か一瞬躊躇ってるようにも見えたけど、アレはたぶん命を奪うことに躊躇したんじゃなくて、どんな魔法を使えばいいかってことに迷ったんだろうね。実際獣人の息の根を止めたら、顔を青くするどころか超喜んでたし。
「ハハハハハッ!! 死ねぇっ!」
「ゴボッ!?」
そして笑いながら獣人の喉を踏みつけて、首の骨をへし折って殺すクラウン。しかも明らかにもう死んだのに、何度も何度も踏みつけてトドメとばかりに斧で首を刎ねてる。何だコイツ、頭おかしい……。
「勇者ああぁぁぁああぁぁぁぁああっ!!」
「ぶっ殺してやるっ!」
「勇者を殺せえぇぇぇぇええぇぇっ!!」
でも国が近いだけあって敵の練度も高いみたいで、致命傷を負ってる奴以外はすぐに傷を治癒して体勢を立て直した。そして何故か皆して僕に殺意をぶつけてくるという……初対面の人にこんなに嫌われてるなんて、生まれて初めてかもしれない……。
「ライトニング・ボルト」
「えーいっ、シャドー・ランスっ!」
「ハハハハハハハッ! 死ねぇっ!!」
でも殺意がどれだけ強くとも、僕だけを狙ってたら他の仲間にとっては良い的だよね。僕に殺到する獣人たちを稲妻と影の槍と筋肉ダルマが迎え撃って、次々と数を減らしてく。
「――獲ったぁっ!!」
ただやっぱり練度が飛び抜けてる奴もいるみたいで、今までずっと隠れてた奴が樹上から強襲を仕掛けてきた。凄い見慣れた鉤爪を使って、僕の首を掻っ切ろうとしてる。
普通の勇者なら案外ここで終わったかもしれないね。でも残念、僕は女神様に祝福された救世主なのさ。この程度の不意打ち、欠伸しながらでも防げるよ。
「甘いっ! 兎肉の盾!」
「は?」
そんなわけで、こんな時のために隣を走らせてたミニスの首根っこを引っ掴んで、盾として突き出しました。何か呆気に取られた感じの声が聞こえたけど気にしない。というかこれがやりたかったんだよ、これが。
「なっ!? ああぁぁあっ!!」
まさかいたいけな少女、しかも同族を盾にしてくるとは思わなかったみたいで、襲撃者さんは空中で必死に身体を捻って攻撃を中断した。しかし甘いなぁ、そこはミニスごと僕を殺すつもりでやらないと。
「兎肉の槌!」
「――っ!?」
「ぐぼっ……!」
そんなわけで致命的な隙を晒した襲撃者さんに、ミニスを振り回してぶち当てる。何か手に太い骨が折れる感じの感触が伝わってきて、食らった襲撃者さんは血反吐を吐きながらぶっ飛んだ。もしかしてミニスの首が折れたかな?
まあ悲鳴も上げてないし、そこまで痛くはなかったんでしょ、きっと。何か身体の力抜けてぐったりしてるけど。
とにもかくにも、僕らはそんな感じで国境の森を進んで行きました。
えっ、キラとハニエルは何してるのかって? キラなら今にも殺しをしたいって感じにうずうずしながらついてきてるよ。で、ハニエルは耳を塞いで目を固く瞑ってついてきてる。まあ周りがちょっとスプラッタな光景広がってて、悲鳴やら何やらが聞こえるしね。仕方ないね。